第二話 ①「邂逅・後悔・チームメイト」
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ワイワイ、ガヤガヤ。
人の声があちらこちらから聞こえる。
あの放送に呼び出された生徒達が講堂に集まってきているのだ。皆、一様に足を揃え、ドーム状の建物へと足を進める。大概が、グループを組み、なにやら楽しそうに会話をしながら・・・・と、同時にどこか不安そうな面影は隠し切れていない。
当然、それはオレも同じのはずなのだが・・・・
「なぁなぁ、じゃあラディスは何が得意?剣か?あ、さっきナイフ使ってたよな、それじゃナイフ使いか?いやいやでもでも、そう見せかけといてヘンな武器とか使ったりするんだろ~?」
感傷に浸る間もないほど、部屋を出てからというもの、オッズの質問攻めに合っていた。
出身地から始まり、セラフィメンズ学園に入学したきっかけ、好きなもの、嫌いなもの、もう関係ないことまで根掘り葉掘り・・・おかげで余計な事を考えずに済んでいるのだが・・・それが良いのか悪いのか・・・。
「変な武器って・・・いや、なんていうかそれなりに出回っている武器なら使えると思うけど・・・」
「へーへー、じゃぁじゃあ、実はラグアンだったりとかしないのか?」
「・・・法導術士?・・・ああ、いや・・・法導術は、ちょっと無理、だ」
「おおっ、だよな!おれも無理だ!あんなこむずかしいモン覚えらんねぇって・・・うわぁ、思い出しただけで頭痛くなるって!とくにコンダクターとかありえないって!」
「・・・魔力の問題じゃなくて、暗記の問題なのかよ」
法導術――正確には、魔法と、魔導と、魔術を呼ぶときの総称の事だ。
で、それぞれの使い手を魔法士、魔導士、魔術士と呼ぶか、または総称して法導術士とも呼ばれる。
その三つの職業を成り立たせているのは、
『赤』
『青』
『黄』
『緑』
『白』
『黒』
の六つの魔力である。
もっとも、誰にでも簡単に扱えるわけではなく、血に含まれる魔力がすべてを左右するのである。
『赤』の血がまったく入っていないのに、『赤』の法導術が使えるはずもなく、『青』の魔力が濃ければ、必然的に『青』の法導術との相性がよくなるらしい。
そうはいってもこればかりは選べるものじゃない。遺伝と同じく、魔力は、親から子へと受け継がれるのだ。母親と父親の魔力が混ざり、打消し、染まり、薄まっていく・・・その過程で、魔力は高められ、時として弱くなり・・・一つとして同じ色の魔力になることはない。
まぁ、法導術が使えなくても、魔術士の作り出したアイテムを使えば魔力が低い人だって、そこそこ使えるようになるし。
・・・もっとも、いざって言う時に呪文を唱えるだけで片付けられる、魔法士は羨ましいけれど。
そもそも魔力だけが、その人の資質じゃないし・・・法導術を使えないオレが言うと、ちょっと慰めくさいけど。
親父が言うには、オレにはその素質がまるでない。残念なことに、血が打ち消しあってしまったらしい。そりゃ、もう徹底的に・・・これはこれで珍しいらしいけど。どうせ、珍しいなら魔力の最高峰のように極限まで高められた一色の方が使い勝手はよさそうだったのに。
「・・・・・・・・はぁ」
持って生まれた魔力の濃さで決まる魔法士はムリだとしても、努力で技術をカバー出来る魔導師くらい夢見たかったな。
「どうした?ラグアの話なんかしたから、落ち込んだか?・・・も、もしかしてラディスくんってば、実はレイアーとか目指してたりしてた?けど、才能のないことを悔やんで」
「・・・オッズって、妄想激しいよな・・・親戚にデミトロールいるか?」
「うわっ、それは差別だ!別に、デミトロールが妄想激しいんじゃなくて、おれがただ単に妄想が激しいだけなのに!」
「・・・・・そう」
「おう!まぁ、ラディスのゆーとーり、デミトロールの血はバッチリ入ってるけどなぁ~!よくわかったな、すげぇよ、ラディス!お前、やっぱりおれのことを調べ上げてきたんだろう?!くそぉ、どこの手のモノだ?!」
「なぁ、それいい加減やめないか?」
「・・・人生にはピリリと辛いスパイスがあった方がおもしろいだろ?――あっ、あの丸っこい屋根が目的地だゼ!」
げんなりとしたオレの表情を、あえて視界に入れないように歩調を速めたオッズが、ビシリっと、指を指した。その指の先に視線を向けると、いくつかの建造物と、樹木の影に隠れながらも、はっきりとドーム状の建物が見えた。
近づけば、近づくほど、受付の窓から見た通り、何の面白味もない楕円状の建物だった。他の建物と比べて小さめな造り、淡いベージュ色の壁、ドーム状の建物と言うだけで特にインパクトのある建築物ではない。インパクトの点では、幽霊屋敷さながらの外観を誇る寮の方が数段上だった。
しかし、気になるのは・・・入口に続く階段に妙な亀裂が入っていることだろうか。そりゃもう、キレイなV字型の亀裂が。
「・・・・・・・・・・・・・・・なぁ、オッズ」
「あぁ、それか。けっこう最近バルベリドっちゅう教官がブッ壊したところだぜ」
壊す・・・?
どう見ても、叩き割ったと言う感じではない。ぶった斬ったというところか・・・うん、まぁ、セラフィメンズだもんね。教官がそれくらい普通に出来ちゃうよね、きっと。だって、セラフィメンズ学園だもんね・・・・うわぁ・・・・。
引き攣った笑いを喉の奥から絞り出し、教官の爪痕をぼんやりと眺めていると、階段の上から声がかかる。
「ほら、そこの赤毛と黒髪!説明聞くんだろ?入るなら入んなっ!」
威勢のいい女の声だ。
視線を移すと、階段上には魔力石の嵌め込まれた肩当てと、足元までの外套を羽織った二人組みが立っていた。
一人は女性。口の端を愉快そうに吊り上げながら、こっちを見ている。引き締まった筋肉と、両腕に嵌められた鋼のナックル。接近戦向き。どうみても拳闘士系だろう。
もう一人は男で、太陽光を反射する頭が眩しいハゲだ。けれど、目を引くのは額から左頬にかけて走る傷・・・古傷のようだが、左目を完全に潰していた。そして、手にしている杖にも、魔力石が嵌め込まれている。こちらは法導術士のお手本のような見た目だ。なんだオレに対する挑発か?と言いたくなる。
「タラタラ歩くなよ、早くしないとケツを蹴り飛ばすよ?」
ハスキーな声でオレ達を呼んだのは彼女らしい。
「マロート教官、ちーすっ!ついでに、ハルトもちーすっ!」
「あら・・・なんだオッズじゃない?」
物珍しい顔でオッズに声をかける。一方、男の方はオッズを一瞥しただけで、何も言わなかった。そのかわり、他の生徒の誘導を優先させている。
「どうしたの、あんたが今さら説明聞きに来るなんて?」
オッズを見、そしてオレへと、髪と同じ色をしたオレンジ色の目が移された。
「あぁ、新入生のお供か。・・・まぁ、せーぜー寝ないようにちゃんと聞くんだよ?」
なるほど、なるほど。と、一人で納得し、年齢を感じさせない無邪気な笑みを向ける。最初は、親父と同い年くらいに見えたのだが、どうも・・・よくわからない。だいたい見た目通りの年齢が通用する種族なんてオレ等のような平均種くらいのものだしな。
エルフロー族は不老だが短命だし、ドルワーフ族は千年は生きるって言うし・・・まぁ、混血種だっているし。見た目の年齢なんて大したもんじゃないんだけど、やっぱり気になるじゃん。
「っと、そっちの新入生も、自分の耳でちゃんと情報を取り入れなさいね。オッズが頼りになるのは腕っぷしだけなんだから」
「やだなぁ~、そんなにホメるなよ」
褒めてない。褒めてない。多分っていうか絶対褒めてない。そんなに得意そうな顔すんな・・・。見てるこっちがいたたまれないよ、オッズ。
「・・・どうでもいいですけど・・・早く行かないと席がなくなってしまいますよ?メルカーバ君に、ユディット君」
無愛想なツルッパゲかと思いきや、意外に落ち着いた声と、丁寧な言葉遣いで、静かな忠告が投げかけられた。オレ達に向けて細められた隻眼は、意外にも人懐っこい笑みを浮かべている女性と同じ色だった。
「っと、そうだった、そうだった!行くぞ、ラディス!」
教官の言葉に弾かれたように、オッズは駆け足で建物の中に入っていく。
「ちょ、おいっ!オッズ!・・・・あ、じゃあ・・・すいません」
教官達へ一礼をし、急いでオッズの背中を追った。
――・・・名乗りをあげていないのに、名前を呼ばれたことに一抹の不安を抱きながら。
ポツリと、
「ねぇ。あんまり似てないじゃない。おもしろくなーい」
「・・・そうですね。見た目はよく似ているのに、ね」
呟いた教官達の言葉は風にさらわれ、けっしてラディスの耳には届かなかった。