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受付事変1

長くなったので二話に分けます!

…のでいつもより短いです


 ――ここはどこ。

 わたしは、――私は。


 橘万理である。まりもではない、断じて!


 目が覚めると、視界いっぱいに緑が飛び込んできて、私は現実逃避気味にお約束を脳内で繰り広げた。

 その間、たったの三秒。


 頬に当たる地面の土の冷たさにぎょっとし、慌てて身体を起こしそのまま立ち上がって、ごしごし擦る。

 うわ、土くさ……っ

 次いで右を見ても左を見ても木ばかり。木が三つで森という漢字が脳みそに刻み込まれる青々しさである。


 しっとりと濡れた森独特の空気が現実感と共に肌を刺して、ひやりと背筋を冷やした。間違いなく森の中。


 なぜ私がこんな場所にいるのか。

 残念ながら犯人にばっちり心当たりがあった。







 昨日の騒ぎのせいで、気まずい思いを抱えながらも、私はいつも通り出勤した。……ズル休みしようかな、と思わなかったわけじゃないけれど。

 もちろん社会人がサボりなんて有り得ない――なんて私の真面目な性分のせいもあるけど、……確実に今日行かないと、ずっと行けない気がしたのだ。


 ……意外に気にしてないかもしれないし。

 会社に向かう電車の中で昨日の帰り際に感じた物言いた気な視線を思い出しては、そう自分に言い聞かせて何度も打ち消した。


 そうこうしている内に会社に到着し、すっかり慣れたカードキーで扉を開ける。

 いつも通り廊下は静まり返っていて、どこか寒々しい。

 そそくさと更衣室に入ると、ロッカーの扉に可愛いキャラクターものの付箋が貼られていた。


『おはようございます。体調はどうですか? 言い忘れてたんですが、明日は用事があって午前だけお休みを貰ってます。なにかあったら掛けてくださいね』


 そこには体調への気遣いと、最後に携帯番号とメッセージアプリのIDが書かれていた。

 そういえば源さんとはお互い電話番号も知らなかった。

 だからこそ、こうしてわざわざメモを残しておいてくれたのだろう。


 気遣いに感謝しつつも、ため息をつく。


 ……あー……でも、午前中は一人かぁ……。ということは五條さんに一人で挨拶に行かなきゃいけないんだよね。


 でもさっと朝の挨拶して、昨日のこと謝って、受付の申請書類を受け取ったらすぐ出ればいい。気まずさはきっと時間が解決してくれる……と思いたい。


 目の前の付箋をもう一度眺める。

 丸っこいけれど読みやすい文字に、ちょっと緊張が解れた。なんとなく源さんらしい字だ。


 ……というか、電話番号交換したなんて、アルさんに知られたら焦がされるんじゃないかな私。名前呼びすら禁止されるレベルなのに大丈夫だろうか。


「……ほんと、ありえない……」


 番だかなんだか知らないけど、そうまでして相手を縛ってどうするんだろう。そういう独占欲って理解できない。結局それだけ束縛するのって相手のこと信用してないってことなんじゃないの。

 昨日に引き続き、気持ちがザワザワする。

 息苦しさを吐き出すように一度深呼吸して、私は腕時計を見下ろした。


 うん、始業時間までまだ余裕はある。

 私は手早く着替えると、鞄からスマホを取り出し、電話番号を登録し、メッセージアプリを立ち上げる。


 IDを検索して登録する。

 可愛いペンギンの置物のアイコンでなんとなくらしいな、と思ってともだち申請を送る。そして少し考えてから朝の挨拶と、気遣いへのお礼のメッセージを送った。

 そして最後に付箋を剥がし、折れないように手帳に挟み込んだ。


「よし、行くか」


 いい時間だ。

 私はお弁当やらスマホやら色々入ったトートバッグを手に、更衣室を出る。そしてすぐ隣の五條さんがいるオフィスの扉をノックした。


 すぐに出てきた五條さんに、私はやっぱり緊張しているらしく目が合うとピンと背筋が伸びてしまう。

 そんな不自然さを誤魔化すように、私はペコリと頭を下げて昨日逃げるように帰ってしまったことを謝った。


「いえ。あれはこちらの不手際ですから。それよりも体調はどうですか」

 五條さんから返ってきたのは、意外にも気遣いの言葉だった。


「あの時だけだったみたいで、……もうすっかり大丈夫です」


 私は慌てて首を振る。実際におかしくなったのは、あの時ぐらいで、身体に不調はなく、元気である。そもそも過呼吸とはそういうものらしい。

 それから二言、三言話して、源さんのことを話した後、今日はどうしましょうか、と尋ねられた。

 首を傾げた私に五條さんは言葉を重ねる。


「今日は一人でも大丈夫ですか?」

「……あ、そうですね。何か困ったことがあったら、内線するので受付までついて貰わなくても大丈夫です」


 源さんがいないなら、昨日と同じように受付に行った方がいいか、ということを聞いてくれたのだろう。改めて気付いて私はまた首を振る。


 昨日も仕事自体は特に問題もなかったし、そもそも昨日のおじいさんみたいな人がきたら、セキュリティのボタンを押せばいいだけの話なのだ。

 それに源さんお休みは午前中だけなのだから、最大の災厄であるガザ様が来るまでには戻って来てくれるだろう。

 うん、大丈夫。


 私がそう言うと、五條さんは昨日に引き続き、なんだかもの言いたげにじっと私を見てくる。

 やだな。その視線、居心地が悪すぎるんだけど……。

 文句があるならいっそ今、目の前で言って欲しい。


 そう思いながらも口には出せない。続く沈黙に居心地の悪さを感じ、私は結局逃げるようにして「失礼します」と立ち去ろうとした。すると背中に声が掛かる。


「ああ、まりもさん。ガザ様は今日はいらっしゃいませんから」


 何気ない口調で、言われた言葉にぎくりとして――それから安堵した。

 今日は来ないんだ……。


 気を遣ってくれたのだろうか、と思ってじわりと込み上げた罪悪感を握り潰すように、固く拳を握った。

 私は再び五條さんに軽く会釈をし、オフィスを出る。

 そして受付スペースへと足を踏み入れた。

 

 そしてパソコンを起動し、始業時間のチャイムが鳴ってから、お客様を告げるアナウンス。

 顔をあげて確認しようとして驚いた。


「え?」


 受付のガラスの向こうにいたのは、アルさんだった。 

 何でいるんだろう。てっきり橘さんのお供で一緒に出掛けていると思っていた。

 もしかして今日午前休なの聞いてないのかな。その顔が不機嫌そうだ。


 急いでスピーカーボタンを押して『源さん、午前中はお休みですよ』と伝えてみる。けれどまるで聞こえていないかのように、全く反応がない。

 少ししてから口を開いたのが分かったけれど、何も聞こえない。


 ……うわ、もしかして壊れてる?


 そう思ってもう一度スピーカーボタンを押して、マイク部分を手のひらでぽんぽんと軽く叩いてみる。

『アルさん、聞こえます?』と尋ねてみるけれど、反応はやっぱりない。


 しばらくしてからアルさんもマイクの調子が悪いことに気づいてくれたのか、少し焦っている私を見て、持ち上げた人差し指をくいっと折り曲げた。

 こっちに来いということなのだろう。


 少し考えて、まあいいか、と扉に向かう。

 アルさんに源さんがいないことを伝えるだけだし、向こう側の集音マイクやスピーカーがどうなっているのかも気になる。

 単に線が抜けているだけっていう可能性もあるし。


 非常扉がオートロックだとしても、何か挟んどけばいいよね。


 そう思って、近くにあった丈夫な空き籠を手に、私は非常扉のノブを回した。


「アルさん。源さんは今日遅刻してくるって言ってまし」


 ――え?

 気づけばすぐ目の前に、アルさんがいた。いつの間に移動していたんだろう。

 驚いて顔を上げた瞬間、薄氷の眼と目が合い――その途端、くらりと眩暈がした。

 身体から力が抜けて崩れ落ちたその身体を、意外なことにアルさんが抱きとめてくれた。


 すみません……そう、言おうとしたのに声が出ない。


 そのまま有無を言わせない眠気が襲ってきて意識は落ちていく。

 最後に見たのは、その色よりも冷たいアルさんの瞳だった。







 ――とまぁ、そんなことがありまして。

  重要参考人はヤンデレドラゴンである。間違いない。


「あんの、ヤンデレドラゴンが……! 一体なんの恨みがあって……!」


 以前、私にガラス越しで攻撃してきたときに、源さんに殊更怒られたアルさんは、それ以降は私のことを事あるごとに忌々しげに睨むものの、手は出してこなかった。

 だから完全に油断していたのだ。


 だけどまさか誘拐なんていう暴挙に走るとは思わなかった。

 しかも森の中に捨てる、って……極悪過ぎない? せめて事情なり目的なり語ってから放逐してほしい!


「せめてここがどこかくらい……」


 ぶつぶつ言いながら周囲を見渡す。独り言が多いのは不安の現れだ。

 むしろこで黙り込んでしまったら、不安と恐怖に押し潰されてしまいそうで、わざとずっとしゃべり続けている。


 間違いなく森の中。甲高い動物の声もして、緑の切れ目が見えないくらい、深い。

 反対側にはうっすらと白く煙っていて、あれは霧なのだろか。……富士山の樹海とかだったら泣く。


 





明日の午前中にはもう一話UPします。


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