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第57話 見栄の張り方

 色々な意味で熱い時間を過ごした俺は、そのまま陽を連れ、伊藤さんが借りている屋敷に戻った。一足先に十三くんから知らせを受けていた伊藤さんは、女の子達を出店へと向かわせると、俺と陽を屋敷に迎えてくれた。



 伊藤さんは俺達二人の前で床に両手を付く。


「今後は奥方様とお呼び出来るように、色々と致さねばなりませんな」


 そう言って陽を笑顔で迎え入れてくれた。




 そしてすぐに俺と陽を連れ、桜洞城に向った。


 桜洞の城では、既に華やかな宴の支度が整っていて、陽は女中さんに連れられて着替えに向かう。


「では洋太郎様、後程」

「ああ、また後で!」


 後先考えずに事に及んでしまったが、変な条件じゃなければ即断で飲んでしまえと言ったのは伊藤さんだ。


 きっとどうにかしてくれるだろう。


「殿、どんな顔で優理と唯に会うかは考えておいた方がいいですよ」


 真面目な顔でそんな事を言われた俺は、ここへきてようやく、心に焦りが出始めた。


 到着した広間は煌びやかな装飾に彩られ、そこには宴の御膳が並べられている。その上座、中央の上段に頼綱さんが鎮座していた。


「伊藤殿、来ると思うていたぞ」


 頼綱さんが満足そうに伊藤さん語りかけた。


 伊藤さんは頼綱さんの前まで進んで床に胡坐をかくと、両手を付いて口を開いた。


「此度の差配、誠にお見事で御座いました。然れど、かような真似は二度となさりませぬ様、お願いを申し上げます」


「ふふふ、気に食わぬか?」


 伊藤さんに言葉を返す頼綱さんの表情は、まさに切れ者な感じがした。横で突っ立っているのも違う気がしたので、俺は伊藤さんの隣に胡坐をかいた。


「如何にも、気に食わぬと申せばその事」


 伊藤さんは頭を上げ、正面から頼綱さんを見つめる。


(え? ええ? なんか険悪?)


「然様か。我が養女の決死の想いを踏みにじると申すか」


 二人の切れ者はその視線を激しく交差させ、言葉尻がきつい物に変わってきた。


(やばい? もしかしてやばい?)


 俺の鼓動が跳ね上がる。


「然にあらず」


 伊藤さんは一息ついてから言葉を続けた。


「若い二人を湯治場で遇わせるとは、何とも奇策。この伊藤、完全に出し抜かれました」


 そこまで言うと、ニヤリと笑う。


「ハッハッハ! そうか、伊藤殿を出し抜いたか!」


 頼綱さんは声を上げて満足そうに笑った。

 笑い終わるの待って伊藤さんが再び頭を下げる。


「誠、目出度き義なれど、当家は盛大なる宴を催せるほどの余裕が御座りませぬ」


「心配などいらぬ。故にこうして用意させてあるのだ」


 宴を用意してくれた頼綱さんに対し、伊藤さんは再び顔を上げると、その体からあの覇気のような物を放出させはじめた。


「如何にも当家は小身、なれど姉小路に臣従する身では御座いませぬ。若様のご養女を迎えるとは言え、桜洞の城にて祝言を上げるのは筋違いというもの」


 伊藤さんの言葉に、頼綱さんの眉がピクリと上がる。


「今宵の宴は我らへ対する歓迎の宴として有難く頂戴するとし、お陽様にはこのまま桜洞にご滞在頂きます。我らは明日、大原に戻り次第、即座にお迎えを寄こしましょう」


 そこまで言ってニヤリと笑い、更に言葉を続けた。


「祝言は大原にて質素に執り行います。それが石島の身の丈、そのような弱小石島にご養女を頂ける事、恐悦至極に存じます」


 再び、今度は更に深く頭を下げた。


 一瞬、俺に合図をしたように感じたので、俺も両手を付いて頭を下げる。


「したり! 流石は伊藤殿よ、してやられたわ」


 頼綱さんは悔しそうにしながらも、また楽しそうに笑う。


 ひとしきり笑うと、家来の方に「今宵は歓迎の宴といたす、そのように差配しなおせ!」と申しつけた。


 家来の方は少々困ったような顔をしたが、伊藤さんが「ご苦労をおかけします」と笑顔で語りかけると、苦笑しながら頷いてくれた。


 頼綱さんは家来の方が去るのを待って、俺に向きなおった。


「洋太郎殿、陽は養女ではあるが俺の妹のような物だ」


 そう言って立ち上がると、俺の目の前まで来て座りなおした。


「これからは兄と思うてくだされ、陽をお頼み致しますぞ、洋太郎殿!」


 俺の手を取ってニッコリと笑ってくれた。


「は、は、はい!」


 俺はどうしたらいいのかわからない。


「ふ、不束者では御座いますが宜しくお願い致します!」


「不束者って……ギャハハハ」

「ハッハッハ、洋太郎殿は面白きお人よ。良き婿である!」


 伊藤さんの爆笑と頼綱さんの笑い声が響く広間で、俺は自分の置かれた状況を理解する事が出来ないでいた。


 その後、俺と伊藤さんと頼綱さんの三人で酒を酌み交わしながら、今後の織田家との関係性について話をしていたのだが、俺はまったく集中できないでいる。


(俺……結婚したのか? いや、これからするのか?)


 広間では忙しそうに女中さん達が動き回り、白を基調としたおめでたい雰囲気の装飾を取り外しながら、質素な物に取り換えていく。


(貰ってくださいと言われた陽を抱いちゃったし、違うとは言えないしなぁ)


 走馬灯のように、優理や唯ちゃんの顔が想い浮かんでくる。


(若気の至りでしたゴメンなさい! なんて言い訳無理だよなぁ)


 実際、陽とは初対面だったし、いきなりそんな行為に及んだ俺が悪いと言えばその通りなのだが。


(優理も唯ちゃんも捨てがたいけど、陽もけっこう美人だし、なにより巨乳だしな)


 湯治場の一角での陽を思い出す。あの様子、どうも初体験では無さそうだが、経験が多そうでもなかった。


 清楚な美人を連想させる陽の容姿からはかけ離れた、甘美に乱れる姿は思い出すだけで興奮してしまう。



 宴が本格的に始まると、踊りだす人が出てきたりするほど賑やかだった。そんな賑やかな宴の中、俺の隣に座る陽は、終始笑顔で俺に酒を勧めたり、食事を勧めたりしてくれている。



(苦労が多かったんだろうな)


 とても細やかな気配りの出来るいい子だ。


(幸せにしてあげないと駄目だよな)


 美味しい料理を堪能しんながら、俺は新たな想いを抱き始めていた。



「いやいや、今宵は実に愉快である」


 頼綱さんは本当に楽しそうにしている。


「洋太郎殿が俺を兄と思うてくれるのであれば、俺は伊藤殿を兄と呼ぼう!」


 酔っぱらっているせいもあるだろうが、本気で伊藤さんに心酔しているようだ。



(伊藤さんはやっぱりすごいな)



「兄と御呼びになるのは遠慮頂きたい。若様が弟では、我が主まで弟になってしまいます」


 伊藤さんと頼綱さんの周りには、頼綱さんの家臣さんが集まっていて、二人の会話にドっと笑が上がる。



 料理も無くなってくる頃、伊藤さんが頼綱さんに何か挨拶をしているのが目に入った。頼綱さんは名残惜しそうに伊藤さんの手を取って挨拶を返している。



「洋太郎さま? 今宵はお泊りになられますか?」


 陽の顔は「泊まってほしい」と書いてあるよな表情だ。返答に困っていると、伊藤さんが俺の所へやって来た。


「殿、今宵は桜洞にお泊りください、明日の仕度は某にお任せあれ」


 俺はもうだいぶ、酔っぱらっている。


「はい、お任せします!」


 なんの仕度かサッパリだったが、とりあえずお願いする事にした。



「では、お陽殿、宜しくお願い致します」


 伊藤さんは笑顔で陽に声をかけると、陽も笑顔を返した。


 その陽の目に、少し涙が浮かんでいるように見えたので、俺は真面目に嫉妬した。



「伊藤さん? 陽にまでちょっかい出さないでくださいね?」


「まぁ洋太郎様? 妬いておられるですか?」


 陽はなんだか嬉しそうな顔をしている。伊藤さんもニヤリと笑うと「心配いりませんよ」と言いながら立ち上がる。


「それでは明日お迎えに上がりますので、今宵はごゆるりと」


 背を向けた伊藤さんを、陽は軽く頭を下げて見送った。



「なーんか二人、前から知り合いな感じじゃない?」


 少しふてくされた俺の質問に、陽は笑顔でさらっと答える。


「ええ、毎朝ここへいらしてますから」

「あー、そりゃそうか」


 宴が終わると、俺の為に用意された部屋へ案内された。その部屋には畳が敷いてあり、板の間しかない大原の屋敷とは格が違う感じだ。


 温泉で陽を抱き、その後もまた湯に漬かり、そのままの流れで宴を楽しみ、今日はとんでもなく充実した一日だった。



「失礼致します」


 知らない女性の声がした。


「はい! ど、どうぞ」


 俺はちょっとびっくりして声が上ずった。


 襖が静かに開くと、廊下に傅いて蝋燭を持っている女の子がいて、その横から白く薄い和装を纏った陽が姿を見せる。


「下がってよい」


 陽の言葉に、蝋燭を持った女の子は無言で頭を下げ、足早に去って行った。


「陽……」


 蝋燭の灯りしかない薄暗い部屋で、陽はとても美しく。


「洋太郎様」


 酒で火照った俺の体は、どうしようもなく陽を求めた。

 充実した一日は、まだもう少しの充実感を増す事になる。

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