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第45話 対姉小路交渉 須藤の機転

◆◇◆◇◆


◇1567年6月

 飛騨国

 桜洞城 姉小路家


「なるほど。して須藤とやら。ご主君はいったいどんな手を使って、それほど明確に上総介との約定を取り付けたのじゃ」


 飛騨の山深い地にあって、この桜洞城は驚く程に煌びやかな造りと装飾が施されている。


 京都の足利幕府に掛け合い、飛騨守護職に認めさせるのに相応の苦労をしてきた姉小路良頼は、その守護職に恥ずかしくない応接が出来るよう、桜洞城の広間には京の職人に作らせた装飾を惜しむことなく投じたのだ。


 そのためか軍事拠点としての機能は持ち合わせておらず、姉小路家の威信を示す迎賓館のような使い方がなされている。


「はい、我が主を支える重臣がおりますので」


 姉小路良頼にしてみれば、織田信長という存在は驚異でしかない。足利将軍家の縁戚にあたる今川義元を討ち、その後数年で美濃の半分を手中に収めてしまった男である。


 美濃と国境を接する飛騨にとって、織田信長とはいずれ戦うか、友好的な関係を構築するかの二択を迫られているだ。


「そうかそうか、会うてみたいの、のう頼綱」


 姉小路良頼は平静を装い、呑気な雰囲気で嫡子である自綱に語りかけているが、元は飛騨の小豪族である三木氏を名門姉小路の名跡を継がせ飛騨守護にまで押し上げた人物である。


 その事を、須藤はよく聞かされていたので油断はない。逆に、その油断のない須藤に対し、嫡子である姉小路頼綱は警戒心を抱いている。


「はい父上、出来れば石島の当主殿にも一度はお会いしたいと」


(やっぱりそう来たか、伊藤先輩やっぱすげえな)


 頼綱の言葉にゆったりと頷いている良頼に、須藤は一つの提案を持ちかけた。


「実はその重臣、先日大原にて狼藉を働いていた山賊共をたった一人討ち平らげまして」


「ほう、そのご重臣、名はなんと申される」


 たった一人で山賊共を討ったという話に、頼綱が興味を示した。



「伊藤様と申します。しかしながらその折りに受けた刀傷が思いの外深く、桜洞の湯にて湯治をさせて頂けないかと申しておりまして、如何で御座いましょうか」


 桜洞は現代でいう下呂温泉が近く、湯治場が点在する温泉地帯である。


 姉小路の膝元である湯治場に来ると言うのであれば、なんら警戒する事なく会う事が出来る。むしろそこで捕える事も、討ち取る事さえ出来るのだ。


「須藤殿、その山賊とはもしや鬼熊ではないか?」


 頼綱はその山賊に少々の心当たりがある。数ヶ月前から桜洞近辺にも度々出没し、商人や修験者を襲っては金品の強奪や人さらいまで、悪逆非道の振舞いで警戒されている山賊でがいるのだ。


「さぁ、名前までは存じませぬが、大層大振りな槍を操る剛腕で御座いました」


 頼綱は「左様か」と言って少し考えてから、鬼熊について話し出した。


「一月程前にな、我が家臣の下人が襲われての。流石に見て見ぬ振りは出来ぬと、その家臣に兵三十人を帯同させ向かわせた事があるのだが」


(もしかして……あいつ等の事かもしれない)


 須藤は予想外の展開に若干の冷や汗をかきながらも、これは好転する可能性が高い事も感じ取っていた。


「しかしな、鬼熊とその一の子分である銀蔵という者、その二名が大層な剛の者だそうでな。帯同させた兵の半数が討死し、残りも大半が負傷して這う這うの体で逃げ帰ってきたのよ」


「銀蔵……そうです、他に三名程いました」


 須藤は確信できるだけの情報を手に入れた。

 簡易キャンプにて伊藤が討った山賊は、この桜洞にも頻繁に出没していたようだ。


 その確信を、交渉相手と共有するための言葉を並べる。


「鬼熊という山賊は、鉄芯の入った槍を振るってはおりませんでしたか? 伊藤様もあの槍には大変ご苦労をなされました」


「おう、それじゃ! 話を聞いている限りそのようだな」


 ここで良頼が口を開く。


「そのような剛の者をたった一人で討ち取るとは、石島の重臣伊藤とやらは恐ろしく腕が立つ者なのだな」


(意外な方向からビックチャンス! ここで勝負決めちゃおう!)


 須藤は思い描いていた展開とは違う状況ながら、ここが勝負所と踏んでいる。


「ハッ、腕が立つばかりでなく、頭のほうも大層回るお人で御座います。名を伊藤修一郎様と申します」


 その名は当然、知られていない。


「湯治場の使用をご承認頂ければ、直にでも戻って伊藤様を連れてまいりますので、湯治場にて御ゆるりとお話しされるのがよろしいかと」


 須藤のその言葉に、頼綱は伊藤に会いたいという感情を抑える事が難しくなっていた。


「父上、小身の石島家とはいえご重臣とあらば丁重にお迎えせねばなりますまい。織田との橋渡しになるやもしれませぬ」


 姉小路頼綱は、妻に斉藤道三の娘を貰い受けている。その関係上、こじつけてしまえば織田信長とは義兄弟という関係になるのだ。


「うむ、湯治場にてゆるりと話が出来れば心の内も聞けよう。上総介との渡し役になると言うのであればそれも良い。石島の一件は頼綱に任せようではないか」


(来た! これでミッションコンプリート!)


 須藤に与えられた役目は、両家の窓口を頼綱と伊藤に定め、温泉で一緒に過ごせるように手配する事にあったのだ。


「ハッ。では須藤殿、これよりは不詳、この頼綱が石島家との折衝を取り仕切ります」


 頼綱は須藤に軽く一礼した。


「ご厚遇、恐縮至極に存じます!」


 須藤も深々と両名に平伏した。


「では、伊藤殿にお待ちしておりますとお伝えくだされ」


 頼綱は笑顔でそう言うと、桜洞城門まで須藤に付き添い、その帰りを見送った。


 湯治場にて裸の付き合いとなれば、その距離は一気に縮まる。


 小身の石島が、姉小路の援軍を取り付けれるほどの友好的な関係を短期間で構築するというのは、使者の往来や貢物の進呈では絶対に不可能な領域である。


(やりました! 裸の付き合い大作戦、スタートですよ先輩!)


 須藤は満足気に、足早に帰路を急いだ。

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