第42話 ピクニック
伊藤さんは結局、左腕の傷を接合した箇所だけを洗い流す程度で済ませたそうだ。
アイドル顔負けのあの四人にもみくちゃにされながらシャワーなんて、何万円払ったら実現するだろうか、いや、何十万でも足りないかもしれない。
(名誉の負傷なら俺も……)
などと不埒な考えはどうにか捨て、周囲に気を配りながら歩く。
先頭はつーくん、瑠依ちゃんと唯ちゃん、それと伊藤さんに説得された優理がその後に続き、最後尾に俺がいる。
つーくんは誰とでも仲が良い。偏りなく接しているし、会話量だけで言えば男四人の中では一番女の子と話しているかもしれない。
道中、優理と瑠依ちゃんの話題はずっと伊藤さんと美紀さんについてだった。伊藤さんと二人きりで残してきた事に対する不安だろう。
「え~! 信じられない!」
屋敷についた俺達は、屋敷内の探検もそこそこに昼食を取りながら、男女の恋愛や結婚に関しての年齢が話題になった。
俺達の時代では比較的近い年齢で結婚する事が多い。女性が年上の事も珍しくないという話をしたときだ。
「なーい、年下とか絶対無理」
「変わった趣味をお持ちの時代なんですね」
「じゃぁ瑠依、石島さんの時代だったら伊藤さんがパパでも不思議じゃないって事ですよね?」
結婚する年齢についても話題になった。伊藤さんが三十五歳なので、十五歳の瑠依ちゃんが娘でも不思議ではないのだ。
つーくんはこの話題に興味深々だ。
「じゃーさ、俺とかよーくんはハッキリ言って全然魅力的じゃないって事だよね?」
(そんな事ハッキリ言わせなくていいよ……)
唯ちゃんが真面目に回答する。
「魅力的じゃないって言うと少し違うと思いますけど、男性としての器とか、頼りがいとか、包容力とか。たぶん三十代以降の男性のほうがグっと深みが増すと言いますか……難しいですね」
「伊藤さんは確かに。うんうん、深いね! 金田先輩は……まあ、俺達に比べたらだいぶ深いか。そうだよな、俺とかよーくん浅いもんなぁ」
つーくんは天を仰ぐように空を見ている。
「おいおい、巻き込むなって」
俺は勢いで突っ込みを入れてみたものの、確かに自分自身とても浅い人間だと思う。
優理が楽しそうに笑いながら「るいちゃん、男性陣の深さを表現してください!」と、何か冗談を振った。
「了解であります優理先輩!」
瑠依ちゃんはパッっと立ち上がると、小さい身体を目いっぱい使って伊藤さんの深みを表現し始めた。
「伊藤さんはですね、頭の先から足の先まで、それはそれは優しく温かく包んでくれる深さと愛情があるのです」
冗談の始まりにしては、今の一言はたぶん本気なんだろう。優理もうんうんと頷いている。
続いて、金田さんの深み。
「変態さんはですね、ちょっと嫌らしい包み方な気もしますが、しっかりと受け止めてくれるだけの器はあると思います」
瑠依ちゃんは自分の胸をトンッっと叩く感じで言った。確かに、困ったときはしっかりと受け止めてくれるだけの度量はある人だと思う。
二位通過は伊達じゃないだろう。
「須藤さんはですね、膝くらいまでですね! 膝です膝、全然浅いですよ? 子供用プールです」
「おー、子供用プールじゃ平岡さんにちょうどいいね?」
「ぶはっ」
俺はたまらず吹き出してしまった。
「こらー! 誰が上手いコト言えって言いました? だいたい瑠依は子供用プールじゃ全然ダメですよ! 今度水着姿見せてあげますからね! 覚悟しといてくださいよ?」
(おおお、それ、興味そそられるでござる!)
俺達の笑を余所に、瑠依ちゃんは俺の深さの解説に移る。
「石島さんはですね、足の裏ですね、靴底くらいまで! 水たまりですね、水たまり!」
つーくんのような上手い返しも思い浮かばず、皆に笑われ、弄られ、幸せな昼食の時間を過ごす。
その後も結婚と年齢の話題が続いた。この年頃の女の子が恋愛や結婚の事を話始めると、ホントによくしゃべる。
そんな中、ふと気になり。
「優理のお父さんとお母さんってどんな人?」
軽い気持ちで質問してみたのだが、これは後で反省する事になる。
俺の言葉に、優理は一瞬下を向き。瑠依ちゃんはほっぺたを膨らませて俺を睨むように直視し。唯ちゃんは困った顔を俺に向けるとゆっくりと首を横に振った。
沈黙を破ったのは優理だ。
「大丈夫だよ! ごめんね気を使わせちゃってさ。でもちょっと説明はキツイかな、唯に任せるよ」
優理は立ち上がると、とても自然な優しい笑みを俺に向けた。
「ごめんね石島さん。るいちゃん、あっちの部屋見にいこっ」
そう言って瑠依ちゃんの手を引っ張って探検しに行った。優理の背中を見送った唯ちゃんは、小さくため息をつく。
そしてゆっくりと優理の事を話してくれた。
「簡単に言いますね。優理のお母様は優理が三歳の時にご病気でお亡くなりに。お父様は優理が五歳の時にお仕事中の事故でお亡くなりに。その後はうちで一緒に生活しています。私と優理は本当の姉妹のような物です」
それだけ言うと、優理と瑠依ちゃんが行った方へ足早に向かった。
「よーくん、やっちゃった感あるよね」
つーくんが少しニヤニヤしている。
「ホントだよね、あーあ」
それでも優しいつーくんは、俺をフォローしてくれる。
「でもさ、このタイミングで良かったかもしれないよ。もっとシリアスな場面だったらアウトだったかもしれないしさ」
俺は肩を落としていたが、つーくんに励まされてどうにか立ち上がった。