第39話 第一村人
特に打ち合わせで決めたわけでもないが、俺達はなるべく急ぐように無言で山を下り、小さな集落に出た。
そこには買い物が出来るような店はなく、金田さんがここから一番近い町は何処かを聞きにために村の中央へ向かう。
「なーんもない村だね」
つーくんが退屈そうに、細い木の枝で地面に丸やら四角を描いては足で消すという、子供のような動作をしながら呟いている。
本当にさびれた村だ。
到着する前は多少上から見ていたが、全体が見渡せる程度の範囲しかない。山間の小さな集落だ、人口は恐らく百人もいればいいほうだろう。
(お、誰か来た)
山賊達と一言も会話をしていない俺にとって、この村の人と話す事になるとしたら、その人は第一戦国人だ。
「お、第一村人はっけーん」
つーくんがそんな事を言って立ち上がる。
第一村人さんは、明らかにお婆さんだ。お婆さんも俺達の存在に気付いたようで、俺をじっと見ながら一直線にゆっくりと此方へ歩いてくる。
そして何も言わないまま俺の目の前までやって来た。
「こりゃ~たまげたな」
(?)
お婆さんは俺とつーくんを交互に見ると、また俺をじっと見つめる。
「こりゃたまげた」
そう言うと俺に向って両手を合わせ、スリスリしながら。
「ナンマンダブナンマンダブナンマンダブ」
なにか口の中でモゴモゴと言うと、また俺の顔を見て。
「ナンマンダブナンマンダブナンマンダブ」
またなにかモゴモゴと言いながら手の平をスリスリしてる。明らかに拝まれているようだ。
「ちょっとお婆ちゃん、俺生きてますけど、拝まないでくださいよ」
たまらず声をかける。俺がこの時代で初めて話をしたのは、このお婆さんになった。
「おおそ~かえ、生きてなさったかえ。こりゃたまげた、生きてなさったか」
そう言うとまた「ナンマンダブナンマンダブナンマンダブ」を始めてしまった。
(どうしたらいいのこれ)
俺は苦笑いでお婆さんを見ていた。するとちょっと遠目から女の子が駆けてきた。
「おばあさま!」
近くに来ると、その子はまだあどけなさが残ってはいるものの、大人びた表情で、話す雰囲気もしっかりしていた。
「こんな所に修験者さまとは珍しいですね、長滝寺へ? お御岳山なら峠一つ向こうを通らないと遠回りですよ?」
「えーっと、あの」
言っている事がわからないし、なんと返事をしたらいいのか分からない。返答に困っている所に金田さんが戻ってきた。
「おろ? どうしたの?」
金田さんはお婆ちゃんと女の子に挨拶を済ませると、自分達の目的を伝えた。
「それでしたら、今はもう難しいと存じます」
女の子の答えに、金田さんは納得の様子だった。
「ですよね、誰に聞いても同じでした。これから郡上まで行く予定っす」
その場を収めてくれた金田さんが言うには、現在地の細かい地名は大原で、俺達の時代で言うと郡上市が近いらしい。
このまま南へいくと郡上へ出るそうだ。
そして東へ行くと、渓谷沿いに峠を二つ越えて南へ少し行けば下呂に抜けるらしい。
「大原? こっちが郡上であっちが下呂で、え~~っと、ん?」
俺はこの小さな集落の中心を通っている狭いあぜ道を見る。
「お? なんか石島ちゃんがピンと来た感じ?」
金田さんの言葉を気にすることなく、俺は村の中央へ向かう。
「この山の雰囲気、似てるようで似てないようで。んー、わっかんないなぁ」
三百年の隔たりは、その景色を大きく変えてしまうだろう。そうは言ってもこんな山奥では、そう大きな変化もないような気もしている。
俺が今見ている風景、子供の頃によく見ていた景色に何処となく似ている気がするのだ。
「たぶん、ばーちゃんちこの辺りだ」
俺は自分たちが降りてきた山のほうを見る。
集中し、過去の記憶をたどる。その時、お婆ちゃんが俺を見て言葉をかけてきた。
「二十年程前じゃからな、もうすっかり寂れてしまっとるだろうが。せっかくお戻りなさったなら行くだけ行ってみたらええじゃ」
俺達には何の事かさっぱりだったが、女の子が補足してくれた。
「この辺りには、美濃から移ってこられたお武家様のお屋敷があったらしいのです。ですが二十年程前にご当主を戦で、ご嫡男を病で亡くされたとか」
「へ~」
つーくんが興味深々に声を漏らす。
女の子はつーくんを見ると説明を続けてくれた。
「わたくしの生まれる前の話ですので詳しくは存じませぬが、石島様というお武家様のお屋敷だったそうです。今では山賊が住み着いているという噂ですが……」
「いしじま?」
つーくんが驚いて聞き直す。
「あれ? 石島ちゃん、田舎が飛騨って言ってなかったっけ?」
金田さんも何か考えながら口を開いた。
「そうですよ、それにたぶん祖母の家がここらへんです」
さらっと答えた俺に、金田さんが掴みかかるように問いかけてくる。
「そんじゃあ、そのお武家さまって石島ちゃんのご先祖かもしれないって事じゃん?」
(なんかアリガチな設定すぎるよそれ……)
「よーくん! 行ってみよう! 」
つーくんが目をキラキラさせているが、残念ながら、この二人の予想は外れている。