第68話 重圧と快楽
夜が近くなると、俺達の陣に何処からともなく商人さんが幾人か訪れてきた。兵隊さん達に向けて「商売をしてもいいか」と問い合わせてきたのだ。
「はい、ある程度の代金は此方で持ちますので、お願いします」
俺はその一言だけを返した。
ある程度をどの程度にするかの匙加減は、伊藤さんにお任せしてある。商人さんは伊藤さんと共に山を下って行った。商売といっても、色々ある。その色々を含めてお願いしたのだ。
出陣前から伊藤さんに言われていたが、この時代、戦勝国側は敵国で好き放題に大暴れするのが当たり前だったそうだ。
略奪、強奪、強姦、誘拐から人身売買。
命懸けで戦った末端階層の兵隊さん達にとって、それがご褒美なんだとか。けれども、俺達は今後、郡上の支配を狙っている身だ。いくら当たり前とは言え、それを認めてしまう訳にはいかない。
「殿、伊藤様より申し付けられたという村の者が参っておりますが」
綱義くんが連れてきたのは、この麓から更に奥にある集落のおばさんだった。おばさんは戦勝の祝いを述べると、酒を提供してくれた。
更に。
「伊藤様からのお達しでして、酒のお相手をさせて頂く娘を用意させて頂いております」
連れて来られたのは、三人の少女だった。
夕方、伊藤さんが綱義くんと一緒にその集落に入り、伊藤さん自らが人選した女の子達だと紹介された。
「強制連行とかじゃないですよね?」
俺の問に、一人の少女が答えた。
「えっと……お相手をすれば金子が頂けると聞いてまいりました」
「これ! お勝! 無粋な物言いするんじゃないよっ」
おばさんは俺にニコニコと愛想笑いを振りまきながら、正直に話してくれた子を小突いていた。
「まぁまぁ、ちゃんと雇ってるんなら問題ないでしょ? ね、殿」
金田さんはだらしない顔で俺に同意を求めてくる。
(ちょっとでも気分を紛らわせって事か……)
兵隊さん達の陣所には、遊女屋さんも訪れている。遊女というのは、芸や踊りで楽しませるのが基本だが、当然ながらその性も売り物にする女性達だ。
流石に俺達が遊女を囲う訳にはいかない。伊藤さんが手配して村の子を連れて来てくれたようだ。
おばさんに連れて来られた子達は、もう既にいくらかの金品を受け取っているのだろう。なるべく綺麗におめかしをしているし、何より伊藤さんの人選である事が分かる「そこそこ可愛い子」が選ばれている。
(この時代の美的感覚で選んだらこうはならないんだろうな)
最初は緊張気味だったその少女達も、次第に慣れて楽しそうにしている。普段は口にする事がない多少贅沢な食糧に驚いている姿は、純粋で微笑ましい光景だった。
途中、伊藤さんが現れて「お? やってるね~。楽しそうじゃん」と声をかけてくれた。
そんな伊藤さんは息抜きしなくてもいいのだろうかと思い、声をかけようとした時は既にその姿は無く、綱義くんと綱忠くんにいくつかの指示を出して何処かえ消えてしまった。
疲れていたのと、ずっと緊張していたのもあって、酔いが回るのが早かった。もちろん俺だけじゃない、金田さんもつーくんも見て分かる程に酔い始めていた。
「だっっからさ? わかる? わかるかな~? とにかくすげーんだよ、わかるかな~?」
金田さんは少女に向って伊藤さんの凄さを説きながら、どうしようもない大人代表な感じで絡んでいた。その少女も大したもので、そんな金田さんを上手にあしらいながらも、金田さんの上機嫌をしっかりと維持し続けている。
俺の相手をしてくれていたのは、正直に話してくれたお勝ちゃんという子だった。よく日に焼けた小麦色の肌に、くりっと可愛い愛嬌のある目が印象的だ。
途中、用を足しに場を離れると、伐採された木の合間から姉小路さんや別府さんの陣が見えた。
無数の灯りが燈り、笑い声が遠く木霊している。
(伊藤さん、何処にいるんだろう)
この勝利、一番噛みしめて喜ぶべき存在の伊藤さんが、未だに一人で忙しそうに走り回っている。かといって俺達が代わりに走り回れるかと言われれば、やる事がさっぱり分からないので無理だとも思う。
(いつかちゃんと恩返し、しないとな)
俺は小さな決意を胸に刻んだ。
用を済ませた俺が戻ると、金田さんとつーくんの姿が見えない。其々のお酌をしていた女の子の姿も無かった。一人、俺のお酌をしてくれていた少女だけがポツンと取り残されている。
「あれ? 二人は帰ったのかな? お勝ちゃん一人で帰るの? 危ないから送っていこうか」
その俺の言葉を聞いた少女は、両目いっぱいに涙を浮かべた。
「やはり私のような醜女ではお気に召しませんでしたでしょうか……」
「え?」
(やっぱりそうだったのか)
この子達の言う「お相手」とは、そっちのサービスも込だったのだろう。なんとなくそんな気はしていたのだが、伊藤さんの手配という事で油断していた。
なんせこっちは新婚である。新婚早々に陽を裏切るような事を、伊藤さんは何故手配したのだろうか。そんな疑問を抱きながら、涙目の少女を見つめた。
目が合った瞬間。
凄惨な状況を目の当たりにし、嗚咽を漏らすほどに苦しい現状をどうにか飲み込んだ俺の体は、無性にその少女を欲してしまった。
「いや、そうじゃないんだ、ごめん」
不安そうな少女を抱きしめる。
すると、俺の体から何かが抜けていくような。緊張がすっと緩んでいくような。柔らかい、温かい何かに包まれたような。
強烈な安堵感に襲われた。
そして、不思議と両目から熱い物が込み上げてきたのだ。
「殿さま……く、くるしいです」
少女を強く抱きしめていた俺は、何かに憑りつかれたように少女を求めた。もしかしたら、ちょっと乱暴だったかもしれない。
(つーくんも、金田さんもこうしているのだろうか)
俺は少女の身体を貪りながら、少しだけ二人の事が脳裏をよぎった。それは単に、言い訳だったのかもしれない。
吉田川で初めての戦場を経験した俺は、快楽と共に微睡の中に落ちて行った。