第59話 石島の身の丈
■1567年 7月下旬
飛騨国
大原村 石島屋敷
宴のあった日の翌日、伊藤さんは女の子達と一緒に一足先に大原に戻り、少し遅れて俺も、十五くんと三十名の新兵さんに守られながら大原に向った。
俺が大原に着いた時には、女の子達は揃って簡易キャンプへの移動が言い渡され、お栄ちゃんとお末ちゃんしか残っていなかった。
陽をお迎えに行く【嫁迎えの義】とやらを行う二名は、大原兄弟が請け負ってくれる事になった。
予定では、今日の朝には出発しただろう。
首を長くして待っている俺の所へ、もうだいぶ近くまで来ているという知らせが届いたばかりだ。
物思いにふけっていても仕方がないので、外に出てみようと思い門に向うと、門の外には花嫁を一目見ようと大勢の人が集まっていた。
(いや~、いよいよ実感が沸いてきたな)
温泉での出来事からここまで、僅か四日である。
手配した伊藤さんには頭が下がる。
まさかこの時代で結婚する事になるとは思わなかった。
相手が優理だったらもっと嬉しかったのかもしれないけど、今の俺の心の中は陽でいっぱいだ。
村と屋敷の中間地点では、三十名の新兵さん達が居住する小屋が立ち並び、その建設の為に郡上からやって来た大工さんや、その人たちを目当てにした商人さんまで集り、大原は今までにない賑わいを見せている。
「見えて来たぞ!」
「おお~~~」
門の外で歓声が上がった。
俺は四衛門さんに着せられた装束を身に纏い、輿に揺られてくるであろう陽を待っている。
祝言の取り仕切りは四衛門さんと、その奥様でお末ちゃんとお栄ちゃんのお母さんである「おきつ」さんが頑張ってくれていた。
俺は祝言を前にして、陽を迎えられる喜びとは別に、寂しさも感じている。
女の子達は皆、簡易キャンプで待機だ。
金田さんは織田信長さんとの最終調整のために尾張に向ってしまっている。
つーくんは姉小路さんの所へお礼を述べる事と、正式な援軍要請に向い、伊藤さんは「戦場の下見に行く」と言って郡上に向った。
一つ救いだったのは、この婚姻は石島の家にとって大変良い事だと言ってくれた事だ。
(伊藤さんがそう言ってくれなかったら、正直つらかったな)
「お下がりくだされ!」
門の外で綱義くんの声が響く。
「おお、花嫁様じゃ!」
「おお~」
今日は七月二十二日。
俺と陽の結婚記念日になるのだ。侍女に手を取られながら、陽が門をくぐってきた。
「洋太郎さま」
「ようこそ、陽」
白無垢を纏った陽はとても美しく、俺の胸は大いに高鳴った。
祝言と言っても、本当に質素な物だった。形式だけの三々九度を執り行い、多少の料理が出される。
伊藤さんが頼綱さんに言った「石島の身の丈」という言葉が、妙に突き刺さっていた。
(もっといい物を食べさせてあげられるように、頑張ろう!)
決意を固め、祝言の義を終え、おきつさんが用意してくれた床へ向かう。四衛門さんの計らいで、お栄ちゃんとお末ちゃんは今日は実家にお泊りだそうだ。
当然、俺と陽は熱い夜を過ごしたわけだが、祝言の義は次の日も続いた。
翌日の義は、村の人たちが次々と祝いの言葉を述べにやってくる。中には祝いの品を置いて行く人もいて、広間は物であふれかえってしまった。
今日の俺と陽の役目は、やって来る人達に笑顔で答える事だ。
陽もニコやかに村の人たちに応対してくれている。
(いい奥さんだな、うん)
夕方になると、意外な人からの祝いの品が届けられた。
「遠藤家臣、鷲見弥平治と申します」
(うわ、遠藤さんからお祝いきちゃった……気まずいなぁ)
遠藤さんからは米十表と、高価な刀が届けられた。
その日の夜、お栄ちゃんが戻ってきてくれて、俺達二人に手料理を出してくれた。
「明日からはわたくしもお手伝いさせてくださいね」
陽が優しくお栄ちゃんに微笑んでくれた。
「と、と、とんでもございません! 奥方様にそのような」
恐縮しているお栄ちゃんに、俺は声をかけた。
「お栄ちゃん、それが石島の身の丈なんだよ。陽にも何かさせてあげてほしい」
俺の言葉の意図を、お栄ちゃんはすぐに感じ取ってくれたようだ。にっこり微笑んで「では、明日の昼餉から一緒にお願いします」と元気よく答えてくれた。
(頭のいい子だ、伊藤さんに鍛えられたか?)
夕餉の後片付けが終わると、お栄ちゃんは今日も実家で泊まると言って帰ってしまった。
いつも賑やかだったこの屋敷に、俺と陽しかいない。昨日はすぐに床に入って熱い夜を過ごしてしまったので、あまり実感しなかったのだが、今日はなんだか無性に寂しく感じる。
「殿、お酒をお召になりますか?」
陽が笑顔で問いかけてくれた次の瞬間。
屋敷の入口のほうから大勢の人が駆けこんでくる音が響いた。
「?」
陽が驚いて俺に身を寄せてくる。
「下がって!」
俺は咄嗟に、遠藤さんから贈られた太刀を左手に持ち、いつでも刀身を抜けるように右手を構えた。
足音は声を上げる事無く、俺達が食事をしていた部屋を取り囲む。
(囲まれた……)
俺は陽を誘導するのうに、共に部屋の中央に移動して身構えた。
相手は何人いるだろうか、足音の数からして十人どころではない。
(まずいよ……)
俺は心の中で伊藤さんに助けを求めていた。
部屋を囲んだ足音は、その後静まり返っている。
陽は俺の着物を強く掴んだ。
「大丈夫」
俺が小声で陽を励ました次の瞬間。
『ご結婚、おめでとうございまーーす!』
声と同時に襖が一斉に開けられた。
「えええ?」
もうおしっこちびる寸前だった俺は、この状況が全く理解できないでいる。
俺は全方位を囲まれていた。
伊藤さん、金田さん、つーくん、美紀さん、優理、唯ちゃん、瑠依ちゃん。
綱義くんと綱忠くん、お栄ちゃんとお末ちゃん、四衛門さんおきつさん。
それだけじゃない、なんと頼綱さんの姿まである。
「ふふふふ、洋太郎さまは良いご家来をお持ちですね」
そう言って立ち上がった陽は、するするっと伊藤さんと頼綱さんの間に入ってこちらを振り返った。
「え? へ? なになに?」
完全にパニック状態の俺を余所に、瑠依ちゃんが掛け声をかけた。
「せーのっ」
未来から一緒に来た面々が投げつけたのは、白米だった。
「戦国風ライスシャワーだ! 思い知ったか! ぎゃはは」
つーくんが楽しそうに笑っている。
未来のシャワーの勢いよろしく、盛大に俺に米が投げつけられたようだ。
「よ~し、サプライズ成功だね♪」
優理が楽しそうに言いながら、天使のガッツポーズを決める。
「あ……うん、やられた」
さっきまですごい寂しかったせいもあって、俺は自分でも気づかないうちに泣いていた。
「あひゃひゃひゃひゃ、殿泣いてるじゃないっすか」
「くっそぉぉぉ、このためにわざわざ皆で屋敷を離れたんですか?」
俺は泣きながら訴えた。
「ギャハハ。違うよ違う、本当に用事はあったんだけどさ、どうせ屋敷を離れるならサプライズを用意しようって話になっただけ!」
伊藤さんだ、きっとこの人が首謀者に違いない。
「なんだよもう、陽も知ってたの?」
俺はもうボロボロ泣いて涙が止まらない。
「はい! さぷらいずというのは胸が高鳴りますね!」
陽は十七歳の女の子らしく、目をキラキラさせて元気よく頷いた。
「はっはっは、洋太郎殿、よき男泣きですな」
陽が俺の所に来て寄り添い「本当に良きご家来をお持ちです」と言って、その目から涙を流し、一緒に泣いてくれた。