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第8話 泣くほどの

 白パンツは伊藤さんに促された通り、シャワーを浴びるため自室に入って行った。


(何を隠してんだよ)


 その間リビングで待っている俺は、白パンツに対する疑念を膨らませている。俺だけではない、中村さんも金田さんも、ふさぎ込むように思案にふけっていた。


 どれだけの時間が経過しただろうか。


 重苦しい沈黙に似合わないほど、普通のテンションで伊藤さんが口を開いた。


「中村さん、これってやっぱコツとかあるんですかね? 知ってます?」


 伊藤さんの言動は本当に読めない。この沈黙の間、昨日やっていたルービックキューブとの格闘を再開していたのだ。


 中村さんの表情は「こんな時に何を」と言いたそうではあるが、伊藤さんとのやり取りは極力避けたいのだろうか。


「俺もそれ苦手なんだよね」


 苦笑しながら、そう答えるに留まった。


「そうですか、これ案外難しいんですね」


 言いながら金田さんを見たが、見られた金田さんは慌てて首を横に振って「出来ませんアピール」をしてる。当然俺も出来ない。


 伊藤さんが俺にも聞こうという態勢に見えた時、中村さんが「よし!」と自分で気合を入れると、伊藤さんに質問をぶつけた。


「伊藤くん、優理ちゃんに何があるって思ったの? で、それに気付いたのはいつなの?」

「ん? さぁ」


 伊藤さんは完全にはぐらかそうとしている。

 この反応に、中村さんとしては珍しく、伊藤さんに対して矢継ぎ早に言葉をぶつけていく。


「だって、絶対なにかあるでしょあの反応。あそこまで聞いといて《《無かったことに》》とかないでしょ」

「うーん……」


 言おうとしない伊藤さんに、中村さんは少しイライラし始めた様子だ。


「伊藤くんの予測でもいい、何かを感じているなら教えてくれないかな、俺達だって知りたいんだ」


 そういって金田さん俺に「なあ、そうだろ?」と、同意を求める。無意識ではあったが、俺は頷いて同意を示していた。もちろん、金田さんもだ。


「知りたいって言われても、俺は何も知らないよ?」


 知らないのは本当だと思う、でも何かを感づいている。そしてそれが何なのか、この人はきっと想像しているに違いない。


「予測でいいんだよ、俺達にも教えてくれないかな」


 伊藤さんを相手に交渉である。俺も金田さんも頷くばかりで、言葉を発する事をためらっていた。


(頑張れ中村さん!)


 金田さんもそんな思いで見守っているに違いない。

 大きなため息ついた伊藤さんは、少し嫌そうな顔を見せる。


「俺は何も知らないし、これからも知りたくない。彼女から何も聞かないし、聞こうとも思わない」


 その嫌そうな顔のまま、自分で撒いた種にもう関わらないと言い切った。けれども、それではこっちの三人が納得できない。


「なんでだよ、隠すのか?」


 中村さんが食って掛かると、少しイラっとした様子の伊藤さんから怖いオーラが出始めた。


「ったく……」


 先程より更に険しい顔をして、三人を見回しながら話し始める。


「あの反応見たろ? お前らさ」


 言葉に詰まった様子である。何だか不思議な事に伊藤さんの険しい表情は一瞬、少しばかり泣きそうな表情にも見えた。


「突っ込まれて泣くほどの秘密なんて持ったことあるか?」


(……ない)


 言う通りだ。誰かに突っ込まれて泣くほどの秘密なんて、持っている人間のほうが少ないんじゃないだろうか。


 伊藤さんはまた一つ大きなため息をつくと、一気に言葉を並べ立てた。


「俺がここで話した予測がもし当たってたら? 彼女が自分からその秘密を話始めちゃったら? それがどんな結果を生むのかとか、考えないわけ?」


 中村さんも、金田さんも、そして当然俺も、発する言葉を見つけられないでいる。

 そんな三人に伊藤さんの言葉が続いた。


「あんな反応だぞ。最悪、もしかしたら彼女の命にかかわるような、そんな話かもしれないじゃない」


「まぢ?」


 金田さんが驚いて、顔面を引き攣らせながら声を上げる。俺も中村さんも言葉にならない、伊藤さんの思慮深さには頭が下がる思いだ。


(ゲネシスファクトリー……)


 また思い浮かぶが、あの資料の出元くらい伊藤さんも知っているだろうから黙っている事にした。


 言葉を続ける伊藤さんは、珍しく話し方に力が入っている。


「命にかかわるってのは大げさかもしれないけど、きっとすごい大事な何かなんだよ。そんでそれは本来、俺達に知られていい話じゃないんだよ……だから俺は聞かない、お前らも聞くな」


 その直後、白パンツの部屋の戸がガチャリと開いた。


「聞こえ……ちゃった」


 すっかり肩を落とし、か細い声になってしまった白パンツ。

 今の伊藤さんの台詞を聞いていたらしい。それを正直に言える所は彼女が素直な証拠であり、それは長所だと思う。


「チッ」


 伊藤さんは軽く舌打ちをすると、全員に向って話し始めた。


「俺の推薦は石島君だ、俺は推薦なんていらない、自分で選考会を突破する」


 その言葉に驚いたのは俺だ。


「ちょっと待って下さい、俺は」


(推薦されたら、戦国時代に行くのが決まるのか?)


 少し戸惑う俺に、目をキラキラさせた金田さんが問いかける。


「どうした? 行くっしょ? 戦国時代に!」


 この場面で首を横に振れるほど、俺の意思は強くない。雰囲気に呑まれて頷いてしまった。


「よっしゃ、んじゃ自分の推薦も石島ちゃんで。自分も伊藤先輩に負けずに自力で突破してみせるっす!」


 白パンツが慌てて端末を手に取った。


「お二人とも、推薦理由を教えて下さい」


 まだ元気は戻っていないようだ。

 そんな白パンツに「理由かぁ」と漏らした伊藤さんは、ニヤリと笑う。


「とても残念な担当が理由もろくに説明しなかったせいで、ココに連れて来られてから説明を受けるというハンデを背負いながら、ゲームチェンジャーになるという決意をした立派な若者だからです!」


 伊藤さんにしては、いつになく明るい声だった。それを聞いた金田さんが「あひゃひゃひゃ」と彼独特の笑声を上げる。おれも乾いてはいたが「ははは」と笑うしかなかった。


 白パンツは、そんな意地悪を言った伊藤さんを正面から見つめている。


「ありがとう、伊藤さん」


 また涙目になりながら優しく微笑み、ちょっと震えた声でお礼を言った。リビングの空気は、先程とは打って変わって優しい温もりに包まれている。


 シャワーを浴びた直後の白パンツは、当然ながらすっぴん。普段から薄化粧なのだろう、すっぴんでも全然変わらなくて、すごく可愛い。

 濡れ髪ですっぴん、涙目で潤んだ瞳、普段よりずっと色っぽさが増してヤバイ。そして今日のパンツも白なのだろうか。


 中村さんは話の内容など頭に入っていないのだろう。湯上り天使の魅力に圧倒され、口をぽっかりと開けて見ていた。


「ん? なにが?」


 伊藤さんは「何のお礼かわからない」そんな風を装いながら湯上り天使に笑顔を見せた。


「そんじゃ、ま、俺は石島くん推薦ってことで! もう寝るわおやすみー」


 伊藤さんが逃げるように自室に向かうと、湯上り天使は何かを吹っ切るように自分で深く頷き、伊藤さんの背中に声をかけた。


「推薦理由は『ゲームチェンジャーになる決意を固めた立派な若者だから』でいいですね!?」


 既に自室に半身入りかけていた伊藤さんは、その態勢のまま部屋から顔だけを出すと、優しい笑顔と一緒に返事をする。


「こら、前半部分どこいった?」

「なんの事かわっかりませーん」


 湯上り天使はおどけて言って舌を出した後、笑顔で「おやすみなさい」と小さくお辞儀をした。


「冷凍庫に氷入ってるから、目ぇ冷やして寝ろよ~」


 伊藤さんはその言葉だけ残して部屋に入り、その日はもう出てこなかった。二人のやり取りは、俺を含む取り残された三人に気恥ずかしさを残していった。


「こりゃダメだ、そりゃ先輩モテますよねぇ~、かなわねっす」


 金田さんはゆっくりと席を立ち、湯上り天使に笑顔で言葉をかけた。


「自分も石島ちゃんを推薦で! 理由は先輩と同じでいいっす!」


「はい、金田さん、ありがとうございます」


 湯上り天使は笑顔で返事をするも、金田さんはニヤニヤしながらそれを揶揄した。


「やめてちょーだい営業スマイル、もーね、金髪金田はフテ寝しますから後はお任せしまーっす」


 歩きながらそう言うと、さっさと自室に戻ってしまった。


「ま、うゆう流れだよな。俺も自力で行こう」


 中村さんは少し心残りがある様子ではあったが、「推薦は石島くんで」と言い残して自室に入ってしまった。


 残されたのは俺と湯上りお色気天使。


 この天使の湯上りは猛毒すぎる。本当なら、喜ぶべきシチュエーションだろうし「頑張れ俺!」って思う場面なんだろうけど、伊藤さんとのあのやり取りを見せつけられた後じゃ、そんな気にはなれなかった。

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