表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/124

第30話 親分の鉄槍

 親分の持つ槍は、伊藤さんが奪った槍とは見るからに違う。長さはもちろん、重さや強度にも大きな差がありそうだ。


「もう一度だけ言う、俺の子分になれ」


 今度は全身から殺気を放出しながら降伏を促した。


「冗談きついって大将」


 伊藤さんは講義で習ったように槍を構えて言葉を続ける。


「そこはさ? 『子分にして下さい』の間違いじゃねーの?」


 俺から見えるのは伊藤さんの背中だけ。けど、今の伊藤さんの雰囲気、たぶん笑顔で言ってのけたに違いない。


「死にてぇなら仕方ねーな」


 親分は腰を沈めて槍を引き付ける。その動きに合わせるように、伊藤さんの腰も少し沈む。


「死ねやぁああああ!」


 怒号と共に繰り出した親分の槍は、同時に後方へ飛び退いた伊藤さんには届かない。


「まだだぁぁ!」


 親分は槍の柄の末端を握ると、重そうな槍を片手でグルリと大回転させた。

 その大振りを見逃さなかった伊藤さんは、一気に距離を詰める。穂先が届かない距離まで接近し、槍の柄を受けなが、一気に懐に飛び込むつもりなのだろう。


 大振りに回された槍の柄を、槍を縦に持って受けながら、前進する予定。


 だった筈だ。

 しかし、伊藤さんの体は大きく吹き飛んだ。


(嘘だろ……とんでもないパワーだな)


 金田さんは割とやせ形だが、伊藤さんは至って普通の体型だ。


 あの身長なら、七〇キロ前後はあると思われる。


 その伊藤さんが、まるで子供のように吹き飛んだのだ。


「いてて、鉄槍か」


 伊藤さんが手にしていた槍は、親分の攻撃を受けた箇所で真っ二つに折れていた。


 親分の槍が、柄の部分まで全て鉄で出来ている槍だとすれば、あの速度と鉄の重さがあれば考えられる破壊力ではあるが、それを片手でグルリと回せる親分の腕力に驚愕する。


 伊藤さんを弾き飛ばした槍は、そのまま親分に操られるようにして弧を描き、伊藤さんの脳天へ振り下ろされる。


 伊藤さんはそれをどうにか回避した。


 空を切った槍はそのまま地面に激突したが、発せられた音は槍で地面を叩いたような音ではなかった。

 まるで交通事故が起きたような、爆発音のような衝撃が伝わってくる。


「器用な事するじゃねーか、あんなに手応えがねぇのは初めてだぜ」


 ニヤリと笑みを浮かべた親分は、その巨体に似合わない俊敏な動きで伊藤さんとの距離を縮める。槍の届く範囲に入ると、まるで地面ごと削り取るように槍を振り回す。


(ヤバイのか?)


 あの重さと速度で振りぬかれる槍の穂先に少しでも触れれば、大けがじゃ済まないダメージを受けるだろう。

 伊藤さんはどうにか前方へ飛び込む事で穂先を躱したが、その柄に思いきり弾き飛ばされる。

 また派手に吹き飛ばされ、テーブルをなぎ倒しながら落下した。


「んぅ、いってぇ……」


 テーブルを押しのけながら伊藤さんが起き上がる。


「ほう、起き上がるか、ますます惜しい」

「タフなのが自慢でね」


 折れた槍の先半分を右手に持って立ち上がる。


「石島くん小屋に入って! 金田くんと須藤くんは少し離れて! 手を出さないでね!」


 伊藤さんは此方を見る事無く声を上げた。


 親分は特に息を荒げるでもなく、一歩、また伊藤さんに接近する。伊藤さんの指示通り、金田さんが伊藤さんと親分から距離を取る。


「石島ちゃん、入ったら美紀ちゃんを手伝って!」


 金田さんは俺に小屋に入るよう促し、つーくんは木の棒を片手に、一定距離を保ちながら隙を伺っている感じだ。



「そろそろ終わりにしようか」


 親分はその一言を終えると、立て続けに槍を繰り出す。伊藤さんは見事としか言いようがない、一定距離を保ちながら全てを避けきった。だが、伊藤さんは既に肩で息をしている。


「グハハハ! 息があがってるなデカイの!」


 小屋に入った俺は、窓を開けると顔を出した。窓の高さは地面からだいぶ高く、槍でも投げ込まれない限りは安全だ。窓から身を乗り出す様に状況を見つめる俺は、背中の辺りの服を掴まれた。同じく窓から状況を見ていた優理だ。


(そうだよ、俺がしっかりしないと!)


 室内を見ると、うずくまる瑠依ちゃんを唯ちゃんが抱きしめるようにしている。美紀さんは、何故か台所にいるようだ。




 またさっきの爆発音のような、槍で地面を叩き壊すような音がした。


 伊藤さんはもうフラ付いてる。


 山賊達の返り血なのか、伊藤さん本人の流血なのか区別がつかない。全身血まみれで、かなり苦しそうだ。



「グハハハハ、よくやったよデカイの。俺の槍を受けて無事なわけがねぇ」


 良く見ると、伊藤さんの右腕はダランと垂れ下がり、左手には武器を持たず、左の脇腹より少し上あたりを押さえている。


(槍で吹っ飛ばされた時に折れたのか)


「終わりだ!」


 親分が一歩踏み込んだ瞬間、さっきまで垂れ下がっていた右手が突然親分に向けられ、何かを投げたようだ。


 親分の動きが停止した。


 次の瞬間、伊藤さんは壊れたベンチの部材を両手で持つと、親分目がけて振り込む。


 狙いは、槍を持つ手だった。ベンチが当たる音と、親分の叫びがほぼ同時にあがる。


「あがっ……て、殺す!」


 その目には、べっとりと血が付いている。


 伊藤さんは拳の中に血を溜める為、わざと右手をぶら下げていたようだ。そして、ある程度たまった血の塊を親分の目に投げたらしい。


 親分が鬼の形相とでも言うのか、恐ろしい表情に変わった。しかし、鉄の槍は一度地に落ち、親分の右手の指があらぬ方向を向いている。

 伊藤さんは既に落ちた槍を拾うと、小屋の方に向って思い切り投げ飛ばした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ