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第117話 同じ想い

■1568年 9月下旬

 美濃国

 郡上八幡城 石島家



 岐阜を出発した織田信長さんの軍隊は、順調に京都へ向かっているそうだ。


 途中でいくつかの戦はあったようだが、織田の軍勢があまりにも大軍すぎて勝負にならないらしい。



 郡上は平和その物。女の子達は賑わっていて実に姦しい。


 目新しい事は特にないが、残念なのは伊藤さんが大原へ引っ越した事だ。大原の屋敷の改築が終わったという事で、伊藤さんはお栄ちゃんを連れて大原に戻った。



 優理と瑠依ちゃんも大原に移る予定ではあるが、伊藤さんの指示で秋の収穫を終えてからという事になっている。


 郡上は山の中なので、川沿いの僅かな平地に点在する田畑からの収穫となる。

 年貢米はそれほど多いわけではない。北西部で綱義くんと遠藤慶胤くんが、ここ八幡では俺が、それぞれ年貢の徴収について最高責任者となっている。


 俺はお香さんという頼もしいサポート係りがいるので、年貢の徴収については最終チェックをするだけでいい。そのお香さんをサポートするのが美紀さんを始め女の子達だが、昨日聞いた話しではかなりお仕事が出来るようになっている。


 このままでは、俺は不要な存在になりかねない。



 そんな訳で。



「たあぁ!」


 綱忠くんが打ち込んできた木刀をどうにか切り払った。


 右手が重い痺れに包まれる。


 最初の頃はこれだけで降参しかけていた俺だが、今はそんな情けない姿ではない。右手の痺れを心地よく感じながら、左後方に下がって二の太刀を躱す。


「殿、腕を上げましたなっ」


 ニヤッっと笑う綱忠くんに、俺も負けじと踏み込んで木刀を繰り出した。


「綱忠……覚悟!」


 俺の打ち込みを綺麗に受け切った綱忠くんの表情は、まだニヤけ顔のままだ。


「殿、まっこと腕を上げられましたな」


 俺が上達した事が本当に嬉しいらしい。


 この一ヶ月、文字の修練を諦めかけていた俺は、武芸の道を進む事にした。訓練の相手を買って出てくれたのは、お香さんの付き人であるお静さんだ。


 女だてらに武芸の心得がある貴重な存在である。


「いつまでも守ってもらってばっかりじゃカッコ悪いでしょ」


 俺は言いながら後方に飛び、一瞬の間合いを取った直後に再び打ち込んだ。

 けっこう本気で打ち込んでみたが、綱忠くんはいとも簡単に受けてしまう。


「ぐぬぬ、見事……なれど」


 綱忠くんはそのまま力任せに俺を押し込んできた。


(わっ、めっちゃパワーあるな。くそう)


 明日からは筋トレに励まないといけなくなりそうだと思いながら、どうにか距離を取って向かい合う。



 秋らしい陽気になってきたこの日、実はひとつめでたい事がある。もう日が傾いてるから、そろそろ及びがかかってもおかしくない。


 綱忠くんが仕掛けてきた。


「たあぁ!」


 地を蹴って後方に飛び、それを躱す。

 綱忠くんの木刀が空を斬った。


(いけるっ)


 俺は勝利を確信した。



 次の瞬間。


「殿、夕餉のお支度が整いましたよ」


 陽の呑気な声で俺は勝機を逃してしまった。


「んも~、いいとこだったのになぁ」

「あら、それは申し訳ない事を……」


 言いながら満面の笑みである。悪いとは思ってないらしい。


(可愛いから許すけど!)



 汗を拭いて着替えを済ませると、俺達は広間へと向かった。


 広間では既に宴の準備が整っている。お世辞にも盛大な宴とは言い難いが、これが俺たちの身の丈にあった宴会だろう。


 色々あったし、忙しかったし、暇な時間もいっぱいあったけど。良く考えたら、今月で俺たちが郡上八幡城に入ってから丸一年が経った事に気が付いたのだ。


 そこで細やかながら宴を開く事にしたという訳。


 メンバーは本当にごく一部。大原からここに移ってくる時にいたメンバーだけである。


 俺、美紀さん、唯ちゃん、優理、瑠依ちゃん。

 綱忠くん、お末ちゃん。

 陽。

 お香さん。


 配膳やら片付けなんかはお静さんが取り仕切ってくれて、俺たちは何も気にせず楽しめる事になった。


 俺がとにかく楽しみなのは、この宴の料理は女の子達が腕を振るったという話しを聞いたからである。料理が運ばれてきて驚いたのは、戦国時代では絶対に味わえない料理が出てきたのだ。


「じゃっじゃ~ん、瑠依特性ハンバーグです!」


 鶏肉を使ったハンバーグ。大根おろしと醤油で頂く和風ハンバーグである。


「なに瑠依特性って、私と一緒に作ったんじゃん!」

「優理先輩はお肉をコネコネしてただけじゃないですか」

「え~? そんな事いった瑠依ちゃんなんか大根おろし擦っただけじゃん!」

「この大根おろしが『瑠依特性』なんです!」

「じゃぁ『優理特性ハンバーグ(瑠依特性大根おろし乗せ)』じゃない!」

「なんですかその()は、おまけじゃないですよ!」

「おまけよ、お・ま・け! お好みでどうぞってやつ」

「ひどーい」


 姦しい。

 ハンバーグの感動もどこかへ吹き飛ぶやかましさ。


 肝心の味は、かなり美味しかった。

 他にも美紀さんが作った煮物とか、唯ちゃんが作ったドレッシングをかけたサラダとか。


 お酒も進んで皆でワイワイ楽しい夜を過ごした。


 ただやっぱり、伊藤さん、金田さん、つーくんの三人がいないのはすごく寂しかった。


 きっとみんな、同じ想いだったと思う。

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