◆ゲネシスファクトリー 参 【父】
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◇ゲネシスファクトリー 日本支部
技術推進室 応接間
「いやいや、今回は実に見事でした」
そう声を発した男の左胸には、技術推進室の責任者である事を示すエンブレムが輝いている。
テーブルを挟んで向かい側に座る管制室の副官は、不満を隠そうともしていない様子だ。
そんな副官を他所に、冷静な面持ちの管制室の室長が問いかけた。
「で、委員会の反応は」
技術推進室責任者は、ニヤリとしながら答える。
「まったく疑っていない。疑っていない所か、支援まで申し出て来たよ。いやいや、まったくいい人選でした! ハッハッハ」
技術推進室責任者の言葉に、管制室副官が怒気を発し、テーブルに拳を振り下ろした。
「落ち着け栗原」
阿武室長の静止を無視するように立ち上がると、栗原副官が罵声を発した。
「貴様らの要望に娘を差し出す形になったのだぞ! かける言葉はその程度か!?」
その罵声に対し、技術推進室の室長は冷徹な笑みを浮かべた。
「管制室から阿武室長と栗原副官のご息女、執行部からは平岡執行部長のご息女、さらにゲームチェンジャーの忘れ形見。これだけ豪華なメンバーを切り離したのだ、委員会が疑いの目を向けるわけがない」
一度言葉を区切ると、紅茶を一口啜り、言葉を続ける。
「それ故に『いい人選』だと言ったまで。栗原副官、まさかご自分だけが苦しい思いをしているとでも?」
「ぐ……」
栗原副官は握った拳を震わせながら、どうにか腰を下ろす。
阿武室長は姿勢を変える事なく、技術推進室責任者に問いかける。
「我々は旧来の手法で再接続を試みる」
その眼光は鋭く、硬い決意に満ちていた。技術推進室責任者は、わざとらしく肩をすくめて見せた。
「正直に言えば待ってもらいたいのですが、少し待ってくれと言っても聞いて頂けないでしょう」
「無論だ」
阿武室長の即答に、技術推進室の責任者は軽くため息を付くと、栗原副官に向きなおった。
「せめてご子息に少しばかりの休暇を出してください」
栗原副官の右眉がピクリと上がる。
技術推進室責任者は言葉を続けた。
「候補者リストの発表からヒストリーポイントのキャッチまで、過去最短ですよ。僅か八日とは恐れ入りました」
技術推進室の責任者は「ククッ」と笑うと「おかげで執行部は準備に追われて大騒ぎでしたよ」と言葉を締める。
「何日待てばいい」
阿武室長の問に、技術推進室責任者は少し考えてから回答した。
「止めても無駄なようでですから、すぐに開始して頂いて結構です。ただし、栗原圭一には八日間の休暇を出す事、これが捜索開始の条件です」
数秒の間を置いて言葉を付け足す。
「もちろん、ご子息への休暇は極秘事項で頼みますよ?」
栗原副官の目は怒りに燃えている。
「ふざけるな、探すなと言う事か!」
そんな栗原副官の怒りは、技術推進室責任者にしてみればそよ風に近い物だ。気にする素振りも無く言葉を返す。
「いやいや、たった今『捜索を開始して下さい』と申し上げたでしょう。ただ、ご子息は少々優秀すぎる。流石にすぐに再接続とはいかないだろうが、こちらの研究データを回収しきる前に再接続されてはかないません。多くの人間が背負ったリスクが全て無駄になる」
阿武室長のは一度目を閉じ、思案を巡らせて口を開いた。
「いいだろう、そちらの条件は飲む。しかし研究データ回収にかかる時間については保障できん。それがこちらの条件だ」
技術推進室責任者はニヤリと笑った。
「いいでしょう、交渉成立ですな」
無表情のまま席を立ち扉へ向かう阿武室長に続き、少し遅れて不満げな表情の栗原副官が席を立つ。
阿武室長の背中に、技術推進室責任者が声をかけた。
「そうそう、阿武室長、あなたとご息女のやり取りは評判になりましたよ。涙を流した顧客までいたそうだ。お蔭で捜索のための新技術開発に寄付まで集まりましてな、総統本部長も感謝しておられましたよ……ククッ」
その言葉を受け振り返った阿武室長の目から、恐ろしいほどの眼光が発せられる。
「速見室長、我々は確かに一蓮托生だ。とは言え……」
そこまで言うと再び扉に向きなおり、技術推進室責任者に対して背中越しに言葉をかけた。
「我慢にも限度があるという事を覚えておけ」