第43話 急展開
昼食の後、俺達はそれぞれ色々な物を荷物に纏め、帰路についた。金銀、銭、金属類はこれだけでけっこうな重量になる。
帰りの登りは大変だ。
「撃て~! だっだーん、すっすめ~」
屋敷から持ってきた鉄砲を担いでいる瑠依ちゃんは、絶好調でご機嫌だ。
一人でぴょんぴょん飛び回るように斜面を行ったり来たりしているのだが、よく考えると瑠依ちゃんの身体能力もかなりの物だと思われる。
簡易キャンプに到着すると、外のテーブルでは伊藤さんが端末と睨めっこしていた。端末にこの時代の細かい情報は入っていないのに、何をしているのかと思って聞いてみた。
「ん? メモ」
その一言しか返ってこなかった。
右手の骨折で文字が書けないからなのだろうか、端末に付いているキーボードを老人のように一本の指でゆっくり操作してる。
「でわ、女子はこれからシャワータイムなので覗き見しないように!」
美紀さんの宣言で皆が小屋に入って行く中、瑠依ちゃんだけ「伊藤さんは来てもいいですよ~」なんて言いながら女神様に連行されていく。
俺とつーくんは伊藤さんのいるテーブルに着いた。
「瑠依ちゃんっていつも楽しそうですよね、あんくらい楽な気持ちでいられたらいいよね」
俺の言葉につーくんも頷く。
「平岡さんは人生楽しんでるって感じするよね、俺達も負けないくらい楽しまないとな」
俺とつーくんは、帰りの道中で鉄砲を担いでご機嫌だった瑠依ちゃんの、その子供っぽさや可愛さについてを伊藤さんに話した。
そんな俺達をチラっと見た伊藤さんはクスッと笑う。
「お前らホントわかってねーな」
ニヤニヤしながらまた端末に視線を戻し、そのまま何も言わなくなってしまった。何を分かっていないのか、気になったので尋ねてみると、少し長い答えが返って来た。
「瑠依がそうゆう無駄なアホをやるときは、その前になんかあった時だよ。自分にじゃなくて誰かにさ。小さい事かもしれないけど、なんかあったろ?」
「あ……」
つーくんが思わず声を漏らす。
(優理の事、というか俺の質問の事)
伊藤さんは、また俺とつーくんを交互にチラ見してから。
「別にそれが何なのかなんて俺は聞かないけどね? あの子はアレで精一杯、空気が軽くなるように頑張ってるんだよ。あの小さな体でさ」
言い終わるとまた端末に目を落とし、メモとやらの記載を続けた。
その日、夜遅くになってから金田さんが戻って来た。
優理に支えられて小屋から出てきた伊藤さんが、テーブルに着くのを待つ。
「お待たせ。金田くん、本当にご苦労様!」
伊藤さんはテーブルに着くなり、金田さんに向って深々と頭を下げた。
「なな、なーに言ってるんですか先輩! やめてください!」
金田さんは伊藤さんの用事で郡上へ行ってきたのだ、その結果報告が始まろうとしている。
「おほん。えー、わたくし金田健二、伊藤先輩からのお役目、無事に果たして参りました!」
何のお役目なのか伊藤さん以外誰も知らない。伊藤さんは金田さんの報告に対して、まだ無反応だ。
数秒の沈黙を経て。
「して、首尾は」
伊藤さんは突然武士語になる。
金田さんも武士語に乗ってきた。
「はっ。郡上八幡にて遠藤慶隆殿に謁見、飛騨大原村にての石島家再興にご支援を賜る約条を取り付けてまいりました」
(石島家最高? 絶好調?)
「でかした! して、大原の年寄共は?」
「はっ。年寄のみならず、若衆に至るまで石島の家を再興する事に対して歓迎の意を表すと共に、屋敷修繕、また今後の普役、軍役についても協力すると申しております」
「よしっ、金田くんやったね!」
伊藤さんは動かない左腕で小さくガッツポーズを決めると、皆んなの方へ向き直り言葉を発した。
「俺は会ってないんだけどね、金田くんから報告もらったんだ。大原村のお婆ちゃんが言うには、亡くなった石島のご当主の、その先代に似ているんだってさ。石島くんが」
伊藤さんは金田さんが何をしてきたのか説明してくれた。
大原村のお婆さんは、俺を石島家の先代にソックリだと言うらしい。石島家が途絶えてからの大原村は、野党や山賊から村を守ってくれる存在がいなくて困っているのだとか。
この二点から、伊藤さんは俺を石島家の当主に据え、大原村を守る存在にしてしまおうと考えたそうだ。
大原村の人も、俺達も、俺と石島家に血縁関係があるなんて思っていない。見た目が似ている事もあって血縁など大きな問題ではないらしく、大事なのは実利があるかどうかだそうだ。
俺達がいる事で、村の治安が少しでも良くなってくれるなら俺も嬉しいし、それで村の人が喜んでくれるなら嬉しいと思う。
それを、ただ村単位だけでやったのでは効果が薄いと考えた伊藤さんは、郡上の実力者である遠藤慶隆という人にその援助を頼んだ。
その援助を乞う使者になったのが金田さんという訳だ。直接交渉を担当したのは金田さんという事になる。
「先輩の言う通りにやっただけっす」
そう言って謙遜していたが、言われた通りにやるって事もなかなか簡単ではないと思う。
結果的に、すぐ南に位置する郡上の最有力者のお墨付きで、俺は大原村の外れにある屋敷に当主として入る。そして今後は大原村を管理運営する零細企業の社長になるそうだ。
伊藤さんは立ち上がると、金田さんとつーくんに目配せした。
「健二郎、剛左衛門、忙しくなるぞ~」
言うなり小屋へ戻る。
「応!」
金田さんとつーくんも続く。
再び、俺は蚊帳の外になった。
女の子に囲まれての蚊帳の外なので、これはこれで悪くない至福の時である。
どれくらいの時間が経過しただろうか、金田さんが出てきた。
「石島の殿、俺は今日は早く寝るっす、明日は大忙しっす!」
そう言うと、テントに入ってしまった。
それから少し遅れてつーくんが出てくる。
「殿、伊藤様がお話しがあると、ささ小屋へ」
「やめてよ殿って……なんか恥ずかしいってば」
その言葉に笑顔だけを返したつーくんは、俺を小屋へ誘導するとそのままテントに入ってしまった。
「伊藤さん、入りますね」
俺は小屋に入ると、伊藤さんと二人きりでしばらく話し込んだ。
明日、金田さんは尾張に向って出発して織田信長に会いに行くそうだ。用件は、織田の美濃攻略に際して石島家が飛騨美濃国境の大原にて、飛騨から郡上に対する支援を遮断する事を約束する。
同時に、つーくんは飛騨の諸豪族に対して石島の家を再興する事に関して理解と協力を求める使者として回るそうだ。出来れば、軍事的支援を取り付ける約束をするという大役になると言う。
この二つが成功した場合、さらに織田家に対して交渉が始まる。
美濃への進攻に先立ち、歩調を合わせるように飛騨の諸豪族から軍事的支援を獲得した俺達が、郡上に侵攻。南から墨俣を経て稲葉山へ向かう織田軍と、北から俺達が郡上に侵入する。
美濃を治める斉藤氏は既にその力を大きく減退させており、南北からの侵攻に対して抵抗らいし抵抗が出来なくなるはずなんだとか。
史実では、郡上の遠藤慶隆は織田信長の美濃攻略後、降参してその配下に加わり、郡上の統治を任される立場になるそうだが、俺達がそれに取って代ろうという訳だ。
「再興に援助してもらいながら、なんだか申し訳ないですね」
俺のその言葉に、伊藤さんは大きく頷いた。
「でもね、遠藤慶隆さんの奥さん、美濃三人衆って言われてる安藤さんの御嬢さんなんだよね。まぁそっちは安藤さん自身が織田に寝返っちゃうから問題ないんだけど……」
少し間を置いてから、言葉を続ける。
「遠藤さんね、お父さんを亡くして後を継いだのが若くてさ、遠藤さんのお母さん、その後斉藤家の重臣さんと再婚してね、重臣さんが遠藤さんの後見役になってるんだよ」
(いやー、難しい)
「ま、要するにさ、遠藤さんは斉藤家重臣の義理の息子って事さ」
「なるほど、それじゃ遠藤さん、ストレートに織田に寝返るわけにもいかないって事ですね」
伊藤さんは大きく頷いた。
「そ、だからこそチャンス! 俺達はなんのシガラミも無いからさ、早いうちに織田に通じて手柄を立てようって事!」
結構な急展開になる予感がする話だ。
石島の家を再興し、そのまま郡上を治める立場まで一気に駆け上がろうとしている。
(気合入れないとな……頑張ろう!)
「伊藤さん、俺なんでもしますから! 言ってくださいね!」
気合を入れてテントに戻るが、興奮してなかなか寝付けなかった。