表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
94/124

第90話 しばしお別れ

 不満そうな俺に、前田さんは厳しい表情で釘を刺した。


「石島殿、先程も申したがこれは命令である。意に添わぬは謀反である。そう心得られよ」


(……くっそ、脅しかよ)


 前田さんはそのまま紙を折り畳むと、俺に手渡した。


 それを受け取った俺の手は、緊張か、悔しさか、何故か少しだけ震えていた。そんな俺の事など気に留める風もなく、前田さんは言葉を続ける。


「郡上八幡へはなるべく早く入られよ。我等は三日後に稲葉山を発つ。金田殿はそれまでに稲葉山へ参られよ」


 金田さんが小さく頷いた時、前田さんのご家来衆が担架のような物の上に伊藤さんを乗せて来た。それに気付いた前田さんは、この場を去るべく言葉を締めくくる。


「郡上の安定は美濃の安定に欠かせぬ。月内には領内を安定させるようにな、さもなければその首が飛ぶやもしれんぞ」


 言い終わるや否や、俺達の事など見向きもせずに、ご家来衆と共に屋敷を出ていく。



(伊藤さん……)



 残ったのは、すすり泣く優理と、それを慰めながらも涙目になっている美紀さん、廊下を走って来て伊藤さんを見送ると、その場でわーわー大泣きしている瑠依ちゃん、それを追ってきた唯ちゃん。


 唯ちゃんも、瑠依ちゃんを慰めながら泣いていた。



 俺は未だに納得が出来ていない。


「金田さん、何で急に了承しちゃったんですか!」


 伊藤さんを連れて行かれただけじゃない、俺は、金田さんとつーくんまで失う事になるのだ。前田さんの言う事を素直に聞いてしまった金田さんが、正直恨めしいとさえ思う。



 金田さんの傷はだいぶ良くなってきている様子ではあるが、少し辛そうにしながら俺を見据えた。


「信長様が武田信玄に頼んでくれてるって話でさ、今の織田家と武田家の関係性を考えれば、頼んでくれてるって事自体がめっちゃめちゃレアなわけよ。超絶スペシャル厚待遇なわけさ」


 金田さんはそう言って、良くなったばかりの足で立ち上がる。


「動き出したんだよ、歴史が!」


 決意に満ちた瞳で、俺をじっと見据えた。


「石島ちゃん、もうヘタレな事言ってらんねーぞ! 郡上の主だからね! 俺も剛左衛門もいない、伊藤先輩もいない!」


 ゆっくりと俺に近づきながら、言い終わる頃には目の前まで来ていた。そのまま俺の胸倉をしっかりと掴むと、俺をグイっと持ち上げるように引き寄せた。


「気合入れろ! 泣き言は言うな! 強くなるってのはさ、自分の弱さを認める所から始まるんだぜ!? まだまだ全然だよ石島ちゃん!」


 丸で喧嘩でもしているかのような声で、怒鳴る様に言われた。


 その後、金田さんは少しだけ、伊藤さんの事について俺達に言い聞かせるように話してくれた。



 武田の領国にいる永田徳本さんという名医は、医聖と呼ばれる程の本物の名医だそうだ。その永田徳本さんに診察を受けるために、武田家の領内に入る。


 武田と織田は一応の同盟関係にあるが、今まではどう考えても織田の方が格下だった。それが今回、稲葉山城を落とした事で武田に追いつこうとしている。

 追いつく側は達成感に包まれるが、追いつかれる側にしてみれば面白くないはずなのだ。


 そんなデリケートな時期に、わざわざ石島家の家来如きの為に、お抱えの名医に診察をお願いして、領内を通りたいと頼んだ事になる。


「普通ならそんな事絶対にしない!」


 そう言い切った金田さんは、これは幸せな事なんだと、女の子達を説き伏せていた。


 もちろん、そんなデリケートなお相手の領国を通るのに、大人数で行くわけにはいかないだろう。


 その上、織田家からしてみれば、俺達は知らない人間という事になる。そんな石島家から同行者を選び、武田の領内で何か粗相でもあろう物なら一大事だ。


(確かに、同行は無理だっただろうなぁ)


 金田さんの説明に、俺達は少しずつでも納得していくより他に、心を落ち着かせる術が無かった。



「殿も急いでご準備をしてください。郡上をしっかり治めないとマヂでヤバイっすよ」


 金田さんはまるで他人事のように言ってのける。


「手伝ってくれないんですか?」


 いくらなんでも、俺一人で郡上を治めるとか話が意味不明すぎる。


「んな無茶言うなって、俺だってホントは……」



 金田さんの言葉の途中で、俺の顔面が左方向に派手に吹っ飛んだ。

 引っ叩かれたのだ。最近よく引っ叩かられる。


「シャキッとしろ!」


 俺を平手打ちした犯人は、美紀さんだった。


「石島さんがしっかりしてくれないと、私達はどうしたらいいのか分からない! 支えるから……十三くんも十五くんもいる、一緒に踏ん張ろうよ!」


 女神様の両目から次々と零れ落ちる大粒の涙は、ずっと迷いっぱなしだった俺の心に、小さな勇気をくれた。



「皆様、夕餉の仕度が整いましたよ」


 静まりかえってしまった俺達の空気を、笑顔の陽が温かくもド派手に切り裂いてゆく。おそらく、俺達のこのやり取りを一部始終見ていたに違いない。


 にもかかわらず、その事には一切触れず、ここで空気を換えてしまうべきだと判断したのだろう。美紀さんも金田さんも、その事に気付いたようだった。


「そいや腹へったな~、奥方様、今宵の夕餉は何ですか?」


 金田さんがわざとらしくおどけてみせる。


「金田さん、伊藤さんがいないからって二人分食べたらダメですよ?」


 まだ涙で声が若干震えていたが、美紀さんも涙を拭いながら金田さんに続いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ