第25話 接近
美紀さんが持ってきたケースは、先行スタッフが簡易キャンプを囲むように半径5km圏内に約八十個ほど設置した、未来のアイテム【行動抑制型危険回避システム】と呼ばれる物の、操作端末だそうだ。
人を含む大型の哺乳類が本能的に嫌がる超音波を、持続的に発生させる装置らしい。
約八十個設置してある機器の消費電力は極めて少なく、ソーラー式で自動充電されるので、一度設置すると半永久的に稼働するそうだ。
超音波程度の物なので、強い目的意識を持った人間の行動を抑え込むのは難しいが、そうでない人間の行動はその超音波でほぼ百パーセントに近いレベルで阻害出来るという。
そして、金田さんとつーくんが抱えて運んで来た物体。
これは小屋に接続する形で使用する物で、待機拠点とやらの小屋から取り外して持ってきた。
物体の名前は【循環分離型製水機】で、ろ過と電気分解を併用する形で雨水や河川の水を飲用水に作り替える事が出来るらしい。
現在、小屋の貯水タンクはその大きさから比べたら「ほぼカラっぽ」の状況である。一応、八人で使えばそれなりに持つ量ではあるが、シャワーを浴びれるほどの余裕はない。
美紀さんが危険回避システムの起動を完了、金田さんとつーくんが製水機の設置を完了する。
「お昼の前に第二便いっちゃいましょうか」
つーくんの提案に、今度は俺達も同行を許された。周囲の安全性が確保されたからだろう。簡易キャンプには金田さんが残り、あとは全員で待機拠点へ向かう。
「ピクニックみたいで楽しい~」
元々、山育ちの俺には特に珍しい物はない。
女の子達にとっては珍しい物だらけなようで、ちょっと歩くとすぐに立ち止まって「あっ!」とか「あれ! 見てみて!」とか、ずいぶんと楽しそうにご機嫌だ。
ゲートが繋がった段階では、細かい年代や季節までは不明のようで、最初に来る先行スタッフさんとやらは様々な準備をしてこっちに転送されたようだ。
待機拠点では、保存食や備品、他にも様々な物を収穫出来た。
未使用の防寒着や毛布まで確保できたので、長期滞在に向けての準備が整ったと言えるだろう。
小屋は俺達のキャンプにある物より小さく、つい先日まで先行スタッフさんが滞在していたであろう生活感があり、ずいぶんと散らかっていた。唯ちゃんと瑠依ちゃんがせっせと片付けをしてくれたので、帰る時にはキッチリ整頓されていたけど。
一時間くらい滞在していただろうか。
俺達が簡易キャンプに戻った頃には伊藤さんも目を覚まし、金田さんとテーブルで話し込んでいた。
「おかえり~」
伊藤さんは皆を出迎えると、美紀さんを手まねきする。
見ると、伊藤さんの横では金田さんが怪訝そうな顔で危険回避システムのモニターと睨めっこしていた。
「伊藤さん、お身体の具合は?」
美紀さんが駆け寄りながら伊藤さんを気遣う。
見ている限り、伊藤さんは昨日ほど疲れているようには見えず、だいぶ元気になったようだ。
「うん、よく寝て元気になったよありとう。それより美紀ちゃん、これずっと警報出てるわ」
伊藤さんが指さす先には、金田さんが睨みつけているモニターがある。
「っ!?」
美紀さんが金田さんの所に駆け寄った。
「いやね、皆が待機拠点に行ってるから出てる警報かと思ってたんすけど、どうも違うっぽいんすよね」
金田さんの言葉が聞こえた時、つーくんは持っていた手荷物を別のテーブルに置くと、すぐに近づいてモニターを覗き込んだ。
モニターの前に陣取った美紀さんに、伊藤さんが自分自身の現状を伝える。
「一応ね、金田くんからこのシステムの事とか、持ってきた物については聞いた。だから説明はいらない、状況だけ教えて」
美紀さんは伊藤さんの言葉に頷きながら端末を操作し、モニターの表示を切り替えた。
「六人こっちに向っている……」
美紀さんの言葉に簡易キャンプに緊張が走る。
(誰かがここに接近してるって事?)
俺も不安になって、荷物を別テーブルに置いて伊藤さん達が集まっているテーブルに向おうとした。その時、唯ちゃんと瑠依ちゃんの不安そうな顔が目に入る。優理は何か真剣な面持ちだ。
(ここは優しく声をかけて、安心させてあげるのが大人の役目だよな)
「大丈夫、心配ないよ」
声をかけた俺の顔を覗き込む唯ちゃん。
(やっぱ唯ちゃんは唯ちゃんで可愛いなぁ)
緊張した状況とはかけ離れた俺の心の声は、自分自身の緊張を解こうとする為にあえてそうしている。と、言い訳を考える俺。
「うん、大丈夫だよ」
相変わらずどうしようもない俺の後ろから、優理が声をかけると、そのまま唯ちゃんと瑠依ちゃんの手を握った。唯ちゃんも瑠依ちゃんも、無言で優理の手を握り返す。
「伊藤さん達がどうにかしてくれる、絶対、大丈夫」
自分の両脇に立つ二人を励ます優理は、何故か少しだけ大人になったように見える。
(そう、優理の言う通りだ)
優理の言う『伊藤さん達』の中に、自分が入っていない現状が情けなくて泣けてくる。
(情けないけど、そこは信じるしかない)
俺達には見守る事しか出来ないのだろうか。
伊藤さんがモニターを指さしながら確認している。
「だいぶ見やすい表示になったな。美紀ちゃん、コレがこの場所で合ってるよね?」
緊張した表情の美紀さんがゆっくり頷いて答えた。
「はい、このキャンプへの広い道はありません。細い獣道程度の道順を的確に進んできます」
「なんでだ?」
つーくんが呟く。
「このシステム、ちゃんと動いてるんすか?」
金田さんもちょっと不安そうだ。