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番システムの大穴

誤字チェック終わったので、早めにアップしました。


『よう』


 もう溜息しかでない。

 ゲートが開くなり、一瞬で受付の前にいたガザ様を、ちらりと見てすぐに視線を外す。


 今日も服装こそ違うものの昨日と変わらない、ラフだけど体格の良さが分かる素敵な格好である。

 そして昨日と変わらず、じぃっと穴が空きそうなほど、私を見つめてきた。俯いているせいで、頭のてっぺんが痛い。


 実は最初からガザ様の対応は、源さんに任せて、私は更衣室辺りに避難しようかと思ったんだけど、トモル君に反対されてしまったのだ。


 曰く『少しでも顔合わせとかないと、キレてドラゴン姿で、人間界に行って血眼で探されちゃうかもね~』……なんて言われたので諦めた。むしろ選択肢ある、コレ?


 だけど確かに源さんが退職した後は、自分が一人で相手をしなきゃいけないのは事実である。

 それならまだフォローしてくれる源さんがいる内に、なんとかすぐに帰って貰える方法を探る方がいいだろう。


『お名前の確認を致します』


 ごくり、と唾を飲み込み覚悟を決めた私は、スピーカーボタンを押した。


『ガザ、だ』


 おお、意外に素直……と、思ったのは一瞬で、ガザ様は昨日と同じようにカウンターに組んだ腕を乗せた。ガラスにぎりぎりまで近づいて、私の顔を覗き込んでくる。


『マリ、ほら。こっち向けよ。可愛い顔見せてくれ』


 昨日と変わらない、むしろ砂糖増量しました……! 的な甘ったるい声に、お尻がモゾモゾしてしまう。


『目的は……巡察、で宜しかったですか』


 改めて目で追った調査票には、そう記されてあり少し戸惑う。受付にきておそらく初めて見た記述に、思わず詰まってしまった。


 ……巡察、ってなんだろう。なんか警察でいうところのパトロール的みたいな?

 日本で騒動を起こしたドラゴンを連行するとか、野良ドラゴンを捕まえるとか……そんな感じなんだろうか。


 昨日は普通に観光だったと思うから、今日は仕事ってことなのだろうか。むしろ仕事なんてやりそうなタイプじゃないと思っていたから、ものすごく意外である。

 だけどそれなら、こんな所で油売ってないで、さっさと仕事に行ってくださいよ……。


『認証システムに手を翳してください』


 頷いたのを確認してから、そう続けるけれど、一向にガザ様は移動してくれない。

 さり気なく振り返ってトモル君を見れば、スマホを手にしたまま、にやにやしながらこちらを見ていて、動く様子はなかった。


 ……え? あの、助けてくれるって言ったよね!?


 心の中で突っ込みながら、私はガザ様に視線を戻した。――途端、目尻が優しく下がって瞳がトロンと潤む。


 ガラス越しだというのに、ガザ様から溢れだしたフェロモンにくらくらする。なんか空気が濃厚で、息が出来なくなってくる。……んー……なんだ、これ、暑苦しいというか……。


『マリ、ゆっくり二人で話そう。少しでいいから俺に時間をくれよ。……頼む』


 後ろでヒューヒュー言ってるトモル君は、もう正直帰ってほしい。役に立つどころか、本気でうっとおしいわ! セダムにお客様の声ボックスがあれば、仕事してませんってチクってやるのに。


 いつまでたってもシステム認証してくれないガザ様に、もう埒が明かないと判断したのか、昨日と同じく苦笑した源さんがマイクのボタンを押して、私と代わってくれた。

 源さんから後光が見えるけれど、なんだか私の背中がジリジリ痛いのは、アルさんの殺人光線のせいかな! 煙出てないよね、ね!?


「ガザ様。とりあえず手続き済ませた方が気兼ねなく、まりもさんとお喋りできますよ」


 しないけどな! だけど源さんなかなかのファインプレーだ。

 手続きさえ済ませておけば、時間がきたらシャッターがおりてきて、強制終了になる。

 罰則らしいけどガザ様が、常に腕輪をつけてくれているおかげで受付の手順が省けるのも幸いだった。だから、最後のお客さんなこともあって、認証してくれさえすれば、あとは無視しても問題はない! ……はず。


『ソファは気に入ったか?』


 ……ああそうか。それがあった。

 ここで気に入ってません、とか言ったらどうなるんだろう。購入したお店ごと粉砕されそう。やめて。昨日の時間外労働でただでさえ、申し訳なくなったのに、その上そんな重い十字架背負いたくない。


『アリガトウゴザイマス』


 一応、一応押しつけられたとはいえ貰ったのだし、……あれ? でも受付に置くって事は備品だし、そもそも前のソファ壊したのガザ様だし、私がお礼を言う必要あった?


「……」

 腑に落ちない……。

 うっかり考え込んでしまった私の意識を戻したのは、室内に響いたスピーカーのアナウンスだった。


『ゲートが開きます』

「あれ?」


 鳴り響いたアナウンスに、源さんと顔を見合わせて、首を傾げる。


「今日はガザ様で最後でしたよね?」


 籠の中の書類を確かめても空っぽだ。源さんも頷いて、立ち上がり開いたゲートの方を覗き込んだ。私もそうしたいのだけど、すぐそこにガザ様がいるのだ。ガラス越しといっても近づきたくないので、ガマンする。


「あ! ダラさん!? 元気になったのかな」


 だけどすぐに源さんが、そんな声を上げた。


「お知り合いですか?」


 名前らしき単語に、そう尋ねる。

 渡航の申請はしていないけれど、源さんに個人的に会いに来たとか? 午前中のお客さんの様子からありえそうだと思ったんだけど、源さんは曖昧な顔をしてから、へにょっと眉尻を下げた。


「……知り合いというか、奥さんとよく来てくれてたんです。前来た時は、奧さんを亡くされたばかりで、すごく元気がなかったんです……けど」


 しばらくしてようやく私にもその姿が見える。体格もいいおじいちゃんだけど、ずいぶん足元がふらふらしている。


 私と目が合うと、その皺だらけの顔をくしゃっとさせて笑ってくれて、ちょっとほっとする。

 だけど……。


 源さんともう一度顔を合わせて、それから振り向いて五條さんを見た。いつの間にかこちらを見ていた彼が頷くのを確認してから、源さんがマイクのボタンを押した。


『あの、申し訳ありませんが、ここをお通しすることは出来ません』


 大前提として、調査票=申請書である。調査票が受付に来るまでには、それなりの審査を通ってくるのだ。つまり調査票がない人は通行不可。五條さんの態度から察するにそうなのだろう。


『通せない? どうしてだい。お嬢さん』


 声は普通。

 だけど、次の瞬間には、おじいちゃんの髪や服の裾が、身体の裡から風を受けたようにふわりと膨らんだ。

 今までににこにこと笑っていた顔が固まる。

 そして顔全体にぴしりと亀裂が入り--、ホラーも真っ青なその光景に悲鳴が凍った。


『ト オ せ』


 反射的に、私より前にいた源さんの腕を引く。ぱちっ、と軽い火花が散った後、お祖父さんの身体が膨張して……一瞬、目の前のガラスが割れたかと思った。


 一度だけ見せて貰った硬そうなは虫類の肌が、視界いっぱいにガラスにぶつかり、バリバリッと大きな音と共に火花が散る。悲鳴を上げる余裕すらなく、源さんと逃げるように後ろに下がった。と、同時に隣から源さんがいなくなった。


 え、と思ったのも束の間、いつの間にかアルさんが、すでに源さんを横抱きにしてソファのところまで下がっていた。


 はや……っ!

 っていうか、ついでに私もそっちまで引っ張って欲しかった……!


 だけどそんなことを思えたのも一瞬、ばぁぁんっと一際強い音が部屋に響く。

 後ろに引こうとしたけれど、この前ガザ様がガラスを割った光景が蘇り、一緒だ、と思えば、足が縫いつけられたようにその場から動けなくなった。


「……っ!?」


 いや、もうちょっと離れよう!?

 そう自分に言い聞かせてみるけれど、足はちっとも、動いてくれない。


 だ、大丈夫! 落ち着け私。トモル君達が強化したって言ってたし……!


 トモル君は特に焦った様子もなく、五條さんにいたっては「やれやれ」みたいな顔をしているだけで、その場から動いてもいない。


 そんな状態で、怖くて動けない、なんて言うのが恥ずかしい。私も黙ったままそろりとガラスの向こうに視線を戻した。


 もう一度、こちらにに向かって体当たりしようとする青色のドラゴン。狭い通路だから、身体のあちこちがぶつかってパニックになっているのかもしれない。


 そんな不規則で読めない動きをーーすっと日に焼けた手のひらが、その腕部分を押さえた。


『よう。じいさん、ここで暴れるのはナシだ』


 --ガザ様の声。


 みしっと音がしそうなほど握りこんだ腕が、ドラゴンの皮膚に食い込む。悲鳴のような咆哮を上げ、ドラゴンが飛び掛かったかと思うと、ガザ様はその腕をそのまま上に放り投げて、懐に滑り込んだ。


 次の瞬間にはドラゴンの身体が弓なりに丸まったかと思うと、そのまま大きな音を立てて床へと倒れ込んだのである。

 ……え、もしかしてガザ様が倒したの? あんなに大っきいドラゴンをあっけなく?


『ガザ、おつかれさまぁ。ダラさん落ちてる間に腕輪つけちゃって』


 いつの間にか私の隣に来ていたトモル君が、マイク越しにそう声を掛ける。 

 さっきの騒動がまるで噓みたい。さっきみんなでお喋りしていた時と、全く同じ調子でーーなぜだか、トモル君の横顔を見て、ぞわりとした。


『で、ついでに、ダラさんをゲートの方に連れて行ってあげて。人をやったから」

『外までか?』


 少し嫌そうに眉間に皺を寄せる。


『そうだよ。ご褒美あげるから。お遣いしてきてよ』


 ふん、と鼻白んでから、ガザ様はドラゴンの尻尾を掴んだ。そのままずるずると、入ってきたゲートの方へと引き摺っていく。


「あの……」


 騒ぎの原因だったドラゴンの姿がなくなり、やっと身体から力が抜けて、声も出るようになった。

 うん、大丈夫、足も動く。


 だけど、これからどうしたらいいのか分からなくて、そのまま立ち尽くしてしまう。えっと……業務に戻ればいいのかな……っていってもガザ様のデータはさっき入れたし、あと少しで定時なんだけど。


 立ちつくす私に気づいて、トモル君はマイクから手を離してにこっと笑った。


「あ、まりもちゃん。驚いたよね。でもガラス結界大丈夫だったでしょ。安心安全。さっすが僕と五條さんの力作!」


 私の視線に気づいたのか、トモル君はぱっと目を合わせて胸を張る。


「あ、そうですね……」


 トモル君と五條さんがのこのガラス壁を作ったんだ……。なんか結界だとかなんとか、中二病的な説明を聞いた気がする。あ、だからトモル君と五條さんは、長い間壁の近くにいても平気なのかもしれない。仕事中も、べたべたと源さんにくっついそうなアルさんが、なぜか一番遠いソファに座っていることにも納得できる。


「……あの、さっきのおじいちゃんって」

「ダルさんね。番が死んじゃってさ、ちょっとおかしくなっちゃったんだろうね。一人残っちゃうとたまにあるんだ」


 明るい口調だけど、どこか寂しそうに瞳が翳る。

 さっき感じた妙な違和感はなくなっていて、戸惑っている間に、ガザ様が戻ってきた。びくっと身体を震わせた私と隣にいるトモル君を、きつい視線で睨む。


 けれどトモル君はそんな視線なんてものともせず、再び屈んでマイクに向かって口を開いた。


『ガザ、もうそっちのゲート閉まるから、こっちに来ていいよ』


 は……?


『いいのか?』

『僕がいるからね。お前が暴走しても送還すればいいだけだし、このままキレちゃう方が後処理大変だろ? 同じ空気くらい吸わせてあげるよ』


 くすくす笑いながらそう言ったトモル君の声が、嫌に遠くに聞こえる。


 私を置いてけぼりにして、会話が続いて頭の中でなかなか処理しきれない。


 ……今助けてくれたことは感謝はしてる。丈夫になったっていったってやっぱりこっちに向かって攻撃されたら怖かったし。でも。


 机から離れたトモル君が、非常扉のノブを回して開く。

 ガザ様がそちらに身体を向けた。


 その、瞬間。


 きらきらと飛び散ったガラスの破片が警鐘のように、頭の中に蘇った。


 だめ。まって。


 扉が開く。


「っひっ」

「まりもさん!?」


 ガザ様の黒いブーツの爪先が扉の隙間から見えた瞬間、かくん、と膝から力が抜けた。


 その場に崩れ落ちた私に驚いて、アルさんに抱っこされたままだった源さんが声を上げる。


「ちょ、アル離して!」


 源さんが駆け寄ってくる気配がしたけれど、心配させちゃいけない。なんて、思う余裕もなかった。

 ぺたんと落ちたお尻ごと後ろに下がって、ガザ様に向かって私は叫んだ。


「近づかないで! こないで!」


 こわい、と擦れた声で呟けば、涙がぼろぼろと溢れてくる。


 やだ、怖い。怖い――怖い!



 ばっと頭を抱えたものの、ガザ様の赤い瞳から目を逸らせない。


 輝いていた目が一瞬で――色を失ったのが分かった。


 ――怒る……!


 そう思って逃げようとするのに、やっぱり足が動かない。そのうち胸が重くなって、俯いて口を手で押さえ息苦しさに来づく。


 全力疾走した後みたいに心臓の音が大きくて、息を吸うタイミングが摑めない。あれ、どうやって私息してたっけ?

 空気が全く肺の中に、入っていかない。やだ、なんなの。これ。


 苦しい。

 こわい。


 ほぼ四つん這いになって、ぜぃぜぃ言い出した私の背中を慌てて撫でてくれたのは源さん。                                                             

「え、あ、過呼吸ですか……!?」

「いっちょん、なにそれ!? まりもちゃん、大丈夫なの!?」


「その、ストレス性の、発作というか……すごく苦しいんです! 橘さん、落ち着いて、深呼吸しましょう! アルさっきのお菓子の紙袋取ってきて!」


「……ストレス性」


 ぽそりと呟いたのは、おそらく五條さんだろう。


「トモル、いい。閉めろ」

「え、……」

「いい」


 ばたん、と扉が閉まる音がする。――パニック状態だったのに、なぜかガザ様の声だけははっきりと聞こえた。


 源さんが背中を撫でてくれて、五條さんが紙袋を口に当ててくれる。

 息が熱くて、気持ち悪いけど、だんだん空気が飲み込めるようになってきて、いくらか動悸がマシになった。


 今のが、過呼吸、なんだ。話だけは聞いたことがあったけど、あんなに水に溺れるみたいに苦しいなんて思わなかった。


 ――私、そんなにガザ様が怖かったんだ。


 自分で自分に驚いてしまった。だって嫌だな、とは思っていたけど、ガラスの壁一枚挟んだ状態で普通に会話だってできていたのに。


 五條さんに促されるままに深呼吸をして、ようやく顔を上げることができた。だけどまっすぐ前を見れない。だって、壁のすぐ向こうでガザ様が私を見ているのが分かる。


 だけどガザ様は怒るどころか、静かに私を見つめていた。目が合うとゆっくりと口を開く。



『――マリ。分かってる。オレが悪いんだ』


 多分、今まで聞いた中でいちばん、優しい声だった。


『オレはそっちにはいかない。お前がいいというまで、ずっとここでお前を見てる』


 言葉が出ない。

 だって「いい」なんて言えるわけもない。だけど静かに感情を押し込めた瞳は揺らいでいて、昏く沈んでいた。


「――ガザ様」


 思わず呼んでしまったのは、そんな、顔をさせてしまった罪悪感からか。

 マイク越しでもないから、おそらくガザ様は唇を読んだのかもしれない。

 ガザ様は困ったような嬉しそうな複雑な顔をして最後は、ふわ、と微笑んだ。



『ありがとうな。……嬉しい。オレはお前が名前を呼んでくれるだけで、今生きてきていちばん幸せだ』


 そう言い終わったと同時に、昨日とおなじ音楽が流れてきて、シャッターが閉まっていく。

 しん、と静まり返った受付で、最初に口を開いたのはトモル君だった。


「……ごめんね、まりもちゃん。勝手にガザをこっちに通そうとして。……それにちょっとくらい、ガザのかっこいいところをまりもちゃんに見て貰おうと思って、わざと助けなかった」


 ほんとにごめん、といつにない真面目さで、トモル君は私に向かって頭を下げた。


「……いえ」


 そもそもガラスがあるのだから、おじいさんドラゴンが暴れても、こちらに被害はなかったはずだ。


 改めて見ても、あれだけ大きなドラゴンが暴れ回ったというのに、ガラスにはヒビ一つ入っていない。派手な音は、電流らしきものが流れているせいでーー私は驚きすぎたのかもしれない。


「まりもさん、大丈夫ですか」


 源さんが腕を抱えて、立たせようとしてくれていることに気づいて、慌てて自分で立ち上がる。

 妊婦さんに支えて貰うわけにはいかない。だけどその勢いによろりと傾いた身体を支えてくれたのは、いつの間にか立っていたらしい五條さんだ。


「す、すみません……」

「いえ……」


 なんだか五條さんまで、様子がおかしい。トモル君はただただ申し訳なさそうな視線を私に向けていて、いたたまれない。迷惑をかけてしまったのは自分なのに。

 背中にシャツが張りつくほど流れた汗も気持ち悪い。だけどそれよりもこの変な空気に耐えられなくて、私はぺこりと頭を下げた。身体はもう十分動く。


「お騒がせしてすみませんでした。源さんも有り難うございます。ちょっとまだ調子が悪いんで、お先に失礼しますね」


「あ、はい!」

「お疲れ様でした」


 物言いたげな視線を背中に受けて、逃げるように更衣室に向かう。


 私はひどい罪悪感に頭がいっぱいになってしまい、ただ一人アルさんだけがーー違う目をしていたことに、気づかなかったのである。











 そしてその夜、私はベッドの上でゴロゴロしながら、今日起こった一連の出来事を思い返しては、何度目かの溜息をついていた。

 なんか、みんなショックそうな顔してたよね……。


 そりゃ……同じドラゴンなんだもん。しかも知り合いに対して、あんな拒否反応ばりばりの態度を取られたら、いい気分はしないだろう。


 それに私自身も、罪悪感で胃がちょっと痛い。

 ……昼間、普通に喋って楽しかったから余計に、複雑な気分になるのかもしれない。


 でも私にだって言い分はあって、ーー多分私は自分が思っていた以上に、ガザ様に襲われた時、怖かったんだと思う。むしろ同じ部屋に入ってこようとしただけで、過呼吸まで起こすとか……これがトラウマというやつなんだろうか。



「……死ぬかと思った」


 息が吸えなくて苦しくて。

 できれば二度と味わいたくない感覚だ。今も思い出すと、また起こしてしまったらどうしようなんて、不安になってきてしまう。


 過呼吸に効く薬って、ない、はず……。


 対処法とか検索してみようかな、と思ってスマホに手を伸ばすと、タイミングよく、ぴろん、とメッセージを知らせる着信音が鳴った。


 ……この時間帯にくるのはあいつしかいない。

 もう今日くらいは勘弁してよ……。




『なぁなぁ姉ちゃん、最近返事遅いけど彼氏でも出来た(≧∀≦)?』


 相変わらずいつもの絵文字満載のメッセージに溜息をつく。


 いらっとはするんだけど、なんとなく今日は、この相変わらずの馬鹿っぽさにちょっと気分が軽くなる。


 うつ伏せてスマホをタップしながら、ちょっと悩む。

 ――彼氏はいないけど、番認定されたドラゴンに付き纏われているよ。

 なーんて。返してみたら、どんなメッセージが返ってくるだろう。


 まあ、愚弟といえどもいたずらに心配を掛けるのはよくない。


 余計なお世話ーーそう打とうとしたのに、既読がついてから中途半端に空いた間に、何か思うところがあったらしい。



『まじでかΣ(゜□゜;)! え、なにオレの知ってる奴?』


『オレより強い奴じゃないと認めないからねヽ(*`Д´)ノ』


 ぴこんぴこんと次々にメッセージが流れていく。

 は、と思わず鼻で笑ってしまう。愚弟なぞ指でプチッとされて終了である。


 ハイハイ、とパンダが小馬鹿に笑っているスタンプを送って、やり取りを打ち切ろうと思ったのに、またすぐにメッセージが入って来た。


『オレ最強だからコテンパンにのしてやるヽ(`Д´#)ノ!』


「『想像力がな』……っと」


 それだけ返して、もう眠ってしまうことにする。


 すっかりやりとりは終了したと思ったのに、うとうととしたところでまたメッセージが入って来た。音消しとけばよかった……。


『マジで。いい奴いるなら紹介してよ。てか見に行きたい」


 多分、このやりとりを始めてから、初めて顔文字が無かった。


 ……どうやら愚弟は愚弟なりに私のことを心配してくれているらしい。

 私は小さく笑って、指を動かした。



『本当に彼氏はいないから。あとお正月には帰ってきていいよ』


 私優しいな……!

 自画自賛しながら私は今度こそ通知をオフにして、布団に潜りこんだ。




『正月って半年以上あるんだけどー!!

 お盆を無視しないであげてー°・(ノД`)・°・!』






癒し系に進化した愚弟


次回予告

「ここどこ!? 中盤で異世界トリップとかジャンルがまた迷子になっちゃうーー!!」

 まりもinドラゴン世界

 ~目が覚めたら異世界でした~


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