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第91話 出発

 結局、どうにかこうにか、皆で夕餉を取る事になったのだが、相変わらず空気は重かった。


 ここ数日、伊藤さんに付きっ切りだった優理はゲッソリとしていて、夕餉に半分も手を付けずに自室に戻ってしまった。

 優理が自室に戻ったあたりから、今度は瑠依ちゃんがずっと泣いている。ご飯はしっかり口に運んでいるが、ずっと泣きながら食べていた。


(あと何日こんな状態が続くのかな……)


 金田さんは、明日の朝には大原を発って稲葉山に向ってしまう。


(つーくん、一回くらい戻ってきてくれるのかな)


 それぞれ別の手法で、生きるための経済力を身に着けようって言っていた、最初の話通りになってきた。


(そう、予定通り、それだけじゃん)


 伊藤さんは大ピンチだが、後の二人は予定通りなのかもしれない。そう考えたら、特に悲観していても仕方がないと思えてきた。


「ねぇ」


 俺は、誰にでもなく話始めた。


「伊藤さんが戻ってきたら『仕事が無い!』って言わせるくらいに、しっかり郡上を治めたいと思うんだ」


 俺の言葉に、金田さんはニヤリと笑った。

 美紀さんも満足そうな笑顔で俺を見つめてくれている。


「よっしゃ! んじゃ殿、今日は徹夜で勉強しますよ! この金田健二郎、時間の許す限りはこの知識を置いて行きますんで!」


「やった! お願いします!」


「じゃ、私も付き合おうかな、殿だけに聞かせてたら忘れちゃうかもしれないしね」


 美紀さんはそう言うと、唯ちゃんと目を合わせた。


「そう言う話なら私も参加させて下さい。勉強は得意ですから!」


 唯ちゃんも笑顔でそう言ってくれた。


 なんだか少し、気持ちが明るくなってきた。


「よっしゃ! こうしちゃいらんねーな!」


 金田さんは食べ終わった食器をガシャガシャと重ねると、そのまま炊事場の方へ行く。


「奥方様、綱義くん、綱忠くん! 今夜は寝かしませんぜ!」


 そんな怪しい声をかけると、紙やら筆やら硯やら墨やら、色々と用意するように指示をだしながら、今夜は徹夜で勉強会をやる事を伝えていた。


「……変態さん! なんで瑠依は呼ばないんですか!」


 どうにか泣き止んだ瑠衣ちゃんが金田さんに文句を付けた。


「え? あ? れ? 瑠依ちゃんも一緒に勉強する?……マジ?」


「瑠依、お前、金田さんにバカだと思われてるぞ」


 珍しく美紀さんが大笑いしていた。


「んも~! バカじゃないですよ! サポート部はIQテスト百五十以上じゃないと入れないんですからね!?」


 俺は少し味噌汁を吹き出しかけた。

 当然ながら、金田さんもびっくりしている。


「ま、ま、マヂか。俺より全然賢いじゃねーか!」



「嘘で~す! 仕返しです!」


 瑠依ちゃんは小さく舌を出してイタズラな笑みを浮かべた。


「なんだよぉ、びびったじゃねーか」


 金田さんは心底安心したような表情を見せている。

 そんな金田さんを見て、美紀さんがニヤリと笑った。


「でもね、各自に公表されていないだけでIQテストは実際に行われていますから、頭の回転が遅いとサポート部に入れないのは事実ですね」


 そう言うと、得意顔になっていた瑠依ちゃんを見て言葉を続ける。


「事実、この子は執行部の責任者、平岡執行部長の御嬢さんですから。すごく頭がいい人の娘さんなわけですよ」


「へ? マジ? 君たちホント何者なの?」


 金田さんはもうその場にへたり込んで驚きを受け入れていた。


(執行部長の御嬢さんか、美紀さんも唯ちゃんも偉い人の御嬢さんだったような……)


 それから、なんだか一ヶ月くらい前に戻ったような、他愛もない会話が続いた。

 すごく安心できる時間が訪れ、それはその後の徹夜の講義までずっと続いてくれた。きっと、美紀さんや金田さんがそんな空気を作り続けてくれたんだろう。



 一ヶ月前と違う事と言えば。



 伊藤さんがいない事。


 つーくんがいない事。


 優理が元気ない事。


 あと、陽が隣にいる事。


 俺の胸に、郡上の主として精一杯働く覚悟が燃え上がっている事だ。




 翌日、稲葉山に旅立った金田さんと入れ替わるように、郡上へ行っていた香さんが屋敷に戻ってきた。伊藤さんの一件には心底落胆の様子ではあったが、俺の説明に納得してくれた。


「郡上をお纏めになるのであれば、わたくしも少しはお力になれましょう」


 香さんの笑顔は美しく、それ以上にとても頼もしかった。

 あまりゆっくりもしていられないので、俺達も郡上八幡に出発する事にした。



「よし、んじゃ行こうか!」

『ハッ!』


 俺と陽が並んで歩く前後を、荷物を大量に背負った十三くんと十五くんが歩く。その後ろを、泣き腫らした目のお栄ちゃんが歩く。


 さらに後ろに香さんと、そのお供の女性が三名続いた。


 女の子達とお末ちゃんは、郡上が安定してから呼び寄せる事にしている。


 遠くなっていく屋敷では、まだ皆が手を振ってくれていた。


 大原の村を通ると、収穫の準備をしている人達が爽やかに手を振ってくれて、俺は沢山の元気をもらった。


(つーくんにもそのうち会えるだろうし、今は精一杯頑張ろう!)


「今、須藤様の事を考えておられましたね?」


 陽が楽しそうに俺の顔を覗き込む。


(いやぁ、改めてお美しい)


「あれ? なんで分かったの!」

「洋太郎様の事はよく見ておりますので」


 新しい土地で、新しいスタートになる。


 俺達は、夏の日差しと木々の合間を抜けて行く風に見送られ、ついに大原を発つ。


「待ってろよ郡上! 俺がキッチリ治めてやるからなー!」


 空に向かって叫んだら、トンビだか鷹だか分からない大きな鳥が返事をしてくれた。それがとても可笑しくて、俺達は笑いながら郡上への道を楽しんだ。



第一部 大原編  ~完~

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