表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/124

第5話 恩人

 説明を聞いた結果、さっき伊藤さんと中村さんがしてくれた説明がほぼ全てだった。という事実を知るだけだった。


 全員がテーブルを囲んで座っている。


 俺の言葉を待っているのだろう。待たれても困る、そもそも納得するつもりなんて無い。


(分からん、やっぱ帰ろう)


 面倒な事は嫌なのだ。そもそも生きるのが面倒で飛び降りようか迷っていたのだ。ちょっとアクシデントがあったとは言え、実際落ちるとこまでいったのに、今こうしてここに座っている。


「佐川さん、悪いけど俺帰るわ」


 やろうとしている事は命がけらしい。別に死にたくないってわけでもないけど、命がけで何かに取り組むとか面倒すぎる。


「困りました。途中棄権はさっきの広間でしか認められていませんので……」


 俺は立ち上がり、テーブルに思いきり手を付いついた。


「そんな事、そっちの都合だろ! 説明もなしに連れて来ておいて、今更それはねーよ!」


 もう全部が嫌だった。


 帰ったところで何も変わらないだろうが、自分の理解が及ばない状況に、だだひたすら我慢がならなかった。


 困り果てた白パンツを見かねてなのか、俺がテーブルに勢いよく手をついたのが気に入らなかったのか、伊藤さんが怖いオーラを発して口を開いた。


「石島洋太郎くん、君さ、落ちて死ぬところだったんだろ?」

「え?」


 戸惑う俺に、更に言葉を続ける。


「死んだと思ってやってみなよ。優理ちゃんは命の恩人なんだからさ、困らせたら駄目だよ」

「そう……ですかね」


 伊藤さんはゆっくりと頷いて、俺の肩に手を置いた。


「戻りたい理由があるなら、俺も優理ちゃんの説得に力を貸す。けどさ、ここが嫌だとか、これからの事が嫌だとか、その程度の理由だったら、俺は君を全力で説得するね」


 少し痛いくらいに肩を掴むと、そのままぽんぽんと叩いて笑顔を見せた。


「なっ? 戻りたい理由なんて無いんだろ? やってみようぜ」


 確かに戻りたい理由は無い。

 むしろ、あの日常から逃げ出したかったのは事実だ。


 ここを非日常として楽しんでしまえるのであれば、それはそれでありかもしれない。そんな風に思い始めている自分がいた。


「そう……ですよね。分かりました、やってみます」


 俺のその言葉に、白パンツは心底ホッとしたような表情を見せた。


 一夜明け、俺達は選考会に向けた講義を受けている。


 伊藤さんに見事に言い包められ、流れのままにちゃっかり選考会とやらの準備に参加している。


 我ながら、情けない程に流されやすい性格である。


 最初の講義は、当時の文化や習慣についてだ。

 これから二日間、当時の政治の事や謀略についてや、武芸のお稽古まで目白押しとなる。


 『人は生まれながらにして知ることを欲する』なんてよく言ったものだ。新しい知識は勇気をくれる。



 その日の夕食後、会話の中心は珍しく金田さんだった。実は金田さん、自称ではあるが戦国時代マニアらしく、誰が何処でどうなったとか、色々と話してくれていた。


 俺は登場人物の名前さえほとんど分からない状況で、中村さんはメモまで取りながら聞いている。伊藤さんは、キッチンで煙草を楽しんでいるようだ。


 戦国時代の話に興味がないのだろうか。


 金田さんの話は、織田信長の生涯についてに移っていた。


 どうやら戦国時代に行くことになりそうなので、聞いておいて損はないはずである。が、それにしても難しい。

 俺の隣で聞いていた白パンツは「へー」とか「え、すごい!」とかいちいち反応していた。


 二時間くらい話し通した金田さんがシャワーを浴びに自室へ戻ると、伊藤さんが入れ替わるようにリビングに現れた。いつの間にか自室に入っていたようだ。


 普段のスーツ姿ではなく、一応用意されていた寝間着っぽい緩めの服に着替え、並んで座っている俺と白パンツに声をかけた。


「昨日も思ったんだけどさ、ココのシャワーすげえよね」


 子供の様に目をキラキラさせ、両手で状況を再現する。


「両側からこうさ、びゅわ~! ってさ」


 どうやら本気でシャワーに感動している様子だった。


(いい大人だろうっ! 子供かっ!)


 心の中で突っ込んでみたが、その気持ちは分からなくもない。確かにシャワーがすごい。ここが未来だと信じさせてくれる数少ないアイテムの一つに、間違いなくシャワーを上げる事ができる。


「なんですか『びゅわ~』って、アハハハッ」


 伊藤さんのコミカルな動作に、白パンツはたまらず笑い転げた。ちょっと悔しかったけど、とても楽しそうな天使の笑顔にドキドキしてしまう。


「それにしてもさ、ベッドルーム何にもなくて暇だよね」


 湯上り伊藤さんは、言いながらキッチンの方へ向かうと、備え付けの戸棚をゴソゴソと物色し始めた。


「おっ」


 何かを手に取ると今度はリビングの中央へ移動し、そのままソファーに寝ころぶ。その手の中でカチカチと音を立てていたのは、暇つぶし用に置かれているルービックキューブだった。


「こんなん出来るヤツの気がしれん」


 楽しそうに言いながら、小さな四角系の物体と戯れている。


 そんな伊藤さんを眺めている白パンツの瞳は、これぞ正しく熱い視線ってヤツで、妙に色っぽく見えた。別にヤキモチを焼くような間柄ではないのだが、どことなく胸がチクっとした。


 興味をこちらに引き戻そうと、会話を作る努力をしてみる。


「佐川さん結構ちゃんと聞いてたよね、金田先生の話」


 白パンツは視線を俺に移すと、優しい笑顔で答えてくれた。


「ん? 一応は勉強してあるしね、知らないエピソードとか聞けて面白かったよ?」


 そういって右手でピースサインを作って微笑んだ。


(や、やっぱ可愛いな……)


 天使のピースサインに心を奪われながら、どうにか平常心を保ち会話を続ける。


「それ、金田さんに言ったら泣いて喜ぶよきっと」


 そこそこいい感じに、軽い笑いが漏れる会話を始める事ができた。


「えー、やだなー。泣かれたらちょっとメンドクサイから言わないでおこーっと」


(コイツ……)


 自分がかなり可愛いと自覚しているんじゃないだろうか。


 ころころと変わる表情はどれも魅力的で、見せ方を知っているのではないかと疑いたくなる。

 男を口説く訓練でもしてあるのかと思えるほどに、俺の心は容赦なく引きずり込まれっぱなしである。男を惑わすの魔性か、それともとびっきり上等な美女か。


 心にグサっと刺さるような、そんな魅力を放出しておきながら。不思議なことに、わざとらしさは微塵も感じない。

 実際、白パンツの視線や行動は隙だらけで、とても訓練を受けているようには思えない。


 今も、そう。


 たった二言の俺との会話を終えると、視線は再びあのソファーに釘付けになっている。


(分かりやすいなぁ)


 悔しいけど、伊藤さんと張り合っても勝てる気がしないのは事実。若さとイケメンっぷりじゃ負けてないと思うけど、人として、大人の男として、総合的には勝てない自信がある。


「伊藤さんは十五名の候補に残りそうだよね」


 ちょっと小声で話しかけてみる。


「うん……残るよ、絶対」


 白パンツもちょっと小声で返事を返してくれた。


 ただし、ソファーでルービックキューブと格闘する伊藤さんを見つめたまま、こちらを向かずに頷いていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ