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第78話 危険

「先輩、大原はどうします?」


 金田さんの問に、伊藤さんはじっと綱義くんを見つめていた。



「十三、大原の軍役に応じてくれた兵十五騎と、若様から兵五十騎をお借りして先に大原に戻ってくれないかな」


 戦の決着までこの場所にいられない事に、綱義くんはすごく悔しそうな顔をしていた。


「村や屋敷を守る……十三、いや綱義。任せるという事だ、どういう意味か分かるな?」


 伊藤さんのその台詞に、綱義くんは力強く頷いた。


「命に代えてもお守り致します!」


 ちょっと涙目になって頷くき、弟の綱忠くんの肩に手をかけた。


「……十五、伊藤様を必ずお守りせよ!」


 綱忠くんにそう言い残し、直に兵を纏めて大原に向けて出発した。あの涙目は、ここを離れる悔しさか、それとも大役を任された喜びか、俺には分からなかった。



 しばらくすると遠藤さんの使者さんが戻ってきて、伊藤さんの提案を受け入れると言う。


 伊藤さんは、綱忠くんが率いる大原の手勢三十騎と、頼綱さんからお借りした兵二百騎と共に郡上八幡城に入る事になった。



 この地点から郡上八幡城までは約一里。


 この当時の一里はかなりアバウトで、大よそ3kmから5kmらしいのだが、歩けば一時間かからない距離なのは間違いない。



「それでは。若様、宜しくお願い致します」


 伊藤さんは頼綱さんに深々と礼をすると、俺達に微笑んでくれた。


「とりあえず綱義くんが大原に行ってくれてるし、遠藤さんも降伏の意思は固いようだし、大丈夫だと思う!」


 伊藤さんは元気よく言い切ると、ちょっと小声で言葉を継げ足した。


「遠藤さん、たぶん殿に会いたくないんだよ。会ったら頭下げないといけないからね、そこは気を使ってあげて」



(あ~、なるほど)


 あの時、使者さんが感動していたのは、それを言わずとも察してくれた伊藤さんへの感謝だったのだろう。



 確かに、俺が行ってしまったら、降伏する立場の遠藤さんは俺に頭を下げないといけない。それが嫌なら逃げるなり何なりすればいいのだろうが、それをしないという事は、本気で平和的解決を望んでいる証拠だ。


 本当は、城の中は安全なのだろう。


 事実、もう大半の兵が逃げてしまっている郡上八幡城で、俺達に危害を加える人間がどれだけいるか微妙だ。その上、そこまで兵が逃げ出してしまった城に、こちらの兵を受け入れると言うのだ。



 遠藤さんの平和的解決への意思は頑なだろう。



(切腹するとか書いてあったしなぁ)


 そもそも切腹するつもりだった人なのだ。俺が降伏の条件として切腹を禁止したわけで、それもしっかり守ってくれている事になる。


 金田さんもつーくんも、その事に気付いてくれたらしい。

 金田さんは遠藤さんを知る唯一の人だ。


「あの坊ちゃん、結構しっかり筋通ってるな。見直したぜ」


 俺達は、伊藤さん達の背中が見えなくなるまで見送った。


 伊藤さんの背中が見えなくなって、俺達はただ待つだけが仕事になった。


 もう夕日と言っていい角度に日が傾いた頃、姉小路軍の物見が本陣に駆け込んできた。



「も、申し上げます!」



 その必死の形相に、本陣の空気が一気に張りつめる。



「郡上より南西、吉田川南岸の最勝寺に兵団を発見!」

「紋は!」


 即座に反応したのは頼綱さんだ。


 紋とは、その兵団が掲げている旗印に付いているマークの事を聞いたのだろう。そのマークは、敵味方の判別には大いに役に立つ。


「ひ、一先ず知らせをと……じきに次の者が詳細を知らせに参る算段で御座います!」

 

 要するに、そこまで確認出来てないって事である。


「承知、警戒を怠るな。動きあらば(ただ)ちに知らせよ!」

「ハッ!」


 頼綱さんの命令に、物見さんは本陣を飛び出していった。


「矢島。物見だけでは不安じゃ、一駆けしてまいれ」

「はっ、承知」


 例のオジサン侍、矢島さんが馬に飛び乗って駆けていった。


「気になるな……城を出た連中が集結してるのかな?」


 つーくんが地図を眺めて最勝寺を探している。


 だが、これだけ簡単な地図なのに見つけられないという事は、記載が無いのであろう。


 金田さんが、地図のある地点に指を付けた。


「郡上八幡城の南西、川の南岸に寺があるって事は、南岸が広くなってるこの辺りしかねーな」


 その位置は、伊藤さん達が城に入ろうとするのを襲うには丁度いい位置取りだ。


「遠藤さんの罠ですかね?」


 つーくんの不安に、頼綱さんが答える。


「であるならば、洋太郎殿に来いと言うたであろう。遠藤慶隆殿はこの兵団とは無関係やもしれん」


 そうだ、わざわざ俺に来るなと言った遠藤さんが、そんな罠を張るわけがない。


「それじゃ、安心しても大丈夫ですかね?」


 俺が質問を言い終わる直前、最後は少し被る感じで金田さんが叫んだ。


「やばっ!」


 全員、金田さんのほうを見る。


「すぐに伊藤先輩を追いましょう!」


 金田さんの顔を少し青ざめていた。



「どうしたんですか金田さん、遠藤さんが手配した兵じゃないのなら罠ではないですよね?」


 俺の呑気な質問に金田さんは大きく首を振って、何故かつーくんの背中を甲冑の上からバシッっと叩くと。


「遠藤慶隆が関係ないから危ない! 狙いは伊藤さんじゃない可能性が高い!」


 金田さんが危険だと思っているのは、その兵団が降伏に反対する家臣団の謀反だった場合についてだった。


「城を出た家臣とその兵、木越城の遠藤胤俊、ここら辺が共謀して郡上八幡城を奪おうとしてんじゃねーのかって話し!」



「いかん、陣太鼓!」


 頼綱さんが部下に向って叫んだ。


「ハッ!」


 直後、姉小路軍の陣太鼓が鳴り響く。


「洋太郎殿、行くぞ! 伊藤殿が危ない!」


 俺達は急遽、伊藤さんを追って進軍を開始した。

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