③ 教官は無茶を言う。
3
ざっと、セラフィメンズ学園の説明が終わると、講義室はガランと人気が無くなった。
残っているのは数人の生徒と、教官。その中にオレとオッズも含まれているのだが・・・どうにも椅子から立ち上がる元気が根こそぎ奪われた気分だ。
っても、ベルベリド教官と、ハッシュ&ローレライの勇者コンビが去った後は、眠くなりそうな学園長の祝辞や来賓者の言葉、あとは教官の簡単な説明だけだったし、これと言って生徒を圧迫するような言葉は一切無かったんだけど・・・それでも、初っ端から、切断された腕を見せ付けられてしまっては・・・・・・なぁ?
「どったの?元気ねぇな、ラディスくん?なんだ、あれくらいでビビったか?」
「途中から寝てた野郎にはオレの気持ちなんてわかんねぇだろうよ・・・」
「・・・やっぱビビってたんか?」
「だーかーらー・・・・ビビってなんかいねぇよ・・・ただちょっと」
語尾を濁す。ビビってはいない・・・が、面食らったのは確かだ。
「あ、そっか!いやぁ、ラディス君も男だねぇ!確かに、ローレライってば、すげぇイイ女だよなー。ハッシュのじゃなかったら、奪い合いが起きてるってよ」
なにが、「そっか」なのかよくわからんのですが、オッズさん?
「マジであの野郎羨ましいぜ・・・!くそぉ、おれもあーゆー可愛くて美人な相棒が欲しい!って言うか、今すぐ欲しい!」
熱の入った語りように、オレは「そ、そうだね」と、しか言いようが無く、情けない話だがコクコクとオッズが満足するまで頷き続けた。
しかし、と言うことは、オッズはまだ『セフィロートの卵』ってヤツを孵化させていないのだろうか?そう言えばそれらしいモノの姿は見ないが・・・――
そう、話の区切りで切り出すと、
「おれの相棒?」
不思議そうにオッズが首を傾げた。
「あれ?見なかったか?部屋にいたと思うんだけどな」
「え?部屋に、いたか?」
あんなゴチャゴチャした部屋に、他に誰かいたか?あ、でもハッシュとか言う勇者サマの話だと、無機物も孵るんだっけ。でもいたって言うんだから『誰』か、なんだろう。
「あー・・・じゃあ部屋に戻ったら改めて紹介すんよ」
ニヤリと笑う。どうやら、今教えてくれる気はないらしい。・・・勿体つけやがって。
「ま、その前に食堂で飯食いに行こうぜ!ラディスのセラフィメンズデビューを期して、パァーとおごってやる!」
ハッハッハ、と、豪快に笑いながらオッズは立ち上がる。
が、すぐにその笑いはピタリと止んだ。出口に振り返ったままの姿で硬直する赤毛。
「・・・?どうした?」
オレもクルリと、後ろに振り返る。
出入り口からの光がその巨漢の姿を浮き上がらせていた。翠の光を宿す鋭い視線がオレ達を睨め殺すかのようだ。
「ほぅ、やはりメルカーバか・・・。ちゃんと新入生の面倒を見ているようじゃないか?」
と、その巨漢――バルベリド教官が愉快そうに口を開いた。
「うるせーな、バルベリド。なんの用だよ?」
「・・・・メルカーバ。教官、いや目上の者に対する口の聞き方がなってないようだが?」
ミシリッ・・・
バルベリド教官が、おもむろに手をついた椅子の背が、悲鳴を上げた。
「・・・・・えーと、バルベリド教官サマ、なんのごよーでしょーか・・・?」
面白くなさそうに、オッズが切り返す。
「いやなに、珍しい顔を傍聴席に見つけたものだからな」
「・・・んだよ、イヤミでも言いにきたのかよ?」
「言って欲しくば、いくらでも出てくるが?そうだ、サーバルの課題は進んだのか?」
「サーバル砂漠の課題は落とした。アレは、ムリ・・・レーギア達の件もあるし、マロート教官が落とせって」
「そうか。・・・アレに遭遇して全員が生きている事が奇跡か。さすがのマロートももう一度サーバルに行けとは言わなかった、か」
オレの存在を無視して、サクサクと話を進めるバルベリド教官とオッズの二人。この学園のヒトはオレのことを無視するのが好きなんだろうか・・・イジメ?イジメ?
そんなオレの切ない表情を読み取ったのか、オッズが「あっ」と、小さく声をあげる。
「ワリィ、ワリィ!えっとな、前の仲間の話なんだけどな・・・レーギアとマクロベル、ノーラって言ってよ、気のいい奴らでよ。――半年前、マロート教官・・・あー」
「さっきの講堂の入口にいた女の教官だろ?もう一人はハルト教官だっけ?」
「ラディスすげー、一回見ただけで覚えるなんて、さすがスパイ!」
「・・・いや、スパイって・・・」
なにやら変な方向に感心したオッズに突っ込みをいれると、横でバルベリド教官が、ふぅー・・・と、額を押さえつつ、呆れたように重い溜め息をこぼしていた。
「な、なんだよ、バルベリド!文句あんのかよ!」
「・・・いや、ない。分かりきっていたことを再確認して、疲れただけだ。先を続けろ」
何故だろう、会って間もないのに、その気持ちがものすげぇ~よくわかるのは・・・。
「・・・・・・・ラディス、今、ものすげーおれに失礼なこと考えてるだろう」
「・・・・い、そ、そんなわけねぇよ!・・・で、マロート教官がどうしたんだ?うわぁ、その先がちょ~気になるなァ!」
「・・・だ、よなぁ!おれとしたことがラディスを疑うなんてどうかしていたぜ!いやぁ、なに、よくある話なんだが、マロート教官に出された課題をこなしている時にグリム・オーガの団体さんに襲われて全滅しちまってよー。レーギアとマクロベルは大けがしちまってもうムリだってことで自主退学、ノーラは軽い怪我ですんだんだけど、心を病んじまってなぁ――・・・武器が握れなくなっちまって退学。で、その課題は落とすことにしたってわけだ。でもって、おれだけがセラフィメンズに残ったって話だぜ」
あっけらかーんと、言うオッズだが・・・事の重大さに気付いているのだろうか?よくある話なのそれ?大怪我や心を病んだって、あの、物凄く大変な事だと思うんだが・・・それに、闘大鬼って・・・。あれ、だろ。基本集団で行動し、ヒトの三倍はあろうかという巨体と、発達した筋肉にものを言わせて、大岩すらも一撃で砕く大食鬼の一種族。知能が全体的に低めなのが救いだが、出会えば八割の確率で、ヤツらの食欲を満たす事になるだろう・・・って、ヤツ等だが・・・あれ、確か・・住処が・・・サーバル砂漠じゃなかったか?
――・・・そんなおっかないところに課題と称して生徒を送り出すなよ!冒険者ギルドの人ですら、近づかねぇハズだぞ?!
「三人ともに、優秀な生徒だったのだが・・・残念な事だ」
本当に残念そうにバルベリド教官は目を閉じる。ならそんな危険なところに生徒だけで行かすなよ!!心の中で盛大にツッコミを入れるも、引きつった表情はしばらく戻せそうに無い。しかし、
「オッズ・・・お前、よく無事だったな?」
「あー、まぁな、他のヤツより少しばっかし丈夫に出来てんだ、おれってば」
得意そうな顔をして、右腕をグルグルと振り回す。見たところ、欠けた部位があるわけでもなさそうだが・・・運がよかったなぁ・・・あ、そういえばデミトロールの血も入ってるって言ってったっけっかな?あれ?それとも冗談だったっけ?
デミトロールは平均種とそんなに変わらないものの、回復能力が桁違いで美形が多いって噂なんだよな。ということは・・・オッズがデミトロールって言うのは・・・うーん。微妙なライン。
「おーい?ラディス?なんか失礼なこと考えてない?」
「・・・あ、いや、別に???」
泳ぐ目をごまかすように、オレは話の続きを催促する。
「いや、まぁ。そんなこんなで新しいチームを組もうとしてもよ、この時期に三期生でチームからあぶれたヤツなんてそうそういねぇーし、あ、おれ三期生なんだけどな。言ってなかったよな?まぁ、ならいっそ新入生と組めばーってことで、一ヶ月ちょっと待ってたわけだ」
消えていく生徒の代わりに半年毎に補充される新入生と言ったところか・・・うわぁ、素敵な発想。オッズが三期生という事よりも、そっちの方が重大だ。ホント、生きてここから卒業できるんだろうか・・・オレ。
「まぁ・・・なんだ。新しいチームメイトを得たのだから、課題に臨めるようになったな」
バルベリド教官の言葉に、オッズの肩がピクリ、と、動いた。
「ふむ・・・・、確かバルーワの遺跡の調査は残っていたはずだが・・・あのあたりなら、今からでもいけるだろう。それに、点数も手頃だろうしな」
「―――ちょ、待てよ!ラディスは新入生だぞ?!いきなり実戦ってどうよ!?」
慌てた様子でオッズが抗議の声を上げる。ホント、面白いくらい表情豊かだ。そんなオッズに、笑いかけたオレだったが、予想外に声を立てて笑ったのがバルベリド教官だった。
「以前なら無茶と無謀は日常だったが。・・・殊勝な心掛けを手に入れたものだな」
クツクツと咽喉の奥で笑いつつ、細められた眼が本当に嬉しそうだった。
「そりゃあ、少しは、な」
今日会ってから初めてオッズが、表情を曇らせた。
「しかしな・・・メルカーバ。そっちの、新入生なら・・・大丈夫だろう。なぁ?」
意味深げにオレに視線を送る。野郎にそんな視線を送られたところで、どうってことないんだが・・・。その口ぶりから、ある程度はオレの情報は漏れているのだろう。
「――・・・・・・は?そうなの?ラディス?」
「死なない程度に、ね」
肩を竦めて答える。興味が無さそうに見えれば、これ幸いだ。
「へ~・・・ラディスってば、ナヨッちくみえるけど、結構やるんだ。へーほー」
「悪かったな。・・・――でも、教官。ホントいきなり行ってもいいんですか?」
普通、かったるい説明だの、授業だのがワンクッションあるもんだろう。で、それから課題っていうか・・・そう言うのをやらせるんじゃないのか?
いきなり実戦投入って・・・。まぁ、面倒事が少ないのは、オレ好みではあるけれど。
「ああ、三人組以上のチームならいつでも課題に関する外出許可は下りる」
ふーん、三人ね。・・・え、三人以上?・・・あれ?
「・・・え、でもオレとオッズしか・・・」
そう言ってから、隣りの赤毛を一瞥し、眉を顰めた。オッズが苦笑を浮かべている。しかも、なんだかとっても哀れむような、眼で。
「なんだ、まだセルクに会わせてないのか?」
と、バルベリド教官が意外そうな顔を向ける。
「・・・セルク?セル、ク・・・ねぇ」
どこかで聞いたことのある名前だが・・・うーん。思いだせん。
「・・・これから・・・行くとこだったんだよ。・・・たぶん、食堂にいると思うから」
「チームメイトなのか?どんな奴?」
「ああ。えーと、まぁ、会えば分かると思うけど・・・あれは色んな意味でスゲー奴だな」
オッズは苦笑まじりにそう言った。なんとも、歯切れの悪い台詞だったが・・・それ以上はどんなに追求しても、オッズは口を閉ざしたままだった。
とりあえず、もう一人のチームメイトに会いに、オレ達は食堂へと向かった。
振り返りざま、バルベリド教官が愉快そうな顔でこっちを見ていたのがなんとも嫌な感じだった。