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第36話 クセになりそう

「おー、すごいじゃん、誰が書いたの?」


 つーくんはまだ息が荒い。


「ハァハァ……んぐ、阿武さんです」


 この斜面をアホみたいに全力で往復したつーくんは、本気で息が上がってしまったようだ。


「てか剛左衛門、けっこうバカでしょ?」


 伊藤さんが笑いながら突っ込んだ。


「あひゃひゃひゃ」


 金田さんの笑声を追うように、皆も笑っていた。


 ついさっきまで生死をかけた壮絶な戦いがあって、目の前にはその戦いの敵が眠っている。冷静に考えたら怖い話だけど、俺達は、今、下を向いてしまったら立ち直れないだろう。


(伊藤さんが前を向いている以上、俺達が下を向く訳にはいかないよな)



 強くならないと駄目だ。じゃないと、大切な人を守れない。


 俺はつーくんが持っていた残りの五枚を預かると、一枚を唯ちゃんに手渡した。


「唯ちゃん字上手だから書いてっ」

「はいっ」


 唯ちゃんは本当にいつも笑顔で、気持ちの良い受け答えをしてくれる。


 しんきち、いなすけ、しょうきち、ぎんぞう。漢字が分からなかったけど、そこは金田さんからのアドバイスで切り抜けた。


「この当時はね、漢字はけっこう勝手に書いちゃうんだよ。聞いた名前のまま思い浮かんだ漢字で大丈夫っす」


 真吉さん、稲助さん、正吉さん、銀蔵さん、次々と達筆で記していく唯ちゃん。


 出来上がった墓標は、俺と金田さん、それから息上がりつーくんの三人で墓の盛り土に付き立てられていく。


 そこで伊藤さんが呟いた。


「いっけね、親分の名前聞き忘れたや」


 そう言って親分の墓の前にしゃがみ込み、寂し気な瞳で語り掛ける。


「あんた、名前くらいあるだろ……」


 その伊藤さんの様子に、唯ちゃんが気遣った。


「では『親分さん』と書いておきますね」


 唯ちゃんは達筆で記すと、その板を優理に手渡す。


 板を受け取った優理は伊藤さんの隣で同じ体制を取ると、必殺天使のスマイルで語りかけた。


「これっ、わたし立てちゃうよ?」


 伊藤さんはしばらく無反応のまま、じっと墓を眺めている。


 オレンジ色に染まった空は俺達の心を柔らかく包み込む。


 伊藤さんも優理も、周りの俺達も、虫の音も、鳥の声も、淡いセピア色に染まったような感じがした。



 ――ぐぎゅるるるる



 誰かのお腹が派手に鳴いた。


 つーくんが耐え切れずに吹き出し、みんなの視線が瑠依ちゃんに注がれる。


「……ごめんなさい、瑠依お腹減ったかも!」

「あひゃひゃひゃ! そりゃそうだ! あひゃひゃひゃ」


 金田さんの奇妙な笑い声も、聞き慣れれば心地よい。皆も釣られて笑っていると、伊藤さんがゆっくりと立ち上がる。


「さって、戻ってペットに餌やらないとな」


 優理は返事を貰えないまま、親分の墓に墓標を付き立てた。


「戻ろっ」


 伊藤さんの腕に優しく触れ、帰り道へと誘導していく。


 簡易キャンプに戻ると、全員の注目を集めたのは待機拠点からの戦利品だ。山賊達の登場で忘れ去られていたが、実は俺達、すごい物を発見して戻ってきたのだ。


「おひょ~、すごい! こりゃいい!」


 金田さんが変な雄叫びを上げた原因は、大量のインスタント食品。


 今後の事を考えれば、簡単に手を付けるべきではないが、今日は特別という事になった。それぞれ好きな物が入っている小箱を選ぶと、思い思いバラバラとテーブルに着く。


 未来の不思議な小箱に付いているロックを解除すると、その箱からは蒸気が沸き立ち、三十秒もすると出来上がるらしい。


 俺は何やらハンバーガーに近いサンドと、コーンスープが付いてるような絵の箱を選んだ。


 三十秒後に対面した箱の中身は、あっつあつのホッカホカ、この時代に来てから初めて口にする温かい食事に、胃の辺りがジュワーっとなる気がした。


「はいっ♪ あーん♪」


 さっきからずっと、瑠依ちゃんが伊藤さんの口にグラタンのような物を突っ込もうとしてる。


「アーンじゃなくて、いいってば大丈夫だって! 瑠依ちゃんお腹減ってるんでしょ? 自分で食べなってば」


 伊藤さんはその都度どうにか撃退を試みるが、ろくに身動きが取れない体ではどうにもならない。食べ物を粗末にしたらダメだと思っているのか、口元までくれば渋々と開いて受け入れている。


「あ~、瑠依、これクセになりそう。はいっ♪ あーン♪」


 両手が動かせない以上、どうせ自分では食べれない伊藤さんは、途中から観念したように食べているが。


(おいおい、どんなペースで食わせるんだよ)


 瑠依ちゃんは、とにかく食べさせるのが楽しいようで、伊藤さんが飲み込む前にもう次の一口を口元まで運んでいる。

 それでも伊藤さんは相変わらず、瑠依ちゃんにベタ甘だ。まだ噛んでる途中なのにどうにか飲み込むと、次の一口を受け入れている。


「瑠依~、あんま調子に乗るなよ~」


 一応、瑠依ちゃんをけん制する美紀さんではあるが、その様子を楽しそうに見ているのは間違いない。


 さっきお墓の所で伊藤さんが「ペットに餌をやる」なんて言ってたけど、立場は完全に逆になってしまっている。


 瑠依ちゃんは優理の二つ下、ようするに十五歳。

 そんな十五歳の少女に、次々と口の中に食料を詰め込まれていく三五歳のおっさん。


 これで伊藤さんが嬉しそうに食べてたら嫌悪感を抱く所だった。伊藤さんはベタ甘ではあるが、決して嬉しそうではない。


 瑠依ちゃんの手にしているグラタン風の何かは、量的にはそれほど多くない一人前だろう。女の子が一人で食べても物足りない程度の器に見える。


 最初の方こそ次々と口を開いていた伊藤さんは、器の中身が半分になる前にはそのペースを落とし、包帯でグルグルの左手を顔の前に上げては「ストップ」の意思表示をし始めた。


「えー、まだ全然食べてないじゃないですか」


 瑠依ちゃんはほっぺたを膨らませ、唇を尖らせながら残念がっている。


 俺のいるテーブルには、金田さんと美紀さんが着いている。金田さんは伊藤さんの様子を見ながら、かなり小声で美紀さんに尋ねた。


「伊藤先輩、けっこう血ぃ流したっぽい?」


 美紀さんは少し考えるようにしてから答える。


「左腕の刀傷……深くはないのですが、かなり広いのでそれなりに出血したと思います」


 出血量が把握出来ないのは、浴びた返り血が多すぎたせいだろう。美紀さんは伊藤さんの症状を少し説明してくれた。


 刀傷は肩から手首にかけて、かなり長い距離をザックリいっているらしく、出血量が見当つかないとの事。


 恐らく、銀蔵が投げた刀が当たった時に出来た傷だろう。刀傷に関しては、未来の応急処置セットで接合してあるので、今後に感染症等がなければ問題ないそうだ。


 俺の時代から三百年後には、広い切り傷を処置するのに縫合ではなく接合という手法がある事に感心する。どんな接合なのかまでは知らないが、ほとんど傷が残らないらしい。


 他にも細かい刀傷や打撲、打ち身は多々あるが、応急処置がしてあるのですぐに治るだろうとの事。


 少しだけ長引くのは骨折だそうだ。未来の応急処置セットでは、主に外傷に対する処置しか出来ないらしい。

 骨折に対する処置は、飲み薬で完治を早める事が出来るそうだが、応急処置としては骨折部を正しい位置に戻す事と、その箇所にプロテクターを当てて固定する程度の物になる。


 幸い、伊藤さんの骨折部にズレはなく、プロテクターを装着するだけで済んだそうだ。あとは飲み薬をちゃんと飲んでいれば、二週間もすれば完治するだろうとの事。


「とりあえず問題は出血ってわけか」


 金田さんは難しそうな顔で伊藤さんの様子を観察している。伊藤さん本人もその事を理解しているのだろうか、かなり頑張って食べているように見えた。


「伊藤さん、自分で分かってるぽいですよね」


 俺の言葉に、金田さんは小さく頷いた。

 一度は止めた瑠依ちゃんのグラタン攻撃を、また受け入れ始めたのだ。


(とにかく食べて、回復しようとしてるんだろうな)


 まずは伊藤さんに良くなってもらう事。これが第一優先だ。

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