② 説明会は話が長い。
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「おっ!あの後ろが空いてんな、座るぞラディス」
オッズがオレの腕を引っ張りながら、後ろの席に引きずっていく。
薄暗い部屋に、ズラリと並んだパイプ椅子の群。そのほとんどに空席がなく、この場を埋め尽くしているのは、言わずと知れたセラフィメンズの生徒達だ。
ざっと見積もっても百は超えるだろう。・・・これだけの人がいて、何人生き残るんだろう・・・――っは!いかんいかん、これ以上気持ちを暗くしてどうする、自分!ガンバレ、ラディス!!
ブンブンと首を振り、暗い思考を外へと追い出した。
と、薄暗かった演壇に光が灯る。
最初に目についたのは、
左側には『祝☆セラフィメンズ学園入学』と書かれた年季の入った垂れ幕。
右側には『創立二百五十年』と書かれた真新しい垂れ幕。
そして、階段状の傍聴席を睨みつけるかの如く壇上に仁王立つ一人の巨漢。
さっきの教官達と同じ作りの肩当てに、色違いの外套を羽織り、前で合わせるように身体を覆っている。濃い緑の髪を無造作に伸ばし、その額には紫のバンダナ。そして何より印象深いのはその厳しい眼。翡翠の眼が、借りてきた猫のように大人しい生徒達を睨みつけた。
「新入生諸君、まずはこのセラフィメンズ学園に入学おめでとう。私は、ここの生徒指導および、実技担当のバルベリド・オク=ジノームだ。この中の過半数の生徒は指導に当たることだろう、覚えておけ」
渋みのある声が講堂に響く。
おそらくは三十後半。お兄さんと呼ぶか、オジさんと呼ぶか迷う感じ。どちらかというと、オジ様とでも呼んでやった方がシックリきそうな風格である。まぁ、・・・偉そうな口調に、名前と苗字の間の洗礼名。いかにも、お貴族様ぁ~っといった雰囲気を醸し出しているせいでもあるだろうが。なにせ、セラフィム王と面会し『武具』を戴き、フィージント教主から『洗礼名』を貰って初めて貴族の仲間入りになる。たとえ貴族の家柄でも、武具を貰えない、洗礼名が貰えない、なんていうのはざらにあるらしい。
もっとも、四方貴族のように古くから王家と寄り添うように存在する貴族は別口だ。それに関しては血統が必要だと聞いた。だが、ジノームなんて貴族名は聞いたことはないから、きっちり王と教主に認められた男なんだろう。
まぁ、デカイ功績の一つでも作ればなれるって噂もあるけれど。どの道、貴族として認められれば、王家と領民に尽くすっていう義務が生まれるのはご存知の通り。
ま、たまに「貴族以外は生きる価値なし」とか面白い価値観のお貴族様がいらっしゃいますが、そういうのは大抵領民にボコされるんだが――・・・オレの地元ではそうだった――こればっかりは、異種族問題同様に完全に無くすのはむずかしい。
「なぁなぁ、ラディス。あれがバルベリドって言って、入口の階段ブッ壊したヤツだぜ」
少しばかし真面目なことを考えていたオレの横で、オッズが口を開いた。
「・・・実技系の科目はアイツが担当すると思うけど・・・。マジで、アイツは鬼だぜ」
そう言っているワリには、オッズの表情はどこか楽しそうで、あの教官を嫌っているわけでは無さそうだ。
「・・・・――おい、そこの後ろの列。そうだ、そこの赤毛と黒髪。この私の話を聞かずにお喋りとはいい度胸だ」
チラリと、オッズを見ると舌を出して笑っている。オレ、喋ってないのに・・・濡れ衣だ。
「まったく・・・。聞くべき情報を取り入れておかねば、こう成りかねんぞ?」
そう言って、左手でバサリっ、と、外套を捲くった。
「――――っ!」
ヒッ、と、息を呑む生徒達。
それも、そのはずだ。・・・捲った外套の下には、本来あるべきはずの右腕が・・・――途中から存在していなかった。筋骨隆々の上半身を見せつける為か、この無い腕を見せつける為かは知らないがぴったりとしたタンクトップから覗く女の太ももくらいはありそうな二の腕。本来あるべき二の腕の真ん中あたりからブッツリと切り外され、真新しい包帯で固定されている。
引き攣れたたような傷跡が鎖骨のあたりまで走っているところを見ると、ここ最近の傷ではないようだ。
「・・・・・ふむ、静かになったようだ。それでは、本題に入るとしよう」
まるで、自分の腕がないことなんて些細な事であるかのように、言い放った。
辺りを見回せば、何人かの新入生が青い顔をしている。まぁ、なんというか・・・これから始まる学園生活を考えると、他人事じゃないが・・・。
「さて、生徒諸君も知ってはいるだろうが、このセラフィメンズ学園は、二百五十年前に創設され、多くの英雄を生み出してきた。言わば、ここにいる全員が、歴史に名を残す可能性がある。もちろん、皆が皆、英雄を目指してここに入学したわけではないだろうが・・・栄えあるセラフィメンズに入学したのだから、そのことは頭に入れておいて欲しい」
腕に注がれる視線なんぞ、気にする素振りも見せず、スラスラとマニュアルに載っているような言葉を紡ぐ。・・・うーん、やっぱりツワモノだ。
「また、この学園のシステムとして、こいつは重要だ」
自分の首から下げていた銀の板をオレ達に見えるように上にかざす。つられて視線が、バルベリド教官から、その銀の板に移る。
講堂のライトに反射して、キラキラと輝いて見えた。ここにいるどの生徒の首にもかかっている、あの銀の板だ。無論、オレの首にもかかっている、犬の鑑札のような、あれだ。
「受付にて渡されたと思うが、万が一にも貰い損ねたものがいるようならば、直ちに申し出るように。――・・・いないようだな。では、説明する。この銀には微小集積回路を組み込んである。その中には、生徒諸君、一個人の情報が詰まっているというわけだ。ふん、理解できんという顔をしているな、そこの生徒。まぁ・・・いきなり理解しろと言っても難しいだろう。とにかく、この銀を常に身に付けておけ、と言うことだ。決して、無くすな」
有無を言わさず、頷きたくなる力強い言葉。
実際に隣りのオッズは無意識に数度頷いている。
「この銀は、商店での割引および、授業、課題、進級、卒業、セラフィメンズでの生活すべてに関わってくる。この中には、微小集積回路だけでなく、自動記憶装置も搭載されているのからな。これは、ダンジョン内の集積反射板に共鳴し、点数が加算されていくシステムのことだ。そして、この点数こそが、学園内でのすべてだと言ってもいいだろう」
・・・?オートメモリー?りふれくたー?
あまりに聞き慣れない言葉に、首を傾げそうになる。
「簡単に言えば、この銀板一枚が諸君等の在学証明書であり、成績表であり、卒業証書でもある、と、言うことだ」
―――なら、はじめからそう言えよ。
口に出しそうになる言葉を呑み込み、銀の板を撫でた。
「・・・こんな銀の欠片でねぇ・・・?」
・・・水道も通っていない田舎から出てきた者にしてみれば、胡散臭い話ではあるが、「ここはセラフィメンズ学園だよ」と、言う呪文の言葉を唱えれば、あら不思議、なんでもありな気がしてきたよ。―――・・・って、んなわけあるかい!
「さて、次は卒業に関してだが・・・それには合わせて千五百点必要だ。進級に関しては、毎年二百五十点必要となる。まどろっこしい事が嫌いだという者は進級試験に合格すればよい。点数が満たなくとも試験をクリアすればその場で進級することが可能だ。無論、実力のない者に関しては・・・死神のキスが待っているがな」
つまり、千五百点貯めなければ卒業できないということか。あとは、まぁ・・・死なないように点数を確実に稼いでいればいいと言うことだろう。
「銀の説明に関してはこれくらいにしよう。分からぬことがあれば、質問しろ」
尊大に言い放った教官を前にして、質問なんて出来る根性の座った生徒はこの中にはいなかったらしく、一同はもの見事に押し黙った。
「―――・・・ないようだな。では次に移る」
予想の範囲内だったのか、三秒も待たずに口が開かれた。
「この銀同様に、このセラフィメンズで重要な役割を果たしているのが・・・『セフィロートの卵』だ。これはこの学園の中心、『セフィロートの樹』のある部屋に安置してある。その部屋に赴き、生徒諸君の呼びかけに応える『卵』が存在していればよし、なければそれまで。この『セフィロートの卵』を孵した者には卒業までの筆記試験が免除される。その代わり、孵化したモノのレポートが義務付けられる。孵化の詳しい内容については・・・・あとで説明させよう」
相手を射竦める強い視線が一瞬だけ後ろの席、つまりオレ達の方を見る。まるで値踏みするような視線に、握り締めた拳がじんわりとした嫌な汗をかく。
しかし、本当に一瞬の事で、すぐに翠の目は別の場所に移動した。
「・・・――だが、孵せなかったとしても何ら問題はない。実際、半分の生徒は『卵』を孵せずに卒業していくからな。それから、『卵』が反応すら示さない生徒もいる。その点は安心していい。おそらく、この学園に波動の合う『卵』が存在しなかったに過ぎないだけなのだから。そう言う意味で、外で『卵』を見つけてくる生徒も稀にいる。この学園に入る前から孵している者も存在する」
「どーやって、確認すればいいんですかー?」
そう、傍聴席から質問が投げかけられた。
「一個一個、触れて確認していくことだ。地道にな。それ以外に方法はない。また、反応は個々によって違う。見逃さないように。―――・・・それから今、発言した生徒・・・質問するのはいい心掛けだが、以後は私の許可なく口を開くのは控えろ」
しーん。
静かな物言いだが、その言葉には覇気が込められている。放たれる無言の圧迫感に、身を竦ませている生徒達。壇上付近の奴等は緊張のあまり身動きすら取れないようだ。
・・・後ろの席でよかった。
「それから、孵った『卵』は名前を登録しなければならない。在学している生徒の『卵』と名前が被らなければ、大抵は受理される。ただし、いい加減な名前だけは付けてくれるな。名前はその存在自体を表す一生の言霊なのだからな。それから、届けは中央管理室に出せばいい。登録用紙はそこでもらえる。以上、質問のあるものはいるか」
バルベリド教官の鋭い視線に心臓まで貫かれ、誰も発言する事が出来なかった。・・・まぁ、まずは今言われた事を脳内で処理することの方が、大変なわけなのだが。
とりあえず、この銀の板を無くさない事と、卒業するためには1500点集める事、『セフィロートの卵』を孵せば筆記試験を受けずにすむと。・・・まぁ、重要なのはそれくらいだろう。
「ないようだな、では・・・・ザドキエル、あとは頼む」
「はい。ジノーム教官」
と、若い声だが、落ち着いた感じのする声が、壇上の端から聞こえた。
・・・ん?今の声、どっかで聞いたような・・・聞かなかったような・・・?
首を傾げながらも、視線は壇上に注ぐ。
垂れ幕の後ろから、一人の風姿の優美な男が出てくる。ツンツン立った青い髪に、金の額当て、濃紫の外套、銀光する重鎧・・・まるで舞台役者のような整った顔立ち・・・
「新入生の諸君、初めまして。ハッシュ・ドミニオンズ=ザドキエルだ。セラフィメンズ学園の在校生代表として、キミ達を歓迎するよ」
女生徒達が息を呑むのが分かった。本人もそのことを理解しているようで、歯を光らせんばかりにニコリ、と笑った。
あの、受付のお姉さんとイチャこいてた勇者サマだということは言わなくても分かるだろう。ただもんじゃないだろうとは思っていたが・・・まさか、このセラフィメンズ学園の在校生代表として現れるとは・・・恐れ入ったぜ。
ハッシュと名乗った勇者サマは、壇上の端に引っ込んだバルベリド教官に代わって、よく響く声で話し始めた。
「まず、『セフィロートの卵』を実際に見たことがない人も中にはいると思う。そこで・・・」
チラリ、と、自分が出てきた垂れ幕の後ろに視線を送る。すると、
「はい。ハッシュ」
と、鈴を転がすような声が返ってくる。
オオォっ!
今度は一斉に男子生徒がざわめいた。
純白のドレスの裾を引きずりながら、一人の女が現われる。歩くたびに足元まで垂らした淡い紫の髪と薄青の羽が揺れた。上品な足取りで、勇者サマの横につく。
「見てもらえばわかるが、『セフィロートの卵』はこれだ」
呼ばれた美女が抱えてきた、赤ん坊の頭ほどある楕円形の物体を受け取り、頭上にかざす。ほのかに発光して見える薄紅色のそれは、確かに『卵』のように見えた。
「――・・・そして、僕の『セフィロートの卵』から孵ったのが、彼女。僕の、ローレライだ」
「もう、ハッシュったら・・・」
ローレライと呼ばれた美人さんは、頬を染め、腕の代わりに肩から生えた羽根で顔を隠す。
「ローレライは・・・見ての通り有翼種、ハーピーだ」
「初めまして新入生の皆さん、ハッシュのパートナー、ローレライです」
腕のように生えた羽根だけではなく、髪に隠されながらも耳がある位置からも、青みがかった白い羽根が覗いていた。・・・どっからどう見ても、人でないのは誰の目にも明らかなのだが・・・。ほんのり頬を赤らめる姿は・・・種族の壁なんてどーでもいいかなぁ、などと思わせるおっそろしいほどの魅力を持っていた。
「この学園には彼女の他にも、様々な種が存在している。それは、この『セフィロートの卵』から孵る種族が様々だと言うことだ。それこそ、ゾンビからドラゴンまで、偶に剣や鎧であるときもあるらしい。パートナーを自ら選ぶということ以上は何も分かってはいない。ただ、『セフィロートの卵』から我々のような人が生まれたという実証は、いまだない。別な生態系で括られているのだろうと学者連中は言っているみたいだけれど・・・もしかしたら、発見されていないだけで、『卵』から生まれた人がいる可能性だって」
「ハッシュ、ハッシュ。それは教授会での発表にしましょう。今は・・・――」
「あ、ゴメン・・・つい。コホン、とにかく『セフィロートの卵』より孵った者達は僕達に有益なチカラをもたらしてくれることは証明済みだ。ローレライのようにね。おそらく、卵から孵った雛が最初に見た者を親と認識してしまう、刷り込みと同じ現象だと思うが・・・それだけだ。彼女達にも人格があり、同じように生きていると言う事には変わりはない。その事実をどうか、穿き違えないように」
ただの色ボケた勇者サマかと思いきや、意外に博識っぽい。それにあの外見か・・・天はニ物を与えずと言うらしいが、バッチリ与えているようだ。
隣りから・・・ギリギリ、ギリギリ、と、耳障りな歯軋りが聞こえるような気もするが・・・・あえて聞こえないフリを決め込もう。
「そして最後に、先輩としてアドバイスをさせてくれ」
コホン、と声の調子を整えて、
「生き残りたかったら、教官の命令には逆らわないように・・・・・以上」
これ以上ないくらいマジな顔で勇者サマは言い放った。言うなれば、魔王に挑む前夜の緊張感?・・・いや、よく分からない例えだが、これ以上のない例えがオレの頭の中を反芻する。
「じゃあ、行こうか・・・ローレライ」
「あ、はい」
言うだけ言って、さっさと幕の後ろに帰っていってしまう。
・・・残された新入生一同に、奇妙な沈黙が流れたのは当然といっては、当然のことだろう。
この空気をどうにかしてから、帰りやがれ。