第37話 今後の事
■1567年
飛騨国 簡易キャンプ
「美紀ねぇ!」
深夜、優理の声で目が覚める。
テントから顔を出して覗いてみると、テーブルで端末を操作していた美紀さんが急いで小屋に入る所だった。
(大丈夫かな……)
どう説得したのか、瑠依ちゃんは大人しくテントで寝ている。優理と美紀さんは、伊藤さんの容態を心配して、寝ないで看病する事にしたようだ。
他のメンバーに出来る事と言えば、しっかりと寝て、明日に備える事だろうと思う。
(寝るか、それも役目だ)
俺はテントに戻ると、そのまま目を閉じた。
朝、全員揃って早起きした。美紀さんから伊藤さんの容態説明が行われている。
「なので、この感じだと……まだ数日は動けないと思います」
「了解っす」
金田さんが、引き締まった顔で頷く。
深夜、伊藤さんはかなり魘されたそうで、医者ではないので細かい診断確定は難しいが、恐らく失血性の貧血状態だろうとの事。
昨日、深夜まで貴重な電池を消費しながら端末を操作していたのは、それを調べる為だったようだ。オフライン状態でも充実した情報量が確保されているらしい。
確かに、俺のいた時代でも、沢山の辞書を一纏めにした小型の電子辞書とかあった気がする。
失血性の貧血状態に苦しむ伊藤さんを、昨晩は必死に温め、励まし、美紀さんも優理も全く寝れなかったそうだ。明け方には少し落ち着いて、伊藤さんが眠りに付けたのを確認すると、優理もすぐ横で気絶するように眠りに落ちたらしい。
美紀さんもだいぶ疲れているはずだ。ここ数日、ホントに大変だったと思う。
「美紀さんも寝た方がいいですよ」
自然と声に出てしまった。
「そうさせてもらいます」
美紀さんは疲れた表情のまま小屋に入って行った。
「さーて、剛左衛門、石島ちゃん」
金田さんは俺達二人の肩を掴む。
「朝飯の前に水汲み三往復、いってらっしゃい」
文句など出るはずも無い。俺はつーくんと色々話しながら、貯水タンクへの補充を開始した。
昨日沢山入れたのと、ほとんど使ってないのとで、貯水タンクにはかなりの水をため込めている。
美紀さんの話では、そろそろシャワーを使っても水の心配するほどではなくなるとの事だ。
俺はつーくんと並んで歩きながら、気になっていた事を聞いてみた。
「これからの事、具体的にはどうゆう感じ?」
つーくんはチラっと俺を見て答える。
「役割分担して、それから」
バケツの中でちゃぽちゃぽと揺れる水の音。
俺は無言で続きを待った。
「俺もだけど、金田先輩も、伊藤さんも、たぶん近いうちにココを離れる」
「え……」
ものすごい不安に襲われた。
つーくんはまた俺をチラりと見た。
「稼がないとね。今あるお金を使ってどうにか増やさないといけない」
「確かにそうだけど……」
だからって、離れ離れになる必要なんてあるのだろうか。皆で一緒にやったほうが上手く出来る事もあるはずだ。
「これから何年ここにいるのか分からないけど、安全の確保とか、食料の確保とか、色々考えると経済力は必須なんだよね」
確かに今ある食料では、もって数ヶ月。
「そうだね、商売をするって事?」
「んー」
つーくんは少し考えを整理するような素振りを見せる。
「一つは商売なんだけど、たぶん一番難しいんだよね」
歩きながら、色々説明してくれた。つーくんの説明はこの時代の商売の状況で、会議で金田さんや伊藤さんから聞いた話だ。
座とかいう商人ギルドがナンタラでカンタラだそうだ。
(いやぁ、サッパリわからん)
俺には難しい話すぎてサッパリだ。つーくんも割とサッパリらしい。
「商売のほうは、伊藤さんがやってくれる」
(回復を待つのが第一条件か)
商売は伊藤さんがやるという事は、他にも稼ぐ手段があるという事か。
「俺と金田先輩は肉体労働だね」
「働くって事?」
俺の問に、つーくんは無言で頷く。
(働いて、女の子達を養うって事か、俺もそれがいいかな)
しばらく歩くと、つーくんがまた口を開く。
「労働って言ってもさ、この時代は当然、労働基準法なんてないし、一歩間違えれば奴隷のような状況になっちゃうからさ」
つーくんの目に、覚悟の色が浮かぶ。
「やっぱり、身分的な物が確立されやすい侍がいいんだよね。金田先輩はこの時代の知識を活かすため、大本命の織田に仕官できるように頑張るって話になった」
(金田さんは予定通りって事か)
「そんで俺は、あまり中央情勢に詳しくなくても問題がない、この辺りを領有している誰かに仕官する」
(この辺り……飛騨か)
「正直、誰かわからないんだ。この場所の正確な位置もイマイチわからないしね」
「飛騨じゃないの?」
俺の質問に、つーくんはわざとらしいため息をついた。
「この時代は群雄割拠だからさ、飛騨にもいっぱい会社があるわけよ、その会社同士にはそれぞれ上下関係があったりするんだけど、この辺りの仕事をしている会社の社長が誰かって話」
(その例え話、俺にはすげー難しいかも)
つーくんは、困惑気味の俺を無視して話を続けた。
「織田信長は、いずれ日本中の社長がひれ伏すような、超大企業に成長する会社の社長さん。今はまだ、名古屋県で一番くらいらしいけどね」
名古屋県なんて物は存在しない気もするが、この時代ではそう呼ぶのだろうか。
ともかく、俺には難しい話が多すぎた。