第52話 無礼討ちじゃ!
女の子たちが炊事場で夕餉の仕度を始めてくれている。
つーくんが戻った事で、美紀さんの心配事も一つ減った。美紀さんの言う通り、あとは伊藤さんからの知らせを待つだけとなったのだ。
「ですね。じゃ、金田さん、行きますか」
「ハッ!」
俺の声掛けに、金田さんはわざとらしく手をついて返事をした。
「もう、やめて下さいって」
俺は苦笑しながら席を立つ。
「あれれ? どっかいくの?」
つーくんが不思議そうな顔をしている。
俺と金田さん、それから美紀さんの三人で、今日決めた事がある。
金田さんが説明してくれた。
「ここの領主になったわけだし? 一日一回くらいはちゃんと見回りしないとね!」
「そゆこと」
俺の相槌を合図にするかのように、金田さんも席を立つ。
釣られるようにつーくんも席を立つ。
「なるほど!」
そう言うと走って広間を出た。しばらくして戻ってくると、その右手にはあの重い槍を握っている。
「行こう! 俺もついて行く」
こうして、何もない日の見回りは俺達の日課になっていった。
その日から、雨が降っても欠かさずに見回りを行った。
特に事件なんてなかったけど、村の人達は俺達の姿を見ると遠くからでも手を振ってくれたり、いつも歓迎してくれた。
伊藤さんが出発して今日で十日目になる。
昨日あたりから瑠依ちゃんがブーブー言い始めた。なかなか知らせが来ないので、優理も心配な様子だ。
俺達の見回り中の話題は、女の子達の話題が多い。普段は皆一緒にいるので、男だけになる機会としてこの見回りタイムは貴重な時間だ。
今日の話題は、お栄ちゃんとお末ちゃんだった。
金田さんは尾張に行っていたので、四衛門さんと伊藤さんの細かいやり取りをつい先日まで知らないでいた。
お末ちゃんが何故に石島家の屋敷で働いているのかを、十三さんと十五さんとお栄ちゃんが何故に伊藤さんに付き添っているのかを、詳しくしらなかったのだ。
「お栄ちゃんとお末ちゃんって、南端の家の奥さんの妹さんでしょ?」
南端の家とは、四衛門さんの御嬢さんが嫁いだお家だ。今年で二一歳になる若奥様だが、奥様と言っても農家なのでセレブ感は皆無である。
金田さんの言う南端の家がどの家を指すのか、つーくんはすぐに理解したらしい。
「そうなんですよね、あの二人も絶対ちょー美人になりますよね? 俺めっちゃタイプですもん、作太郎さんちの奥さん」
作太郎さんとは、南端の家のご主人だ。
「あ~、作太郎さんの奥さんか、確かに美人だよね! へ~、つーくんのタイプはあんな感じなんだ」
「わからなくもねぇな。いい女だ、あひゃひゃ」
「つーくん、お末ちゃんをお嫁にもらったらいいんじゃない?」
俺は伊藤さんに言われた事をそのままつーくんに突き付けてみた。
「ん~、最低でもあと五年は待たないと駄目でしょ」
半分くらい冗談だったのだが、割と真面目な返答が来てしまった。
その様子に金田さんがニヤニヤしながら。
「お栄ちゃんはもう駄目そうだよね、伊藤先輩の虜になって帰ってきそうだよな」
温泉で十日以上を一緒に過ごした男女が、どんな関係になるかなんて想像したら恐ろしい。なんせお栄ちゃんはまだ十三歳、数え年らしいので、俺達の時代の計算で言うならまだ十二歳だ。
「兄貴が二人も付いてるからな、そうそう手はだせねぇか」
金田さんはどうもロリコンなのだろうか。
「いや~、わかんないですよ? 兄貴達が進めるかもしれないじゃないですか、妹が伊藤さんの側に仕える事になったら安泰かもしれないじゃないですし」
つーくんがちょっと怖い事を言う。別にそれがいけない事ってわけでもないけど、なんかちょっと否定したくなった。
「んー、でも伊藤さんが拒むんじゃない? だって瑠依ちゃんを断ったり、あんだけベタ惚れな優理にさえ手出してないぽいじゃん」
(手出されてたら困るんだけど)
自分て言っておきながら、想像したらちょっと落ち込んだ。
「え? 石島ちゃん知らないの? まぢで?」
ワンテンポ遅れて金田さんが驚いてみせた。
「知らないって、何をですか?」
なんだか胸騒ぎがする。
「あれ? よーくん本気で知らないの?」
(嘘だ、やめてくれ)
「ま、今のは忘れてくれ!」
そう言って金田さんが急に早足になった。
「待たれよ! 金田殿! お待ちを!」
武士語になったつーくんも足早に金田さんを追いかけ始める。
「ちょっとおお! 気になって夜しか寝れなくなるじゃないか!」
俺は冗談で誤魔化しながら後を追ったが、内心は心臓がバクバクだ。
俺が追いかけると、金田さんに追いついたつーくん、そして金田さんが同時にこっちを振り返る。
「なんてな! うっそぴょ~ん! あひゃひゃひゃひゃ」
「本気で焦ってるし、心配ないって! ギャハハハ」
(カッチーン)
完全にからかわれた。
「おのれ等! 無礼であろう! 覚悟致せ!」
俺は槍を抱えて二人を追う。
「ひえ~、殿! お許しを~ギャハハハ」
「無礼討ちされる! あひゃひゃひゃ」
(こんな平和な村で、あんな事件が起きるなんて、この時は誰も想像していなかった)
なんて言いたくなるシーンだが、本当に何も起きない平和な村だ。
(伊藤さん、まだかなぁ)
俺は二人を追いかけながら、伊藤さんの帰りを心待ちにしていた。