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第60話 花を奪う戦

「陽さん陽さん、殿の事は後でいいので、コレですコレ! 大事なんですこれ!」


 瑠依ちゃんが陽の手を引いて縁側まで連れていく。


「よ~しお前たち、私に譲れよ?」

「ダメに決まってるじゃないですか!」


 美紀さんと優理が競うように中庭に出る。


「ほらほら、お栄ちゃんもお末ちゃんも行きましょう」


 唯ちゃんが二人を誘って中庭に下りた。



「後ろを向いてですね、こうやって上にぽ~んて投げて下さい、ぽ~んって」


 瑠依ちゃんが動作付きの解説で投げ方を教えているのは、お手製ブーケらしい。


「はい」


 陽は何が起こるのかわからないまま、笑顔でブーケを受け取った。


「よ~し、瑠依が取るからね!」


 瑠依ちゃんも中庭に降り立つ。



「何が始まるのだ?」


 不思議そうに女の子達を眺める頼綱さんに、伊藤さんが笑顔で答える。


(いくさ)ですよ。女の戦です」


 うまい事を言うものだ。

 俺は伊藤さんの解説に妙な納得をしている。


 頼綱さんは分かったような、分からないような、そんな表情で現状を眺めていた。



「では……いきますよ」


 陽が中庭に背を向けた。


「何なのですか?」


 質問したお栄ちゃんに、唯ちゃんが答える。


「あれを受け取ると、次の花嫁はその人になるっていう占いみたいなものです」


 優理も続く。


「あれ取って伊藤さんの花嫁になるんだ」


 その優理の台詞に、俺はもう何かを言える立場ではなくなってしまった。


(うーむ、やっぱり超絶可愛いんだよなぁ)


 挙式の真っ最中だというのに、俺の思考回路は本当にどうしようもない。


「えいっ」


 陽は目を瞑ると、思いきり良くブーケを投げ飛ばした。


 綺麗な弧を描いて宙を舞うブーケ。


 この瞬間、女の子達にはスローモーションで時間が流れているに違いない。


 真っ先に飛び出した優理と競り合い、美紀さんが体を寄せてブーケに手を伸ばす。お互いにバランスを崩し、ブーケは二人の手をすり抜けるが、唯ちゃんと瑠依ちゃんは完全に出遅れて届きそうもない。


「まだまだぁ~」

「っっえい!」


 信じられない態勢から、美紀さんが再び跳ねると、それに優理も着いて行く。


 弧を描いたブーケが下りに入った時、その落下地点に向けて唯ちゃんも瑠依ちゃんも飛び込んで行く。


 四人がぶつかるようにブーケに手を伸ばすと、各々の手に弾かれたブーケはそこから更に弧を描くようにして飛んだ。


 飛んだ先にはお末ちゃんがいた。


「とっ? わっ?」


 球技なんてやらないこの時代、飛んでくる物を掴む事なんてほとんどないだろう。飛んできたブーケでジャグリングするかのようになったお末ちゃんは、そのままブーケを飛ばしてしまった。


 ブーケの飛んだ先にいたのはお栄ちゃんだ。


 全員の視線がブーケに集まる中。それはお栄ちゃんの両手にすっぽりと収まったのだ。



「こっ、このお花、受け取ったらすぐにどなたの花嫁になりたいかを願わないといけないとか、あ、ありますか!?」


 しっかり者のお栄ちゃんが、珍しく慌てている姿がとても可愛い。


「ん~、どうなんだろ、全然知らないや」


 伊藤さんが「サッパリ分からない」と言いながら金田さんを見る。


「え? 自分が知ってるわけないっす!」


 バトンを回す様につーくんを見た。


「俺達の時代では押し花にして額に入れたり、ブリザードフラワーにしてケースに入れたりしてますね」


「お~、そうなんだ!」


 俺はつーくんの意外な物知りに驚きの声を上げてみたが、お栄ちゃん本人は頭から「?」を噴出させている。


「ぶり? ぶりざー……?」


 唯ちゃんが少し驚いた様子で目を丸くした。


「へ~、保存するんですね」


「あっ」


 伊藤さんが思い出したような声を上げ、何かに気付いたらしい。


「若様、お持ち帰り頂きたい品があるのです。少々重いので外のご家来衆にお預けしておきますね」


「いやいや、お気遣いなど頂かなくとも。陽の喜ぶ顔を見れただけで十分でございます」


 嘘ではないだろう、頼綱さんは本当に満足そうだった。


「そうは参りません、ご足労を頂いた以上、返礼は受け取って頂きます」


 伊藤さんは笑顔で言うと、大原兄弟を伴って別室に向う。


「律儀なお人じゃ」


 頼綱さんは苦笑しながら俺を見た。


 もう涙も止まり、心も落ち着いた俺は、微笑んで頼綱さんに頷き返した。



「お栄ちゃん、好きな人っている?」

「え?」


 瑠依ちゃんの質問に、お栄ちゃんが一瞬固まる。


「それね、好きな人のお家の前にコッソリ置いてくるんだよ。あなたの花嫁になりたいです! って願いを込めてね」


(へ~、それ面白い)


「へ~、そりゃ面白いな!」


 金田さんが興味を示す様に反応した。


(相変わらず被るね、言わなくてよかった)


「でもね、もう相手に気持ち伝えたいなら、そのまま持って行って渡すのもありなんだよ」

「気持ち? そ、そんな恐れ多い事は出来ません」


「ほっほっほ、若いもんはいいですな」


 四衛門さんが「ゆこうかの」とおきつさんに声をかけ、俺と陽に丁寧に挨拶を済ませて自宅に戻って行った。


 それに続くようにして、頼綱さんとも挨拶を交わす。


「では、戻って仕度をして参りましょう。外で家臣を待たせておりますので、これにて御免」


 頼綱さんの言う『仕度』とは、合戦の準備だろう。


「お栄ちゃん? 別に好きな人がいないならお部屋に飾っておいてもいんだよ!」


「そうそう、飾っておいたほうがいいよきっと!」


 優理と瑠依ちゃんがお栄ちゃんに纏わりつき始めた。

 さっきのお栄ちゃんの台詞が気になったのだろう。



――『そんな恐れ多い事は出来ません』



 この台詞でもう、大体の予想はつくからだ。第一候補は伊藤さんだろう、二週間も一緒に温泉で過ごしたのだ。


 もしかしたらもう、そうゆう関係になっているのかもしれない。


 その時、門の方から伊藤さんの声がした。


「そそ、だから明日は頼むよ」

「ハッ」


 外で頼綱さんのご家来衆にお土産を渡し、頼綱さんとの挨拶を済ませて来たであろう伊藤さんが、大原兄弟に何やら指示を出しながら戻ってきた。


「ありゃ? まだ皆ここにいたの?」


 お栄ちゃんは手にしたブーケのやり場を、未だに思案している。優理と瑠依ちゃんがしきりに「部屋に飾れ」と説得中だ。


「ん?」


 美紀さんが地面に屈んだ。

 月明かりと蝋燭の灯りで足元はよく見えなかったが、美紀さんの足元にはブーケから外れた花が一輪、誰に踏まれる事も無く綺麗に残っていた。


 美紀さんはそれを拾うと、縁側に上がる。


 右手の指先で花を持ち、額に付けるようにして何か念を込めるような、香りを楽しむような仕草を見せた。


「今日は遅いのでもう休みましょう、ハイ、伊藤さんコレあげる」


「んが!」

「ちょ! 美紀ねぇ!」


 変な声を上げた瑠依ちゃんと、美紀さんを呼ぶ優理。


 二人の反応を不思議そうに見ていた伊藤さんは、特に気に留める様子もなく美紀さんから花を受け取った。



「人に花を貰うなんて何年振りだ? まぁ頂くよありがと」


 伊藤さんはそのまま「ほんじゃ明日ね! 俺はもう寝るわ~」と自室に向う。



「お栄ちゃん! 一本頂戴! お願いっ!!」


「瑠依も瑠依も! 一本! お願い!」


 優理と瑠依ちゃんはお栄ちゃんに懇願し、ブーケから花を一本づつ分けて貰うと、急いで伊藤さんを追った。


 その様子を、唯ちゃんは楽しそうに眺めている。


 陽もとても楽しそうだ。


「賑やかで楽しいお屋敷なのですね」


 陽は同世代のこの子達と、上手くやっていけるだろうか。本当に皆、いい子達だ、きっと大丈夫だろう。


「俺達も休もうか」

「はい」


 俺はその前にと思って皆の方に向きなおる。


「みんな、サプライズほんとにびっくりした。ありがとね! これからも宜しくお願いします!」


 しっかりとお礼を言っておくことにした。


「これからもサプライズね! 了解」


 美紀さんがニヤっと笑う。


「え? そっちじゃなくてですよ?」

「あひゃひゃひゃひゃ。こちらこそ宜しくお願いします、奥方様も!」


 金田さんは笑いながら、俺達に向けて一礼してくれた。


「はい、おやすみなさいませ」


 陽の一礼に、ここに残った一同が同様にして応える。


 織田信長さんの美濃侵攻がいよいよに迫る中、この屋敷は新しい住人を迎え、一層の繁栄を予感させていた。

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