◆ ゲネシスファクトリー 五 【唇】
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◇ゲネシスファクトリー 日本支部
時空域最高管制室
「時間軸ピッチング確認、ゲート設置準備を完了します」
「ゲート設置準備完了を確認、主任、いつでもどうぞ」
管制官の復唱が終わると、栗原圭一が精神を研ぎ澄ませてパネルの操作を開始する。
「掴むよ!」
時空域最高管制室にこの日何度目かの緊張が走る。
「キャッチ確認、ピックアップします!」
「ピックアップ開始、時空域測定準備に入ります」
「時空域測定準備開始、ピックアップ完了まで残り7秒」
栗原圭一は操作パネルから離れ、管制シートの背もたれに体を預けた。彼に出来る事はここまでであり、後は測定結果を待つだけとなる。
「ピックアップ完了、時空域測定を開始してください!」
「時空域測定を開始、ジャパンゲート第719号との照合準備完了」
「照合準備完了を確認、時空域測定を完了、照合します!」
この日、既に8回目となっている測定が完了。自分達が目指している再接続先かどうかの照合が開始された。
「照合完了! F値の一致率のみ0.4%、AからE値までの一致率は0.002%です……残念ですが」
「ふぅ……ま、また明日頑張りましょう!」
管制官の報告に、栗原圭一は努めて明るく応対した。
「いいのですか? 今日はまだ8回目ですし、時間もそれ程遅くありません」
そう言った女性の管制官に、他の管制官も頷いて栗原圭一を見る。
「昨日も一昨日もちょっと無理しすぎました、室長に怒られちゃいましたよ」
栗原圭一は頭をかきながら苦笑いを作って見せると、席を立って管制室の出口へ向かいながら、他の管制官達に声をかけた。
「室長の言う通り、長丁場が予想される戦いに最初から全力投球してたらダメなんですよね、このままじゃ俺達一週間持ちませんよ、休む事も大切です」
事実、管制室のメンバーはこの二日間ほとんど寝ていない。
室長である阿武と副官である栗原圭一の父は、再接続が完了するまで次の選考会を行わないよう、選考委員会と総統本部を抑える為に各部署を奔走中である。
責任者不在の中、現時点での管制室の指揮権は主任である栗原圭一に任されていた。
「皆さんも早く戻って休んで下さいね、まだ始まったばかりですから」
そう言い残して管制室を出る栗原圭一の背中には、やり切れない悔しさが滲み出ていた。
――同刻 技術推進室
「速見室長、よろしいでしょうか」
技術推進室の責任者である速見の元に、技術推進室の副官を務める30代の女性が一つの報告を持ち込んだ。
この副官は極めて優秀な技術者の1人であるが、異例の昇進速度については速見との個人的な関係が噂されている人物である。
「管制室は本日のトライを終了したようです」
ただそれだけの報告ではあるが、速見は満足そうに頷く。
「思ったよりも諦めが早いな、まぁ科学的根拠の無い再接続の可能性など、あって無いような物だ」
速見はニヤリと笑って自慢の紅茶を口に運ぶ。
「我々の研究が成功すれば再接続に大きな希望が持てるはずです、研究を急がせます」
その副官の言葉に、速見はティーカップをテーブルに置いて立ち上がった。
「再接続など出来るものか」
速見はテーブルを回りこみ、副官に近づきながら言葉を続けた。
「切り離した時空域はその時点で消滅している可能性のほうが高い、そうでなければ過去にゲートを設置した時間軸は今どうなっている。世界中の支部で過去に接続した時間軸は1万件をゆうに超えるのだぞ」
速見は嫌らしい笑みを浮かべると、副官の腰に左手を回した。
「その時間軸すべてが並行して成り立っているとは考えにくい、もし成り立っているとすれば偶然の再接続事例が1件や2件では済まないだろう……1件も無いのは存在していない証拠だ」
左手で副官の腰を引き寄せると、残った右手を副官の頬に添えた。
「我々の研究の目的は再接続という陳腐な物ではない、切り離した時間軸がどうなるのかを立証する事だ、今回は特にその《《消滅》》の可能性に焦点を当ててな、消滅を立証するのだよ」
副官が答える前に、速見はその唇を塞いだ。
副官が小脇に抱えていた報告資料が床に落ちる。
「室長……まだ勤務中です」
解放された唇からそう答えた副官の両手は、速見の首に回っていた。
「時には仮眠も必要なのだよ」
再び副官の唇を塞いだ速見は、室長専用の仮眠室に誘導していく。
「室長? 仮眠を取られるのであればどうぞお一人で……」
副官は小さく笑みを浮かべて言いながらも、言葉とは裏腹に細く美しい指で速見のシャツのボタンを外し始めていた。