◆ゲネシスファクトリー 四 【知る者、知らざる者】
◆◇◆◇◆
◇ゲネシスファクトリー 日本支部
職員専用居住区 B街区
部屋の呼び鈴が鳴り響く。
「圭一いるんでしょ? 入るよ~!」
この施設の居住区は三層に分かれており、職員専用の居住区はちょうど中間層にあたる。
この日、栗原圭一宅を訪れている若い女性は、居住区で言うと上層にあたる幹部専用居住区に住んむんでいる女性であった。
淡いピンク色の上着を上手に着こなしているその女性は、左手には大量の食材が入った袋をぶら下げている。
「け~い~い~ち~!……ったくもう」
女性は右手を自分のバックに突っ込むと、カードキーを取り出す。
「へっへ~んだ、お母様から借りて来ちゃったもんね」
重厚な扉が電子音と機械音を伴ってゆっくりと開く。
「まったくもう、圭一~」
女性が部屋に入ると、栗原圭一はリビングのソファーで眠り込んでいた。テーブルには幾つかの酒瓶が転がっており、ここ数日の荒れた生活を容易に想像させる。
女性はソファーに近寄ると、栗原圭一のすぐ近くでしゃがみこみ、その寝顔を覗き込んだ。
「まったく、心配させんなよな」
少し涙目になりながら、栗原圭一の頬に手を添える。
その圭一の目が開いた。
「あ……れ? 明日香なにしてんの?」
やつれた表情の圭一、明日かは何故か心が痛む想いを抱く。それは次第に愛おしさへと変わり、圭一の頬に置いた手はゆっくりと後頭部へ回わる。
明日香の顔が寄ると、圭一は再び目を閉じてそれを受け入れる準備をした。
互いの鼓動が聞こえてきそうな程、二人の緊張はお互いに伝わっていた。
明日香の唇が、圭一の唇と重なり合う直前。
「くさっ!!」
明日香は勢いよく後方に飛び退いた。
「酒くさ~! さいあく!」
思わぬ肩すかしを食らった圭一は、腹立たし気に口をとがらせて言葉を投げ返す。
「うっせーな、飲んでたんだから当たり前だろ」
言いながら上半身を起こした圭一は、その頭痛に気付くと、昨日自分が飲み過ぎた事を少し反省し始めていた。
「ったくもう、アンタのお母様が様子を見て来てくれって言うから来たの!」
明日香は持ってきた食材をキッチンに運ぶと、冷蔵庫を開いて食材を詰め込み始める。
そんな明日香の背中を見て、圭一は小さく笑った。
そして同時に、心が軽くなるのを感じている。
「そうだったんだ。キスして来いとは言われなかった?」
「そんだけ元気なら問題ないね! あと三日でしょ? そろそろ気合入れなさいよ?」
言いながらエプロンを装着すると、いくつかの食材を並べて端末を取り出すと、料理のレシピが載っているページを開く。端末からは立体映像が飛び出し、音声付で料理の下拵えの解説が始まった。
「おい、まさか作るのか? それは食べられる物になるのか?」
「アンタが再接続するよりは高確率で美味しい物ができますのでご心配なく!」
「へ~、それじゃかなり高確率で美味しい物が食べれそうだな」
そこまで会話が進むと、一瞬だが明日香の表情に悲しみの色が浮かんだ。
「何でこんな事故が起きたのか、原因はまだわからないの?」
明日香は事の真相を知らない。
しかし明日香の頭脳は、その裏で何かしらの意図が見え隠れしているのを感付いている。最高管制室の室長に阿武が就任してから、このような事故は起きた事が無いのだ。
不安定なタイムズゲートを使用している以上、世界各地で事故は散発しているが、ジャパンゲートでの事故は阿武が室長になってから一度も起きていない。
事故が起こりかけた事は何度かあるが、その都度、阿武の適格な指示で事なきを得てきたのだ。
(なんで今回だけ……)
明日香にはこの思いがぬぐい切れていなかった。
技術推進室の要望により故意に起こした事故であるわけだが、それ自体は最高機密に該当するため、最高管制室の面々は家族にさえその事を打ち明けられずにいる。
「明日香。俺さ、絶対見つけるから」
圭一はそれだけ言うと「シャワー浴びてくるわ」とリビングを後にした。
「全部秘密……か」
明日香は一つ大きなため息をついた。
ふと目線を移すと、そこには圭一の家族写真が飾られている。
(美紀、こっちは心配しないでいいからね!)
明日香は心の中で気合を入れると、端末に視線を戻した。
「あれ? あれれ?」
勝手に先に進んでしまったレシピを戻しながら、全力でカレーライス作りに挑もうとしている。




