第15話 怪物の旅立ち
修験者の服装になった候補者は、何処へいって誰の家来になろうとか、誰に接触してみようとか、最初の目標についての話に花を咲かせている。
同じように修験者姿の金田さんを捕まえ、今後の予定を聞き出す事にした。
「金田さんはどうするんですか?」
この戦国マニアの目標は、すごく気になる所だった。
「ふふふ、聞いちゃう? 俺に聞いちゃう? まぁ聞きたまえ」
両目をギラつかせた金田さんの話が長くなりそうな気がしたので、ここは聞いておかないと駄目だと思った。なので俺はつーくんを連れて来て横に座らせてから、金田先生の講義を受ける。
「この年代のこの場所では、大きな歴史的な事件がある」
おれもつーくんも、正直歴史は詳しくない。
二人ともつばを飲み込むようにして聞き入る。
「織田信長が、美濃へ進出して稲葉山城を落としたのがこの年だ」
(織田信長……か)
「それが八月だからさ、今が春だとすると数ヶ月後だ。そして場所はここから近い。二日もあれば行ける距離なわけよ」
それが何を意味するのかまでは、今の俺には理解が出来てない。反応したのはつーくんだった。
「んじゃ、稲葉山攻略に一役買えれば、織田家に入りこめるかもしれないって話ですね」
つーくんの反応に、金田さんは満足そうな顔で頷いた。
「けっこう急ですね、一役買うって簡単なんですか?」
俺は間抜けな質問をしたのかもしれない。
俺のその質問に答えてくれたのは、つーくんだった。
「よーくん、そりゃ簡単じゃないけどさ、変革を望むならまず、出世して力をつけないといけない」
とても当たり前な事を言われたと思ったけど、すぐにそれは浅はかだったと知る。よーくんの言葉を補足した金田さんの説明に、すごく納得させられたからだ。
「そう、出世するには、だ。組織の急拡大でもないと、新参者にチャンスは来ねえ。となると、絶賛急拡大中で、今後もドデカくなる織田家以外に考えらねぇって事!」
(なるほど、急拡大か)
「それにこの場所、飛騨なら好都合だ。一日二日歩けば美濃に入れる。まずは美濃に入って、稲葉山の城下町へ行く所からだな」
(美濃へ、稲葉山の城下町へ……か、よし)
「金田さん、俺達も一緒に行っていいですか?」
俺よりも早く、つーくんが金田さんに同行を申し入れる。
「そりゃ歓迎さ、てか皆そうだと思うぞ? この年代、ココからスタートなら、どう考えても織田家に仕官できるかどうかだ」
そんな話をしているところへ、修験者の服に着替えた伊藤さんがやってきた。全員同じ格好をしているとはいえ、普段スーツ姿の伊藤さんの変貌っぷりに笑が出た。
「笑うなって! まぁ、俺は人に笑うなとか言えないか」
そういって頭をポリポリとする仕草は、本当に三十五歳とは思えない可愛さがある。
「先輩! 先輩はどうするんすか?」
金田さんは美濃に行って稲葉山。
俺達もそうだが、どうやらほとんどの参加者がそのつもりらしい。
「俺? 俺はね、とりあえず」
簡易キャンプはそれほど広くない。俺達の会話は勿論、他の候補者やサポートの子達に届く距離だ。あちらこちらの会話も、当然ながら俺達に届いている。
この状況で、伊藤さんの行動が宣言されようとしているのだ。ほぼ、全員の耳がダンボのように大きくなっているだろう。
そして、さっきまでガシャガシャと会話や物音がしていた簡易キャンプに静寂が走る。
聞こえてくるのは鳥の声だけだった。
「ちょ、静まりすぎじゃね?」
伊藤さんが半笑になるが、誰も何も言わない。伊藤さんのこれからの予定を、聞き逃すまいと無言でいる。
「まあ隠す事でもないし、いいけどね」
もう全員が聞き耳ではなく、顔も体も伊藤さんに向けていた。
「もらった食料が五日分じゃさ、ココでのんびりしちゃったら遠くに行けないからね」
そう言って、伊藤さんは携行食の入った袋を肩に担ぐ。
「まず、お金を稼ごうと思うんだ。商売はなにより人口が多くないと勝ち目がない」
そう言って、支給された五百文が入った麻袋を一度ふわっと放り上げて、落ちてきた所をパシッっと掴んだ。
「これっぽっちじゃさ、なんもできないし」
掴んだ麻袋を懐に入れると、今度は右手を大きく上げる。
「んなわけで、俺、京都いくわ。んじゃね!」
(京都か……って、え?)
俺もだが、全員が理解出来ていなかった。
京都に行く事を、ではない。
最後の「んじゃね!」を、だ。
伊藤さんは怪訝な顔をしたが「まあいっか」と笑顔に戻る。
「おのおのがた、命あらばまた会おうぞ! わーっはっは!」
言い終わると同時にくるりと背を向ける。
「なんちゃって。ばいび~」
そのまま後ろ手にヒラヒラと手を振って歩き始めた。
(え? 行っちゃうの?)
「先輩!」
金田さんが立ちあがって叫んだ。
伊藤さんが立ち止り、顔を此方へ向ける。
「自分! 織田家に仕官して絶対に出世してみせるっす!」
そう言って、右手の親指を立てるポーズを見せた。
あれだけ一緒に過ごしていたのに、少しも伊藤さんに依存していない金田さんがすごく頼もしい。
「おう! ま、俺の事は気にせずがんばれ!」
その言葉だけを残すと、スタスタと足早に歩きだす。
驚くほどあっさりした別れだ。
感傷に浸る間もありはしない。
俺はただ、じっと伊藤さんの背中を見送っている。
この山の中では、あっというまに背中は見えなくなってしまった。
それでも伊藤さんが去った方を見つめていた俺の肩に、つーくんが軽く手を置いて励ましてくれた。
「どんな風に成功を収めるか楽しみだね。俺達も負けてらんないな!」
そう言うと、俺の肩をポンポンと叩き「まぁ、今日はしっかり打ち合わせしよう」と簡易キャンプの中央に俺を連れ戻した。
携行食を一つ取り出し、昼食を済ませる。携行食は元いた時代から搬入したようだ、この時代には絶対にありえないような真空パックのような方式が用いられている。
そんな中、候補者の一人が立ち上がった。
「こりゃ余裕こいてらんねーな。行き先変更だ、なあヨシオ」
すると、もう一人が頷いて立ち上がる。
「んだな、とりあえず稲葉山とか言ってられねえな」
そう言って立ち上がると、携行食の入った袋を担ぎあげた。
選考会を推薦で通過した、あの生還者コンビである。
「んじゃ俺達も行きますわ。俺達の目的地も一応言っとくぜ」
ヨシオと呼ばれた人は、一歩前に出ると、金田さんに向き合った。
「あんたらも、俺らも、お互いに上手く仕官できたら確実にぶつかるね」
(ぶつかる? 何に?)
その言葉を聞いて、金田さんの右眉が引き攣った気がする。
ヨシオと呼ばれた人の相方さん、確か村上さんだったと思う、この人も一歩前に出る。そして、二人は肩を組むと、こう告げた。
「俺達の行き先は、甲斐だ。武田に仕官しようと思っている」
この二人は、俺と同じ推薦で通過した二人、あの生還者コンビだ。
二人は気になる存在だったが、俺の視線はその二人の向こう側に奪われていた。
膝を抱えて小さくうずくまり、寂しさに耐えている優理の姿がそこにはあった。憧れの伊藤さんとお別れの言葉を交わす事も出来なかった美少女が、どうにか寂しさに耐えている。
その姿に、俺の胸は何かに突き刺されたような痛みを覚えた。