第10話 明暗
一位通過の伊藤さんが壇上へと導かれる。
『伊藤修一さん、檀上へ』
一瞬、伊藤さんと目が合った気がした。
(行くんだ、一緒に……)
これ以上心強い味方はいないと思っていたけど、それは間違いじゃなかったらしい。伊藤さんは選考する側からも高い評価を得ている事になる。
伊藤さんが檀上へ上がる途中、ゲネシスファクトリー側のスタッフと思われる人達が通り道に駆け寄った。
「伊藤さん、今の心境はっ!?」
「伊藤さん、お写真を撮らせて下さい!」
「一位通過の感想は!? 伊藤さん、お答えください!」
伊藤さんはそんな声に軽く右手を上げて躱しながら、無言のまま檀上へ登るとそのまま候補者の列に並んだ。
『続いて、二位通過』
伊藤さんが到着する前に、次の通過者の発表が始まった。
『得票数 一一六票 選考参加回数一回』
また場内がざわつく。横の二人の話を盗み聞きしたところ、どうやら初参加のワンツーフィニッシュは珍しいらしい。
『第六班、金田健二』
(金田さんが二位!)
「キターーーー!」
金田さんの雄叫びが場内に響いた。
『第三位 得票数七四票 選考参加回数四回』
確かにすごい差だ、これは圧勝である。一位が四三九票に対し、二位が一一六票で、三位が七四票。初参加の四三九票で場内が大いにどよめいたのも頷ける。
『第二班 須藤剛』
『第四位――――…………
七位までの発表が終わった。七位の人の得票数は僅か九票だった。そこまで偏るほど、伊藤さんの得票数が高かった事になる。
(圧倒的一番人気……か)
そう思ったとたん、自分の頭に嫌なイメージが浮かんだ。
(賭け? もしかして、これって賭け?)
過去からテキトーな人間を連れて来て、面白そうな歴史のポイントに放り込み、大きな変革を起こすのが誰かを当てる、そんな賭け。
参加者を殺し合いのステージに送り込み、生き残りを当てる賭けが行われ、富豪たちがその殺し合いを楽しむ。
そんな映画があったような気がする。
(これって、そうゆうやつなのか?)
「ま、なんでもいいじゃん。普通に生きてたら絶対に体験できない事が出来るんだし」
結果発表が終わると、俺の心を読みとったのか伊藤さんからそんな声をかけられた。
(それくらい楽に考えないと……ちょっと無理だよなこれ)
そう思いながら、俺はある人を探すために忙しく目線を動かしていた。少し慌てているのは、急いで探さないといけないからである。
簡単に言うと、中村さんは落選した。
「ま、しゃーないっすよ、俺たちは死ぬ事を了承した連中だから」
金田さんは「挨拶する時間なんてもらえない」と漏らし、中村さんを探そうともしない。
中村さんへの挨拶を急がなければならない理由は、落選者はそのまま居住区への移動が言い渡されたからてある。それに対し、通過した十五名はこれから上層階に個別の居住スペースが与えられると言う。
質問を許されたのでしてみたが、今後は選考会参加者とゲームチェンジャー候補者が交流する場は無いと言う。
(まだ挨拶とかしてないのに)
「そんなに会いたきゃ、無事に生き残って帰ってこいよ」
俺と同じ推薦で通過した人に、そう声をかけられた。
「生きて帰れたりなんて、ほんとに出来るんですか?」
俺はその事を全く信用してない。変革を起こせなければ全滅って落ちなんじゃないのかと思ってる。
「そりゃ戻れるさ、俺は一回戻ってきてる」
(いるんだ、生還者!)
「ほら、いくぞ」
名前もしらないその生還者に促され、俺は中村さんへの挨拶を出来ないまま、上層階の居住スペースへと向かった。
(昨日の感じだと、夜に部屋を抜け出すとかも無理なんだろうな)
昨晩、ぴくりともしなかった重厚な扉を思い出し、自分たちが管理されている身である事を実感した。
上層階の居住スペースは、先程の広間の半分くらいのスペースに隣接している。
下層の広間と大きく違うのは、各自の部屋が判別しやすいようになっている事と、部屋に入るとそれなりに広くて過ごしやすいって事。
広間で簡単な説明を受けると、一度各自の早へと移動するように言い渡された。
基本的に出入りに制限は無いそうだが、やはり夜間は出入り不可らしい。班別で過ごしていた部屋ほどは広くないが、一人で使うには贅沢な広さのリビングがあり、ベッドルームは倍くらいの広さがあった。
明日からの予定は、三日間かけて徹底したメディカルチェックが行われるらしい。
その後は、タイムスリップの条件が整うのをひたすら待つ事になるそうだ。翌日にはくるかもしれないし、場合によっては数ヶ月先になる事もあるという。
俺は心のどこかで、佐川優理と数か月間、この場所で過ごせる事に淡い期待を抱いていた。
結局、佐川優理との接触は殆ど無いまま、翌日から行われたメディカルチェックで、俺は新しい友を手に入れた。
第三位通過で二班の英雄となった須藤剛君だ。
何故、もうすでに友と呼べるのかと言うと、趣味が完全に一致したのだ。きっかけは、サポートの女の子で誰が好みかという話題からだった。
詳細は割愛するが、須藤くんが好みのタイプとしてボソっと口にした名前が、俺が大好きなアニメに登場する子の名前だったのだ。
ピン! ときた。
須藤君、いや剛くん、いや、つーくんは、同意した俺に最初は驚いていたが、すぐに意気投合し、俺達は強い絆で結ばれた。
三位通過とはいえ、一位が伊藤さんじゃもう抜かして考えていいに等しい。ってことで実質二位みたいな物だ。金田さんは戦国マニアだった事が、選考に大きなアドバンテージを持てた原因だったとすると、その点を除外すれば、つーくんが実質一位みたいなものだ。
そしてつーくんも「一位と二位が出た班から推薦されているって事は、実際はそれより上位だ!」と言ってくれている。
俺達が敬愛する同志の間では、たとえ仲間であっても、たやすく名前の頭文字だけで呼んではいけないという常識がある。しかし俺とつーくんは、「よーくん」「つーくん」と呼び合う。
俺たち同志にとって、心の底から信頼している相手だけを名前の頭文字で呼び合うのは、血よりも濃い絆の証なのである。
同じ趣味を持たない、同志ではない人間には理解できない事だろう。世間からは白い目で見られる事も少なくない趣味も、こうやって人生の糧となる事もあるのだと実感した。