第6話 隠し事
翌日は朝から武芸の稽古が始まったのだが、とくに大変だったのが馬術だ。
新しい居住スペースからさらに上層階に、室内ではあるがまるで牧場のような区画があった。そこで実際に馬に乗るわけだが、初体験の乗馬は想像以上に大変で、なかなか上手く出来ない。
今は今でけっこう楽しくて、別に帰りたいとか思っているわけではないけれど、一つの疑問が浮かび上がった。
その疑問が解決したのは、その日のお昼休み。
「あれ、この説明忘れてた? ごめーん」
両手を顔の前で拝むように合わせ、ペロっと舌を出して謝られてはもう何も言えない。
可愛い女はそれだけで世の中を渡っていけると聞いた事があるが、それは本当だと痛烈に実感している。
「えっと……ちょっと待ってくださいね」
例の端末を忙しく操作しながら、説明資料を探している様子だ。
この魔性の白パンツは、昨晩はあれだけ伊藤さんに熱い視線を送っておきながら、今日の馬術の講義中はもちろん昼休憩も俺と過ごしている。伊藤さんは、別の班の人と楽しそうに昼食中だ。
(伊藤さんは社交的なんだな……)
伊藤さんの姿を目で追いながら、白パンツが説明を始めるのを待つ。
「あった! これ見てください」
立体映像混じりの資料を展開しながら、俺が投げ掛けた疑問についての説明を開始する。
説明を聞いた結果、戻れないって話だ。戻るのにかかる費用を俺たちは持っていないからだ。なので、まずは候補者になるために何度も選考会を受けるしかない。
最多の人で、今回で六回目になるらしい。
(ここにいる全員、戻れない事まで了承してココに来ているのか)
そんな事を考えつつも、目の前にいる天使の美しさに見とれながら昼食を取った。
元の時代に戻るには、ゲームチェンジャーとして莫大な賞金を獲得しないといけない。戻ろうとするならば、まずはゲームチェンジャー候補者になる事が第一条件になってくる。
大きな変革を作れなかったら、それが死に直結するわけではないという事もわかった。
午後も少し馬に乗り、その後は剣術や槍術、さらに弓術まで基礎を学んだが、数時間で出来る事など限られていた。
タイムスリップした先で特殊な能力が与えられて、一気に出世してドーンと派手に歴史を変えてしまう。なんて事にはならなそうな雰囲気だ。
ホントに、一人の人間として。ちっぽけな存在として戦国時代に飛び、歴史の変革に挑むらしい。
(なんのために?)
そうだ、そもそもコレ、誰がなんの目的でやっているのだろう。
夜になって、自室に戻る寸前の白パンツにチラっと聞いてみた。
「それ、けっこう疑問なんですけど、誰も知らないんですよね」
本当に知らない様子だった。誰も知らない物は、いくら考えても正しい答えは出てこないだろう。
たまたま通りかかった伊藤さんに、白パンツが今のやり取りを説明し意見を求めてみた。
「答えの出ない事で悩む時間ほど贅沢な時間はないけど、同時に無駄な時間だね。だからこそ贅沢な時間なんだけど」
「?」
白パンツは首を傾げた。頭の上に「?」が見えるくらい、不思議そうな顔をしている。伊藤さんは背中で挨拶すると、そのまま自室に戻ってしまった。
「じゃ、おやすみ~」
「おやすみなさい!」
俺も自室向かって歩き出す。まだ頭に「?」が出ている白パンツを放置して、俺も寝る事にした。
「え? なんで? えー、おやすみなさーい」
不満そう白パンツの挨拶を心地よく聞きながら自室の扉を開ける。明日はいよいよ、講義の最終日である。
講義の最終日は、初日と二日目の復習が目白押しだった。
そして最後の課題は夕食後、各班のリビングにてディスカッション形式で行われている。
だが、空気が重かった。
『チームで一名を選び、候補者として推薦する』
十五名の候補者のうち、八名はこの推挙で決まるという事だ。
立候補か、無記名投票か、それとも別の方法か。考えただけで、決めるのは気が引ける内容だ。中村さんが、かなり遠回しに「自分を推薦してほしい」雰囲気は出していたけれど、当然ながら会話は進まない。
重苦しい静寂を破ったのは、右手を小さく上げて発言した白パンツだった。
「ねぇ、一つ気になってる事があるんだけど、いい?」
司会進行は自然な流れで中村さんがやってくれている。
「ああ、どうぞ」
少し唇を噛むようにしてから、白パンツが言葉を並べた。
「この中で、候補者になりたくないって人いますか? 命がけだからさ、やっぱり無理強いはしたくないんです」
(こんな所に連れて来ておいて何を……)
今更、勝手な話だと思った。そんな事を思うなら、最初から連れて来なければいい。
しばし沈黙が訪れた。
「おーい」
伊藤さんが、俺を呼ぶ。
「優理ちゃん、石島くんに言ってるんだよ? こっちの三人はさ、そんなリスクは承知の上で、自分の意思でここに来てるんだし」
その言葉に、何故か白パンツは涙目になった。
「そうゆうわけ……じゃ……、いや、そうです、ごめんなさい!」
椅子に座ったままの態勢ではあったが、精一杯頭を下げて俺に謝罪した。
「いや、いいよ、大丈夫」
思いがけない真面目な謝罪に、こっちが恐縮してしまう。
こういう時、中村さんと金田さんは本当に頼りない。沈黙を破ったのは、やはり伊藤さんだった。
「石島くんがいいなら、いいけどさ」
伊藤さんは少し考えてから、白パンツへ向きなおると意外な質問を投げ掛けた。
「優理ちゃん、そろそろ教えてよ」
(教える?)
伊藤さんが何を言っているのか俺にはよくわからなかった。当然、中村さんも金田さんもわかっていない様子だ。
伊藤さんの言葉に、白パンツが急に緊張したのが伝わってくる。頭を下げた態勢のまま、微動だにしない。動かない白パンツに向って伊藤さんの言葉が続く。
「サポートしてくれてる女の子達って何者なの? 何を抱えてるの? それって言える事? 言えない事?」
その質問に、白パンツは体を硬くした。