第21話 優理の心境
当たり前だが、戻れた方がいいに決まっている。
つーくんとのお別れも、あんな感じではもう気にならない。
裏切られるって事に関しては、初体験って訳でもないし、心を凍らせて客観的になってしまえば、案外楽に受け入れられる。
伊藤さんも、金田さんもいるんだ。美紀さんもあの切れる頭ならきっと大丈夫。つーくんも、俺なんかいないほうが伸び伸びやれるんだろう。
俺に向って、優理がニッコリ微笑んだ。
「石島さん、ありがとうね。また、いつか」
その言葉を理解出来なかった。
優理の心境が分からない。
なんでこの瞬間、お別れのこの瞬間。
伊藤さんをチラリとも見ないのか。
「優理! おまえ!」
美紀さんが叫び、こちらに向って走り出そうとしているのが視界に入った。
優理が端末のボタンに手をかける。
次の瞬間、優理の手から端末が弾け飛び、弧を描いて宙を舞う。
犯人は俺。
直感とゆうか、無意識というか。
その直後。
――ィィィィリリリリ
端末は誰もいない空間に渦を作ると、そのまま地面に落下した。
「なんだ……バレちゃったか」
肩を落とした優理が呟いた。
直感ではあるけれど、優理は俺一人だけを転送しようとしていたのだと思う。
「ふざけんな! 優理を置いて一人で帰ったら、一生後悔する所だったろ!」
俺は、すごく怒っていた。何に怒っているのか、自分でもよく分からないけど。
優理は俯いて肩を落とし、何も言わない。
転がっていた端末を金田さんが拾い上げて美紀さんに問う。
「時間切れっすかね? まだっすかね?」
端末はまだ、警報を鳴らしている。
「転送準備にかかる時間を考えたら、もう無理ですね」
美紀さんはそう言いながら首を振った。
「いやぁ、石島くんやるねぇ、その【直感を信じる】って大事だよ」
伊藤さんがゆっくりと歩きながら言葉を続けた。
「でも危なかったね。優理が帰還するつもりだったらさ、君はとんでもない事をしちゃう所だったよ」
歩いてきた伊藤さんは、俺ではなく優理に向き合うと、両肩に手をかける。
「後悔しても知らんよ?」
「うん、いいよ」
優理の頬は若干火照り、潤んだ瞳で伊藤さんを見上げていた。
(うわ……この展開はそのまま……?)
「はい! そうゆうのは後でやってください!」
美紀さんが伊藤さんの手を押しのけて、強引に二人の間に割って入る。
「まったく、あんた達二人が残るんだったら私と伊藤さんで戻れたよ! ね?」
美紀さんは俺と優理を交互に見ながら、冗談とも本気とも取れる事を伊藤さんに振った。
「あひゃひゃひゃ、自分と剛左衛門はどうあっても居残りらしいっす、あひゃひゃひゃ」
「まったく、一芝居打ったのにダメだったかぁ、よーくん残るなら最初から言ってよね、無駄な芝居しちゃったじゃんかよ」
(芝居……?)
「剛左衛門は男前だったっす! ね、先輩!」
金田さんはニヤニヤ顔で伊藤さんに同意を求めながら、なんだかとても楽しそうだ。
「まさに【恋はいつでもハリケーン】ってヤツっすね。優理ちゃんも、石島ちゃんも。あひゃひゃひゃ」
この状況で笑っていられる芯の強さか、それともただの馬鹿なのか。とにかく、金田さんの笑いでこの場の空気は少しだけ軽くなった気がする。
もうお昼くらいだろうか。
すっかり日も高くなり、多少汗ばむような陽気になった。
あの直後から、伊藤さんと金田さんは一時間近く二人で話し込んでいる。わざわざ俺達から離れ、会話が聞こえない距離でだ。
「剛左衛門、こっちに来るっす!」
かなり遠目から、金田さんがつーくんを呼ぶ。
「およ? んじゃちょっと行ってくるわ」
つーくんは俺に軽く手を振りながら、小走りに金田さんの所へ向かった。
色々と話した結果、俺とつーくんのコンビは解消された。
あの時のつーくんの言葉は芝居だった。俺を迷いなく元のあの施設に帰らせるために、一芝居打ってくれたらしが、俺はそれを無駄にしてしまったのだ。
つーくんは俺に何度も謝罪した。
俺もつーくんに何度も謝罪し、仲直りできた。
だけど今後は、俺達二人が良ければそれでいいという訳にはいかない。美紀さんと優理もいる。特に俺は、優理をほっといて戦国時代に飛び込んで行くなんて絶対に嫌だ。
つーくんもそれを理解してくれていた。だから、これからはコンビではなく『仲間として皆と共に力を合わせていこう』と決まった。
優理は美紀さんに呼ばれて、三十分近く正座でお説教を受けていた。
お説教が終わった後の美紀さんは凄く印象的だった。
散々叱りまくったくせに、優理を包み込むように抱きしめ。
「正直、心細かったから助かるよ・・・」
俺は聞こえなかったフリをしたけれど、そんな弱音を吐いた美紀さんが急に可愛く思えて仕方なかった。
「イタタタ~、足しびれちゃったよ」
つーくんに取り残されていた俺の所へ、美紀さんから解放された優理がやってきた。
そして、遠くで会議をしている伊藤さん達を眺めながら、ぼそっと呟く。
「ちょっとカッコよかったぞ、さっきの石島さん」
(キター!)
てっきり、また伊藤さんの事について何か言うのかと思いきや。俺をカッコいいだなんて言い出した。この際、カッコいいの前に付いた『ちょっと』は聞こえなかった事にしてしまおう。
「そお?」
出来るだけ平常心で答える。こんな事で素直に喜んでいたら子供だと思われてしまう。ここは大人の余裕でさらっと流すのが紳士ってものだ。
優理は、平常心を装った俺の顔を小さく指さし、ニコニコしている。
「鼻の穴広がってるよ?」
舞い上がって浮かれきった俺の心を完全に見抜く。
「嬉しいんだ? 可愛いとこあるですね」
可愛く笑ってくれた。
(うわっ……もう、ガバっと行きたい……)
そんな幸せ満開の俺を邪魔するかのように、謎の会議を終えた三人がこちらに向って歩き始める。
悪のモテ魔王である伊藤さんに来られたら、天使ちゃんの興味がそちらへ行ってしまう。
「あ、あのさ」
伊藤さん達が会話の聞こえる範囲に入る前に、何かを言っておきたかった。
「ん?」
話す事を何も考えていなかった俺は、結局何も言えないまま、ただその美しい笑顔を見つめる事しか出来なかった。