第18話 ケースレッド
■一五六七年
飛騨国 山岳地帯
簡易キャンプ
この時代では絶対にありえないだろう電子音の警報が、よく晴れた空に響き渡っていた。
――ピュイピュイピュイピュイ
「優理、瑠依、緊急回線準備! 先行スタッフに連絡を取れ!」
「はいっ!」
美紀さんの反応はすごく早い。こうゆう人を危機管理能力が高いと言うのかもしれない。
「明日香、更紗! 時空域測定!」
「はい! やってます!」
二人の子は、美紀さんの指示の前にやるべき事を察知して動いていた。
(かっこいいなぁ)
俺はそんな感じで他人事のように眺めていたが、候補者の中にはこの警報に慌てている人もいる。それでも当然のように、俺の周りの三人は余裕たっぷりだ。
「瑞穂、佳織、唯! 万一に備えて転送準備急げっ!」
「はい!」
警報は鳴りやまない。
しばらくして、明日香ちゃんが叫んだ。
「時空域干渉レベル2、肥大しています!」
「レベル2……? 更紗!」
直後、更紗ちゃんが悲鳴に近い声を上げる。
「少し待ってください! 計測完了まで残り八秒!」
「六!」
「五!」
「四」
「三」
「二」
「い……ち?」
カウントダウンする更紗ちゃんの顔が、徐々に青ざめていくのがわかった。
「更紗!」
美紀さんが叫ぶ。
「は、はい! ゲート周辺に別の時空域が発生中です! このままではゲートごと融合します!」
「別の時空域? なんで……」
美紀さんの顔も青ざめている。
――ピュイピュイピュイピュイ
「これって、大変なんすかね?」
小声で尋ねた金田さんに、伊藤さんは特に興味が無さそうな感じに返答した。
「だろうねぇ、忙しそうだし」
そこまで言うと、チラッと金田さんのほう見て言葉を続けた。
「なんかさ、ピンチ度的には『武田信玄が動いたぞ~!』って感じだよね」
笑いながら、俺には分からない冗談を言ったようだ。
伊藤さんの言葉を受け、金田さんの表情はパッっと明るくなる。
「先輩!? いける口じゃないっすか、まさにそんな感じっすね! てか、なんで今まで黙ってたんすか? かなりいける口っすよね!?」
真面目にびっくりしている様子で、伊藤さんに食いついていた。
――ピュイピュイピュイピュイ
相変わらず鳴り続ける警報に、その緊張感は候補者たちにも張り詰めていた。
「美紀ねぇ、だめ、つながらない! もうコッチにいないみたい!」
小屋から飛び出してきた瑠依ちゃんが叫んだ。
先行スタッフさんとの連絡が付かないらしい。
「いない? なんで……」
美紀さんは数秒考えたが、すぐに結論に達したようだ。この速さ、俺もこんな風に高速回転で考えを巡らせたい物だと、妙に感心していた。
――ピュイピュイピュイピュイ
――パーッ パーッ パーッ
甲高い警報に、何か別の音が混じりはじめた。
ほぼ同時に明日香ちゃんが叫ぶ。
「さらにゲート肥大、レベル3に到達します! このまま融合したらトンネル化します!」
明日香ちゃんの叫びを聞いた美紀さんは、自らの端末を起動した。
「更紗! 融合までの時間は!」
端末を操作しながら美紀さんが問いかける。
「約九百秒を表示していますが正確には測れません! 測定レベルMAXですが最大誤差百五十秒程かと思います!」
更紗ちゃんの返答も迅速で、このやり取りは聞いてて気持ちがいい。
「どうにか十分以上、ありそうね」
美紀さんは苦しそうな表情を見せると、端末を忙しそうに操作し始めた。
美紀さんの端末が今まで聞いたことの無い音を発した。
「来て……お願い!」
美紀さんは端末に向って祈るように声をかけている。
二つの音が混ざり合う警報は、更なる緊迫感を演出していた。
「こりゃただ事じゃねーっすね」
流石の金田さんも表情を硬くする。
「にしてもコレ煩いね、もうわかったっての」
ひたすら鳴りやまない警報に、伊藤さんがケチをつける。
「きたっ!」
美紀さんの端末から別の電子音がすると、美紀さんが歓喜の混ざった声を上げた。
『リンク完了、こちら時空域最高管制室。現状報告は不要、ケースレッド発令中。繰り返す、ケースレッド発令中』
「嘘でしょっ!?」
端末から発された声に、美紀さんの顔から血の気が引いていくのが伝わってきた。
「瑠依、明日香、更紗、優理!」
「はい!」
俺達にはよく分からない、この緊迫した状況に、瑠依ちゃんは少し泣きそうな顔で応答していた。
「私の端末以外は全て転送準備を開始! 急げよ!」
「はい!」
今にも爆発しそうな緊張感の中、女の子たちが一斉にタブレット端末を手にした。