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第46話 石島の家

■1567年 6月下旬

 飛騨国

 大原村 石島屋敷


 金田さんが出発したその日から、俺達は石島のお屋敷で大掃除に精を出している。



 金田さんに遅れる事三日、今度はつーくんが飛騨の一番偉い人、姉小路さんの所に使者として出発していった。二人の事はとても心配ではあったが、伊藤さんと入念な打ち合わせがあったと言うから、信頼して待つしかない。



 屋敷のほうは、村の人たちが大勢手伝いに来てくれたお蔭で、五日目にはボロボロだった屋敷は改修作業がほぼ終わり、見違える程に綺麗になった。



 屋敷の裏手はすぐに斜面になっており、木々に覆われた山腹が迫ってくる。深い緑に包まれて沢山の木陰が出来ており、一汗かいた後に休む場所はいくらでもあった。


 この現場は今、石島家の当主として俺が仕切っていて、さっき昼の休憩を全員に伝え終わった所だ。



 村の女性達を取り仕切り、炊事場で大量の赤米を炊いて握り飯を大量生産してくれた美紀さんは、そこかしこに腰かけて休んでいる男連中に配り始めている。



「殿さま~」


 後方から小さな女の子が声をかけてきた。


「あ、はい! どうしましたか?」


 俺は腰を落とし、その子と目線を合わせて返事を返す。正直なところ、まだ「殿」と呼ばれる事には慣れていない。


「十五の兄様を見かけませんでしたか? てて様が探しておるのです」


 この子が言う『十五の兄様』とは、この村で一番裕福な農家の十五男で、その名もズバリな十五(じゅうご)だ。十五男とはまた随分と子沢山なお家だが、当然ながらお母様はお一人ではない。


 そして『てて様』というのは、この子のお父さんで、その裕福な農家のご当主にあたる人。お名前は四衛門というお爺さんだ。


 この子はその家の末っ子でお(すえ)ちゃん。十歳になる可愛らしい女の子だ。


「おすえちゃん、さっき(かわや)のほうで十三のお兄さんと一緒にお仕事をしていたよ」


 十五男がいるのだから、当然その前もいる。


 しかし残念な事に、長男から十一男までは戦や病気で既にお亡くなりになっており、一家の大黒柱は十二男の十二(じゅうに)さんだ。


 その十二さんは畑仕事が優先なので、十三さんと十五さんが力仕事のお手伝いに来てくれている。十四さんは生まれつき両目が見えなかった為、お寺に入っているそうだ。


「有難うございます!」


 おすえちゃんはペコっと頭を下げると、厠のほうへ向かった。


(十歳ってあんなにしっかりしてる物なのかな)


 俺は、自分や弟や妹が十歳だった頃を振り返ってみる。

 だが、ランドセルを背負った自分達の姿と、今のお末ちゃんの後ろ姿はどうにも比較しようがない。


(超大家族だからかなぁ)


 昼休憩が終わろうとしている時、つーくんが戻ってきたと知らされた。俺は急いで屋敷の奥、俺達の居室が並ぶ廊下の手前にある広間へ向かった。


 広間には瑠依ちゃん、優理、美紀さん、つーくんが座っており、俺は入るなり少し大きな声で「お帰り!」とつーくんの帰還を歓迎した。


「只今戻りました!」


 つーくんは胡坐をかいたまま、両の拳を床につけて俺に対して頭を下げる。


「まったく、やめてよもう」


 俺は笑いながらつーくんの目の前に胡坐をかく。


「だって、殿だもの! 失礼のないようにしないとね、それに普段からやっておかないとさ? いざって時にボロが出ても困るし」


 つーくんがニコニコしながら言うと、美紀さんも同意するように頷いて口を開いた。


「そうですよ、なるべく武士語も使わないと♪」


 そんな事を言う美紀さんは、なんだかとても妖艶な雰囲気だ。女の子は全員、この時代の服に着替えて生活している。金田さんが郡上で買って送ってくれた物や、この村で調達した物しかないので、然程高価な着物ではない。


 薄い生地で作られた質素な和装は、美紀さんの大人の色気を増幅させている。その他の三人は、どう見ても夏祭りに出かけた浴衣の女の子にしか見えない。


 ただ、瑠依ちゃんと優理は活発に動き回るので、肌蹴た着物から飛び出す生足、特に太ももには目が釘付けになる。


「お、剛左衛門! おかえり!」


 伊藤さんが広間に到着した。


 相変わらず右手は首からぶら下がっているが、左手の傷はほぼ完治した様子だ。


 伊藤さんの着座を待って、つーくんから報告があった。


 名目上、飛騨のトップである姉小路さんとの交渉、第一段階は見事にクリア。


 伊藤さんの狙い通り、飛騨守護姉小路さんのご当主良頼(よしよさんではなく、ご嫡男の頼綱さんが全権を持って交渉相手になってくれる事が決まったそうだ。


 成功の要因があの山賊達だった事には、伊藤さんを含めて全員が驚いた。つーくんは伊藤さんに向きなおって報告を締めくくる。


「頼綱様から、伊藤さんに『お待ちしております』と伝えてくれと言われて来ました。本当に行くんですか?」


 伊藤さんは大きく頷いた。


「そりゃ行くさ、金田くんが戻ったらね」


 伊藤さんの返事につーくんも大きく頷くと、「じゃ、俺はもうひとっ走りしてきますね」と言いながらすっと立ち上がる。


 ちょうどそのタイミングで唯ちゃんが広間に入って来た。


「須藤さん、準備出来ました」


 唯ちゃんはつーくんの為の準備をしてきたのだ。


「戻ってきて早々で申し訳ない」


 伊藤さんがつーくんに謝罪しているのは、周辺の諸勢力との交渉スケジュールが突然過密日程になった事に対する物だ。とはいえ、別に伊藤さんが悪いわけではない。


 気候が春っぽかったので、俺達は勝手に春だと思い込んでいた。ところが、簡易キャンプが山の上なのと、そもそもこの時代はプチ氷河期に該当しており、全体的に気温が低い事を計算に入れてなかったのだ。


 事実、もう六月の下旬である。織田信長の稲葉山城攻略まで二ヶ月を切っているのだ。

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