第75話 勝者
次々に訪れる使者さんの努力も虚しく、金田さんが立案した【政治家になろう大作戦】は見事に的中した。
別府さんからの使者は一時間置きくらいの間隔でやって来ては、まだかまだかと催促し、姉小路軍の動きは何のつもりだと食って掛かってきたのだが、その都度『知らぬ存ぜぬ』で撃退されている。
そして、ついに夜が白み始める頃、別府さんの使者と入れ替わるようにして、遠藤さんの使者がやってきた。その使者の方は、俺達に降伏の意思を伝えると、遠藤さんからの書状を取り出し、俺に手渡してくれた。
その書状には、三つの条件が記されていた。
俺は未だにこの時代の文字がよく読めない。金田さんとつーくんも同じく読み書きは苦手なのだが、伊藤さんは何故か割と慣れてきている。
そんなわけで、綱忠くんに読み上げてもらった内容は以下の通り。
一、城主、遠藤慶隆の切腹を以って、女、子、家臣、城兵、その家族の命を助けてもらいたい。
一、慶隆の二人の弟に関しては、いずれ元服させ仕官の口を見つけてあげて欲しい。
一、妻の香は離縁となったので、無事に北方に戻れるように手配してもらいたい。
これだけであった。
伊藤さんからは、こちらが降伏に条件を付ける必要は無いと言われていたが、俺は一つだけ条件を付けた。
「慶隆殿の切腹は認めません。お城にいる方々の命を奪うつもりもありません。当方としては無条件で降伏を受け入れる準備が出来ておりますので、何も心配なさらずに、と、慶隆殿にお伝えください」
俺は笑顔でそう告げると、使者の方は涙を流して頭を下げた。
使者の方が席を立とうとしたその時、ついに苛々が頂点に達した別府さん本人が催促に来てしまった。
「どういうつもりじゃ! どけっ! 御大将に話がある!」
静止する大原兄弟を押しのけ、別府さんが本陣に怒鳴り込んできた。
「この儂を愚弄するとはどうゆう了見か!」
顔面を赤くし、怒りが頂点に達したような別府さんに対し、俺達はかなりの警戒心を抱かざるを得ない。
この場で斬り合いに発展してもおかしくない雰囲気なのだ。
「おやおや? 別府殿、随分と興奮なされたご様子ではありませんか」
その雰囲気をぶち壊すような呑気な声で、伊藤さんが現れた。
(お、主役のお帰りだ!)
俺が主役なのかもしれないが、俺の中では伊藤さんが主役だ。
別府さんが何かを言いかけた時、伊藤さんが先に口を開いた。
「別府殿、その御使者殿がお見えにならぬのですか? 遠藤殿より降伏の使者です」
伊藤さんの言葉に、別府さんは目を丸くして驚いていた。
遠藤さんが降伏したのであれば、もう戦う必要なんてない。
「別府殿のご活躍にて、この戦は我等の勝利で御座います」
伊藤さんに褒められながら諭される形になった別府さんは、渋々ながら「承知した」と言い残し、自分の陣に戻って行った。
遠藤さんからの使者さんも戻ろうとすると、伊藤さんが声をかける。
「明日、この伊藤が郡上八幡城までお話しを伺いに上がりますので、ご主君にそのようにお伝えください」
「ハッ、畏まりました」
このやり取りに俺達は驚いていた。姉小路さんや織田さんの所へ交渉に行くのとはわけが違う。昨日まで殺し合いをしていた相手の城に行くのだ。
ましてや、伊藤さんは挑発の書状を送りつけた張本人である。
降伏の条件が全て纏まったと言うならともかく、まだ確認が済んでいない交渉段階だ。
「危なすぎます!」
俺は必死に止めた。
「先輩、いくら先輩でも無茶ですよ。降伏を薦めに行く使者がその場でバッサリ斬られるなんてザラじゃないですか!」
金田さんも必死に止めている。
伊藤さん本人はそこまで心配していない様子だが、こちらとしてはそうもいかない。
(伊藤さんに万一の事があったら、俺達はどうなるんだろう)
考えただけで恐怖だった。
「だってさ、金田君も剛左衛門も危険を顧みずに頑張ってくれたじゃない。俺だって行きますよ」
伊藤さんの言う通りだが、それを言うなら俺が行ったって構わないはずだ。
「俺じゃダメなんですか? むしろ俺のほうが良くないですか?」
伊藤さんは考え込む素振りを見せると、金田さんとつーくんも少し思案し始めた。
俺は言葉を続ける。
「一応わかってますよ、俺は総大将っていう立場ですから。一番狙われやすいのは分かってます!」
対外的には、遠藤さんの好意を踏みにじる形で郡上に侵攻しているのは俺なのだ。
飛騨大原領主の石島洋太郎なのだ。
好感の持てる行動じゃないのは確かだけど、そうしないといけない理由がある。郡上という地を治め、財力と力を手に入れないと女の子達を守れない。
陽の事も、もっと幸せにしてあげられる気がするんだ。
伊藤さんが「よっし!」と声を上げて席にドッカりと座り込んだ。
「とりあえず決めて寝よう! どうするにしても朝には出発しなきゃならない」
そう言いながら地図の上に置かれた凸型の駒を動かし始める。
「明日、本陣からの指示で移動を開始。全軍で郡上八幡城から一里の距離まで接近しよう。その後で大原の手勢と、俺達全員で八幡城に乗り込もう」
「お、先輩にしては珍しく柔軟じゃないっすか」
「おいおい、普段どんだけ堅物なのよ俺、結構柔軟に生きてるつもりなんだけど」
金田さんと伊藤さんのやり取りが終わった頃、またタイミングよく誰かがやって来た。バタバタと騒々しく、誰かが本陣に向って走ってくる音が聞こえてきた。
「伊藤殿、伊藤殿はこちらか!」
勢いよく飛び込んできたのは頼綱さんだった。
「これは若様、このような夜更けにどうなされたのですか」
つーくんの問に、頼綱さんはニヤリと笑った。
「御貴殿等が夜更けまで励んでおるというに、一人だけ寝てなどいられぬわ」
なにやら上機嫌の頼綱さんは、そのまま俺と伊藤さんに向いて吉報を伝えた。
「本日、織田軍がわずか一日で稲葉山城を完全に包囲したそうじゃ、斎藤家を支援する者は無く、落城は時間の問題じゃな!」
「おおお!」
金田さんが興奮して飛び上がった。
歴史上の出来事が予定通り発生した事に、大きな興奮を覚えたのだろう。
頼綱さんは更に続けた。
「それだけではないぞ、長井道利は大急ぎで関に向ったそうじゃ、郡上八幡城は手薄になっておる!」
その報告に、今度は俺達がニヤニヤしてしまった。
伊藤さんの目配せを受け、俺が頼綱さんに説明する。
「実はですね。先程、遠藤慶隆殿より降伏の使者が参りました、明日は全軍で郡上へ入ります」
「おお!」
頼綱さんは飛び上がりそうな勢いで喜びを表現する。
「勝ったな! 洋太郎殿、初陣を見事勝利で飾ったな!」
俺の手を取って自分の事のように喜んでくれた。
「義兄上様の援軍が無ければ何もできませんでした、本当に有難うございます!」
俺もしっかりとその手を握り返し、喜びを分かち合った。




