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第114話 丸投げ

■1568年 6月

 美濃国

 郡上八幡城



「まいったなぁ」


 思わず独り言が漏れる。


 ここ数日、小雨が降り続けている影響だろうか、今日の郡上八幡城は季節が逆戻りしたかのように寒い。


「殿、お医者様がお帰りになられました」

「そう、ありがとう」


 広間にいた俺に、医者が帰った事を伝えてくれたのはお栄ちゃんだ。

 最近なんだか妙に大人っぽくなってきた気がしてならない。

 陽から頼まれる仕事だけでなく、香さんからのお仕事もやり始めたからだろうか。お栄ちゃんは大人の女になりつつあるようだ。


「お医者さんは何て?」

「はい、おそらく風邪であろうからご心配なく……と」

「そっか、よかった」


 季節の変わり目に、陽はちょっと体調を崩してしまっている。


 周囲には妊娠したんじゃないかと騒ぐ者もいたが、美紀さんの説明を信じるのであれば、俺と陽の間に子供が出来る可能性は無い。

 実は俺自身も少し体調を崩していて、陽より先にお医者さんに診てもらったばかりである。妙な薬草らしいお薬を処方されたのだが、果たして効くかどうかは謎だ。


 当主の俺が体調不良では、皆さんに申し訳がない。


 そんな状況で、石島家は財政難と戦う事になっている。


 北伊勢地方の平定が済んだ後、織田家は一旦の落ち着きを見せる物だとばかり思っていたのだが、俺の甘い考えはたった1通の手紙で吹き飛ばされた。


 一月に無理して買い込んだ兵糧米を指し出したばかりだと言うのに、今年の収穫が終わったら兵糧米を指し出せと織田家からの通知が届いたのである。



 今回の要求に応えれば、来年の収穫まで米の余裕は皆無となる。出来れば余裕を持った日々を送りたいし、その余裕があるからこそ、突然の無理難題にも応えられるという物だ。


 そうは言っても、織田家からの要求に応えながら余裕のある状況を作り出すのは至難の業かもしれない。ただでさえ財政で苦心する事が予測されているのだが、悪い話しは重なるもので、治安の方も危なっかしい状態だ。


 木越城に移った綱義くんからの知らせによると、郡上北西部は未だに石島家に腹心していない有力者が多いらしい。遠藤慶隆さんの葬儀の折り、起請文の提出を拒んだ北西部の有力者である。


 事あるごとに難癖を付けては反発するそうだ。


「お栄ちゃん、綱忠くんを呼んでほしいんだ」

「かしこまりました」


 そうはいっても悪いニュースばかりではない。良い話もあるにはある。


 木越に移った綱義くんのサポートには、伊藤さんからの御指名で遠藤慶胤くんが選出されている。元は郡上の領主である御家柄ながら、慶胤くんはとても献身的にお仕事に取り組んでくれているのだ。


 慶胤くんの評判は上々で、綱義くんからの評価も高い。

 今後の俺達にとって心強い存在になりそうだ。


 それから、伊藤さんの発案でお金稼ぎが始まった。


 その内容はとても面白く、単純ながらなかなか思いつかない物だ。


 美濃方面の様々な町に貼り紙を出し、郡上から飛騨桜洞への温泉ツアーを運営し始めたのである。

 温泉ツアーの料金は一切取らず、郡上や桜洞で使用されるであろう宿屋さんや湯治場さんからも一切お金は取らない。


 利益の発生現は元々あった場所で、新しく投資する必要もなく、実に直接的に石島家の収益となる関所である。


 所謂通行税を頂く訳だが、今までそれほど多くの人が通らなかった関所に、温泉ツアーを利益無しで企画し、大量に人を送り込んで大勢が通る状況を作って税収を得る。


 一人ひとり人から取れる額は大した額ではないが、行けば帰りもまた通る。

 在庫も無いし、宿泊施設や温泉を運営するわけでもない。元々関所で働いていた人がいるわけで、新たに人を雇う訳でもない。


 ツアーへの集客には、郡上や桜洞の宿屋さんが積極的に力を貸してくれている。

 なんせ無料でこちらが企画するわけなので、ツアー客への物品の販売で潤う商家の方々も惜しみなく力を貸してくれていた。


 そしてそのツアーの中間地点であり、石島家筆頭家老と言える伊藤さんが治める地、大原は大いに賑わっているらしい。


 郡上で一泊、大原で一泊、桜洞で数日滞在してまた大原で一泊、郡上に戻ってもう一泊、そこからツアー客は美濃のあちこちへ帰っていく。


 大原の屋敷は夏に増築が決まっていて、伊藤さんの別宅が建つ予定だ。そこには女の子二名が常駐し、ツアー収益の管理や、今後の企画運営等に従事する事になっている。


 郡上八幡の家計簿を管理している美紀さんと、そのサポートを行っている唯ちゃん。大原に入ってツアーを盛り上げ、その柔軟な発想で今後の税収アップを担当する優理と瑠依ちゃん。


 女の子の人員配置もそんな形で決まりつつあった。



「綱忠で御座います」


 身を低くして広間に入って来た綱忠くんは、ここ数ヶ月で急に成長した。

 北伊勢侵攻に兵を率いて参加し、小勢なりとも一隊の将として扱われ、金田隊の侍大将として存分な働きをしてきたらしい。


 何かを体得したのだろうか、以前にもまして良い目つきになったと思う。


「綱忠くん、木越方面の巡察はどう?」


 北西部からの年貢収入はキッチリと収めてもらわなければ、織田家からの要求にある兵糧米を用意出来なくなる可能性もある。


「兄からの報告によれば、畑佐六右衛門(はたさろくうえもん)という強情者がおるようです。木越一体の反石島勢力は、その者次第と言ったところで御座いましょう」


「畑佐……あの時の」


 起請文を書かなかった人である。


「どうにか懐柔を試みておるようですが、何分やたらと庄屋や村々との繋がりが強く、強気な姿勢を維持しております」

「伊藤さんの手を煩わせるのも違う気がするしなぁ」


 収穫まであと二~三ヶ月だ。郡上北西部を不安定なままにはしておけない。


「殿、以前伊藤様から教えを受けた際に頂いた言葉を思い出しておりまして」


 綱忠くんは何やら考えがあり気だ。


「このような時こそ『押して駄目なら引いてみよ』と言った所ではないでしょうか」


 確かにそうかもしれない。だが、問題はどうやってそれを行動に示すかである。


「今が押してる状況だとしたら、どうやって引く?」


 ストレートに質問した。もしかしたら、綱忠くんは既に答えを持っているかもしれない。


「はっ、それが分かりませぬ」

「わかんないのかよっ!」


 そう、どちらかと言えば綱忠くんは武辺者だ。お兄さんの綱義くんとは違って、言葉よりも拳で語り合うタイプである。


「まぁ、俺も考えてみるよ」


(押して駄目なら引いてみよ、か)


 腕組みをして考え込む綱忠くんは、必要以上に老けて見える。

 そんな姿を見ていた俺は、一つの閃きを得た。


(そうだ、伊藤さんの言葉……)


 思慮深く、頭の回転のいい人に多くを語る必要は無いのだ。


「綱忠くん、急いで木越に行って義くんに『押して駄目なら引いてみよ』って伝えて来て!」


 どうしたらいいのかなんて、俺と綱忠くんが丸一日考えた所で良い答えは出ないだろう。

 このヒントを得た綱義くんが、素晴らしい答えを出してくれる事を期待して丸投げする事にした。

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