第110話 木越の管理者
■1568年 2月初旬
美濃国
郡上八幡 石島家
「ホントに? 唯先輩すごい!」
「すごいのは美紀姉ぇだよ瑠依ちゃん」
「みんなで調べたし、調べるのには色んな人の協力もあったし、みんなで勝ち取ったお手柄だよね!」
「お? 優理上手いこと言うね、唯を交渉に同行させたのは適材適所なんだろう……たぶん、伊藤さんの中では理由があるんだよ」
「どんな理由だろう~気になる~」
姦しい。
無事に戻って来てくれて、心の底からほっとしている。
で、姦しい。
姦しいってのは悪い表現じゃない気がしている。とにかく、あの子達のいつ終わるとも果てない会話が延々と続く広間。それこそが石島家の平和の象徴なのだろうと思う。
「唯さまっ」
「お末ちゃん、ただいまっ!」
(一人追加で~す)
ますます姦しい。
「唯さん、おかえりなさい!」
「陽様、こちらからご挨拶に伺うべき所、申し訳ありません」
(また一人追加で~す)
こうなると、話題は一つではなく、同時にいくつもの話題が飛び交う。
「皆様、土産の蕎麦を茹でて参りましたよ」
「わっ、香さんごめんなさい! やりますやります!」
香さんが顔を出すと、美紀さんが慌てて立ち上がって女の子達にも立つように促した。
広間には、お栄ちゃんを先頭に数名の女性が膳を運び入れている所である。
「おっそば♪ おっそば♪♪」
瑠依ちゃんのお蕎麦歌が響く広間では、膳が並べられそれぞれ着席が始まっている。清州の城下でお蕎麦屋さんに立ち寄った香さんが、その美味しさに感銘を受けて蕎麦粉を土産に買ってきたのである。
蕎麦粉だけでは蕎麦にはならず、当然ながら蕎麦職人が必要なのだが、ナイスなタイミングでそれは郡上で見つかった。どうやら郡上で蕎麦屋を開業しようと思って引っ越してきた蕎麦職人さんがいたようだ。
「いっただっきまーす」
戦国時代で初めて味わうご当地蕎麦は、俺の知っている物よりも何倍もパサパサで、決して美味しいと呼べるような代物ではなかったのだが、蕎麦の香りとか、蕎麦独特の味は俺の知っている物よりずっと濃厚だった。この時代、蕎麦はまだそれほど普及しておらず、ちょっとした贅沢品だそうな。
未来から来た面々は臆す事無く慣れた手つきで蕎麦を啜っていくのだが、当然ながら蕎麦初挑戦となる大原シスターズは悪戦苦闘中だ。
香さんは清州で経験済みなので苦労している風では無かったが、豪快に蕎麦を啜っていく俺達を見て目を丸くしていた。
この日、伊藤さんは綱忠くんと共に一度は郡上八幡の城下町に入ったが、郡上八幡城から引っ張り出した兵糧と一緒にそのまま岐阜へ向かった。
俺と綱義くんは、郡上八幡の商人さんと色々な交渉の結果、通常の五割増しの金額で米を買い取るという条件で、どうにかこうにか岐阜に収める兵糧を用立てる事に成功していた。
伊藤さん曰く、それ以上の成果を上げてるから別に必要ない物だったそうなのだが、その上で最初に頼まれた物もキッチリ用意する事でさらなる信頼に繋がるとの事。残念ながら直接話しを出来ていないが、一応は褒めてくれたらしい。
岐阜へ向かった伊藤さんが俺達に残した次のミッションは、郡上の中でも北西部に位置する木越城一帯の管理についてである。
現状は、稲葉良通さんのご家来である斎藤利三さんが、俺達に変わって管理を代行していくれているのだが、それもそろそろ限界である。
木越城の城番として誰かを任命しないといけない。
常駐するかどうかは別にして、責任者は立てないといけないだろう。
八幡城でお仕事に従事している人から数名、木越城に人事異動しないと駄目だろう。特に遠いわけでもないが、地理的な問題で一括りに管理するのが難しい場所である。
そんな難しい場所を管理してもらうのであれば、第一候補は文句なしに大原綱義くんになる。第二候補は遠藤慶胤くんだ。
遠藤家を重用する事に対し、綱義くんはまだ少し早いのではないかという不安を口にしていた。それは分からなくもない。
となればやっぱり綱義くんが適任という事になる。
蕎麦を食べ終わって、また話し始めた女の子達を見つめながら、少し心が苦しくなった。そんな気持ちを知らない綱義くんが、後片付けを手伝いながら俺に声をかけてきた。
「殿、伊藤様からの書簡はいったい何と?」
すっかり忘れていたが、伊藤さんが残したのは木越城の人事に関する話しだけではなかった。
「ん、これ」
俺は素直に、その書簡を綱義くんに見せた。それには割と現代風の文字でこう書かれていた。
頭の良い人と話す時は、話す言葉を一度頭の中で並べ、その中から一番大切なフレーズだけを言う事。あとは相手が勝手に理解してくれるので多くを話さない事。以上、絶対に守ってね!
「綱義くん、それどうゆう事だと思う?」
「はて、少々読めぬ文字があるので難しゅうございますが……」
綱義くんは少し考え込むようにしながらも、何かに気付いたようであった。
「切れ者を相手によく喋ってはならぬ、という事でしょうな」
(しゃべりすぎ注意って事か)
口は災いの元と言うし、確かにしゃべらないに越したことはない。
そんな話しをしていた数日後。郡上八幡城にお客さんが訪れて来た。




