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第48話 人を雇う

 伊藤さんは優しい声音で言葉を続けた。


「全員さ、うちで雇ってもいいと思ってるんだよね」


 そう言う伊藤さんの左手に持たれた御猪口に酒を注ぐ。


 月明かりに照らされた木々が揺れる。


 屋敷の場所は簡易キャンプよりもだいぶ低いからだろうか、簡易キャンプよりもいくらか温かい。むしろ、少し生熱い、湿度が高くてあまり気持ちのいい陽気とは言えない。


 返事をしない俺に、伊藤さんは言葉を続けた。


「だからさ、殿がお末ちゃんを側に置くならそれでもいいし、置かないなら別にそれでもいい。ただ四人全員をうちで雇うのに関しては同意してもらいたいんだよね」


 伊藤さんがそう言うのであれば、反対する理由など一つもない。


「反対なんてしませんよ。ただ、十歳の子を俺の妾にしようとか考えないでくださいね?」


「悪い悪い、そんじゃ決まりね」


 伊藤さんは御猪口を一口で空ける。


「温泉には十三くんと十五くん、それからお栄ちゃんを連れていく。お末ちゃんはしばらく面倒見ててあげて」


 この決定にも特に異存はない。


 十三さんも十五さんも、実はけっこう腕が立つ。


 村を自衛するため、村の若者に声をかけては武芸の稽古を独自にやっているのだ。伊藤さんの護衛を頼むとしたら、今の村ではこの兄弟以上の存在はいない。


 そして男が三人で、しかも敵国になるかもしれない相手の膝元に数日間滞在するのだ。

 お世話係が当然必要になるだろうが、お栄ちゃんはあのしっかりしたお末ちゃんのお姉さんだ。年齢も三個上なら十さん歳。お末ちゃん以上のしっかり者であれば、安心して任せられる。


「分かりました、ひとまず屋敷で働いてもらいましょう」


 俺はそう返答し、伊藤さんの御猪口に酒を注いだ。


「殿。十三くんと十五くん、いい目をしてるからさ、きっといい武将になるよ」


 言いながら俺の御猪口に酒を注いでくれる。


「『殿』ってなんか照れますね、特に伊藤さんから言われると変な感じです」


 伊藤さんの言う通り、あの二人はきっといい武将になる。


(なんとなく、直感てやつかな)


 そして、あの二人は俺達にとって、俺達の石島家にとって最初の家臣になるのだ。


「そろそろ金田くんも戻ってくるだろうし、そしたら俺はしばらく離れちゃうからさ、今までのおさらい、話しとくね」


 伊藤さんは改まって、今まで考えてきた事、何処までを考え、どう判断してここまでに至ったのかを話してくれた。


 正直、その話は俺の脳みその次元を遥かに超え、聞きながら驚くばかりだった。


 伊藤さんの予測では、転送にはある一定のルールがあるはずとの事。


 サポートの子達が持っていた端末一台で同時に転送できる人数は二名まで。


 確かに、一番初めに優理に会った時、俺は優理と同時にあの施設に転送されたようだったし、他の候補者も担当サポートと同時転送であの施設に飛んだそうだ。


 次に、転送に使われる方式。タイムズトンネルはその名の通り、トンネルなので同時に大人数でも通れる可能性がある事。


 最初にあの施設に行くときはトンネルだったので、候補者と担当サポートは同時に転送できたんだろう。逆に、この時代に来る時に使っていたタイムズゲートは、制限があって一名づつしか転送できない可能性が高い。


 確かに、この時代に来る時は一名づつの転送ですごく時間がかかった気がする。


 何かのトラブルで沢山の人が一斉に戻った時は、ゲートが肥大しているとか言っていたので、トンネルに近い状況だったのではないかとの事だ。



 そして、伊藤さんが戻らないと言った理由。

 理論上可能でありながら、実現した事が無いという同じ時代への再接続について。


 そもそも再接続が同じポイントに出来ないって話ではなく、過去に繋がるポイントその物がほぼランダムな可能性が高いと思っているそうだ。


 実際、候補者はあの施設に連れて行かれる前段階では、歴史の変革に挑むという説明は受けていたが、どの時代に飛ぶかは知らされていなかったし、質問をしてもその点については回答が得られなかったらしい。


 候補者を集めている段階では、まだ接続がされておらず、接続がされてみない事にはどの時代かさえもわかったのではないか。接続し、先行スタッフが接続先の調査をして、初めてどの時代のどの場所なのかが判明するのではないか。


 伊藤さんはこのような判断の元、元の時代に戻らないと決めたらしい。あの時、一度戻ってもり、そこから一度ゲームチェンジャーに挑戦したとしても、全然違う時代で挑戦する事になる可能性が高いと思ったそうだ。


 誰かをこの時代に置き去りにし、全然違う時代でゲームチェンジャーに挑戦する事に意欲が沸かなかった事と、二度と来れないこの魅力的な時代を生きてみたいという欲求が、残る決断を後押ししたと言う。



 そして、端末の定員、トンネルとゲートの違い、その場の人数、美紀さんの性格、美紀さんと明日香ちゃんのやり取り、明日香ちゃんの行動、それらを総合的に判断して【美紀さんが残る決断】をしたと確信したらしい。


 金田さんとつーくんも、端末の定員とその場の人数については理解していたようで、伊藤さんの合図に覚悟を決めてくれたそうだ。


 俺の頭の中とは次元の違う話の終盤、伊藤さんはしきりに明日香ちゃんを褒めていた。



「大親友を置き去りにして、あの場の雰囲気を【戻る】ほうへ傾ける役割……かなり辛かったと思うよ」


 そう言って、伊藤さんにしては珍しく、目に涙を浮かべるほどだった。



 確かにそうだ、明日香ちゃんがあんな風に戻っていなかったら、美紀さんを置いて帰るという事実をサポートの子達はすんなり受け入れなかったかもしれない。


 そしてあの勇気ある行動が、伊藤さんを突き動かし。伊藤さんに触発されて金田さんとつーくんが動いた。結果的に、戻れる人数は定員いっぱいまで戻れる方向になったんだ。


 にも関わらず、現実の裏にあったそれぞれの覚悟を、二人のバカは蹴ってしまった。伊藤さんへの想いからココに残った優理。優理への想いからココに残った俺。


 結局、俺達二人は更に唯ちゃんと瑠依ちゃんを巻き込み、伊藤さん達のお荷物になってしまっている。


(明日香ちゃんの覚悟まで踏みにじっちゃってたんだな……)


 俺は今更ながら激しく反省した。

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