第55話 がっでむ!
温泉に入りに行く皆を尻目に、俺はお栄ちゃんが用意してくれた布団に入ると、のび太君並の速度で寝の国へ向かう。
歩きすぎて限界だったのだろう、グッスリ寝過ぎて夢さえ見なかった。
翌朝、女の子達はそれはもう朝からよくしゃべった。昨日の夜に行った温泉の興奮が冷めやらないらしい。
女を三つ書いて【姦しい】と書く漢字がある。
どんな意味なのか気になって調べた事があるのだが、どうやら「うるさい」とか「やかましい」に該当するらしい。
(良く出来た漢字だ)
女の子が六人いるので【ダブル姦しい】だ。
最初は温泉の話題だったのだが、途中からあらぬ方向へ進み出す。ついにたどり着いた話題が、俺に雷を落とす事になった。
まさに激震である。
俺は昨日の夜、寝たしまった事を死ぬほど後悔した。
いや、死んでも後悔しきれないだろう。
実は、なんと、この時代は混浴だというではないか。
(なんてこった! おーまいがっ!)
話を聞いていると、電気もない小屋の中にお風呂があり、湯気で靄っているので夜は殆ど見えないらしいのだが。
「やっぱり肩がよかったです、胸筋も捨てがたいんですけど」
唯ちゃんが聞くに堪えない会話を始めてしまった。
「え~? 唯ちゃんそれはフェチだよフェチ! 王道は腹筋と上腕二頭筋だって!」
話題になっているのは、伊藤さんの肢体に関する事だ。
「え~、瑠依はそうゆうのよく分からないですけど」
瑠依ちゃんは少し間を置いてニヤっと笑う。
「背中、触っちゃいました! キャー♪」
(がっでむ!……俺よ、どうして、何故、なんで寝たのだ!)
「背中触ったって、私と優理はそれ以上の関係になってるよ?」
「ブッッ」
俺は飲んでいたお茶を吹き出してしまった。
「アハハハ。冗談だって、美紀ねぇそれは言い過ぎ」
優理は笑いながら俺が粗相した所に手ぬぐいを持って来てくれた。
「そぉ? どっちかって言うと優理の方がペタペタ触ってたよ? 包帯巻いてあげてるとき」
「ん~、まぁそうだけど、関係って言い過ぎじゃないかな?」
優理は手ぬぐいで床を拭きながら、瑠依ちゃんの方を見てニヤリと笑うと。
「でも悪いけど、瑠依ちゃんよりはよーく知ってるよ? 伊藤さんの……か・ら・だ」
伊藤さんは大原兄弟を連れ、姉小路さんの所へ行っている。石島の屋敷でも、もしかすると女の子だけになるとこうゆう雰囲気なのだろうか。それとも、温泉に来てテンションが上がっているだけなのだろうか。
(下呂温泉 ガールズトークが 止まらない)
俺はサラリーマン川柳ならぬ、お殿様川柳で心を鎮めながら伊藤さんの帰りを待った。
伊藤さんが戻ると、浮ついたガールズトークはピタリと止んだ。
(あの~、俺も一応は男なんですけど……)
何故か十五くんしか戻ってきておらず、十三くんがいない。
「殿、若様がお会いしたいとの事ですので、湯殿へ行ってください。十三が待っていますので」
そうだ、ガールズトークを聞くためではない、俺はこのために来たのだ。
お栄ちゃんとお末ちゃんが身支度をしてくれている間、俺は伊藤さんから最終レクチャーを受けた。
もう既に信頼関係の構築が終わっているので、素直に話をしてくればいいらしい。恐らく、生い立ちの話になるだろうから、伊藤さんや金田さんに連れられて流浪していたとすればいいだろう。
俺自身が姉小路頼綱さんの目に「いい人」に映れば100点満点だそうだ。
これは非公式の会見となる。
家と家との格式がある会見となる場合、石島家は姉小路家に対して頭を下げなければいけない立場だ。しかし場所が温泉で、お互いに裸であればその必要は無い。
忌憚なく話がしたいと、頼綱さんの心遣いなのだとか。
公式の会見は伊藤さんがやってくれていて、その成果は上々だ。聞いて驚いたのだが、まだ訓練中の新兵とはいえ、三十騎を貰い受ける話にまでなっていると言う。
ただ、その条件が俺に直接、温泉で伝えられるそうだ。
伊藤さん曰く「誰かの命に係わる話じゃなければ即決して大丈夫」との事だ。ある程度の事は伊藤さんが想定していて、きっと柔軟に対応してくれるだろうと思う。
要するに、人質を寄こせとか、そんな話は断れって事だ。
そしてこれが俺のデビュー戦になる。
俺は十五くんに案内されて、指定の温泉に向った。
途中、あっちかお城でそっちが兵錬場でと、十五くんが色々と説明してくれたが、初めて来た場所を説明だけで把握できるほど俺の頭は優れていない。ましてやデビュー戦を控えて緊張しっぱなしだった。
「この上で御座います」
屋敷からは歩いて五分も経っていないだろう。
温泉からすぐ近くの好立地のお屋敷を借りている事になる。温泉の入口に着くと、十三くんが出迎えてくれた。
「既にご到着されておられます」
俺はその知らせに焦ってしまった。
こちらが待っている予定が、相手を待たせてしまっているかもしれないのだ。
「急ごう」
後ろに続くお栄ちゃん、お末ちゃん、十五くんに目配せすると、俺は急いで中に入った。