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④ 不安しか無い。

 4


「悪いな、しばらく一人で使ってたもんだから・・・つい」

 

そう言って、ドアから一直線に伸びる部屋――と言っても、一部屋しかないのだが――に通されたわけだが、結構酷い有り様だった。まぁ、男一人の生活などそんなもんだろう。


「あー、その辺に座ってくれよ」


 そう言って、二段ベッドを指差される。寝起きに使っているのか、二段ベッドの下の段は他と比べてキレイなものだった。まぁ、キレイと言っても、人が座れるという程度のことなのだが・・・・それは黙っておこう。

 とりあえず、促がされるままベッドの端に腰掛けた。

 そして、ぐるりと部屋の中を見渡す。男二人で使う分には少し狭いような気もしなくもないが、それはこの部屋に溢れかえっている物のせいかもしれない。

 特に幅を取っているのは、一体何に使うのかも分からない巨大な鉄鎚(スレッジハンマー)だった。

 使い込まれている様子を見ると、飾りとかじゃなくて、武器か?・・・が、いかんせん、その大きさが子供くらいある。それを振り回すとなると相当な筋力が必要とされるような気がするが、どうなのだろう?

 他にも、防具と思わしき革の胸当てや、特に使われた様子のない綺麗なままの鉄の盾、乱雑に散らばった衣類に埋もれている勉強机+椅子と思しき家具が二組。(ひら)きっ放しの収納スペースの中はほとんど空っぽ。

 ちらりと持ち主に視線をやるが、こちらの不躾な視線に気づく様子も無く、


「・・・いやぁ、片付けよう、片付けよう、って思うんだけどよー・・・こうなんていうか、つい、忘れちまうっていうか・・・いや、マジで汚くてワリぃね。今日、来るってわかってたら、片づけくらい先にやっといたんだけどよ」


 せっせ、せっせと床に散らばっている服を掻き集め、空いている収納スペースに放り投げていく。


「この部屋自体は寝ることくらいしか使わねぇんだが・・・なーんか散らかるんだよなぁ」


 相手の言い分に、苦笑いを浮かべつつ、上を見上げる。どうやら、上の段がオレのベッドになりそうだ。まぁ、まずそのベッドを使うためには、上に乗っかっているものを退かさなければならないのであるが。

 見渡せば、この部屋で物に埋もれていないのは、部屋の隅にある水道と、小さなガスコンロくらいのようだ。しかも後者は使った形跡はなさそうだ。

 あとは・・・・――巨大な鉄鎚(スレッジハンマー)以外、特に目立ったものはないが・・・というか埋もれててよく分からない。まず、はじめにやることは片付けになるだろう。


「ハァ――・・・しゃーねぇーか」


 脱力感に苛まれながら、ボソリと呟いたオレの言葉が耳に入ったのか、


「これでも・・・飯食うところが別だから、まだマシなんだけどな」


 と、この部屋の主は申し訳なさそうに頭を掻いた。

 後から気付いたことなんだが、最初見たときは赤い髪を短く刈り込んでいるのだと思っていたが、違っていた。後ろの一房だけ、まるで馬の尻尾のように長い。その長さときたら、膝の後ろまで伸びている。しかし、さほどバラけないところを見ると、香油か何かで固めているようだ。


「あ、パンフに書いてあるけどよ、食堂は下だから。それから、風呂とトイレは部屋出て右の奥な」

「はぁ・・・詳しいっスね」

「まっ、ここに来て結構経つからなぁー・・・っと、そう言えば、えーと、なんて呼んだらいい?ユディット?それともラディスでいいのか?」

「あ、別に気にしないんで、好きなように呼んでください。でも出来ればユディットはやめてください」


 親父(あれ)と同じ苗字など、掃いて捨てたいくらいです。


「・・・――じゃあ、ラディスでいいな!今さら、やっぱり変えてください。とかなしだぞ!おれは変え

ないからなッ!」

「・・・・いや、まぁ・・・言いませんけど」


 ちょっと圧倒されかかっているオレ。

 ・・・ダメだ、このタイプはヤバイ、最悪だ。この妙なテンションの高さといい、人の話を聞いているようで、まったく聞いてないところとか・・・誰かに似ていると思ったら、ヤツだ。・・・――親父、だ。

 ヤバイ、ヤバイ。気を抜くと、殴りかかりそうで、本気ヤバイ・・・。気を引き締めろ、オレ。さすがにルームメイトにいきなり殴りかかるのは、いくらセラフィメンズでもダメだろう。というか、人としてダメだろう。とりあえず、落ち着けー。


「どうしたー?ラディスー?やっぱり気にいらん?もう変えないぞ?イヤでも、呼びつづけるぞ?さっきいいって言ったもんな?な?」

「・・・・・・・落ち着け、大丈夫。オレ常識人、殴るなー、おーし、大丈夫」

「んあ?なんの呪文だ?」

「いえ、別に。・・・・ああ、呼び方はラディスでいいですよ。オレの方はメルカーバさんのことはなんて呼んだらいいんでしょうか?先輩ですかね、やっぱり?」

「・・・ヤだ」

「は?」

「その呼び方も、しゃべり方もイヤだって言ったんだ。おれは、そーゆーカタッ苦しいのってキライなんだよ。さっきみたいに普通にやろーぜ。せっかく同じ部屋なんだからよ」

「いや、でも・・・メルカーバさん、ここの先輩になるわけでしょ?なら・・・」

「おれさー、あんまり年上どーこーとか、身分どーこーって好きじゃねぇーんだよなー。だからさ、そのしゃべり方も無理してんならやめて欲しいなーって思うワケよ。むしろ、フレンドリーに呼んでくれる方が、うれしいというか、自然というか・・・分かる?このおれの自然美あふれる、この気持ち?」


 わかりません。

 なんですか、その自然美って・・・・――などとは、さすがに今の状況下において、言えるほど度胸はない。かろうじて、頷くくらいが関の山だった。


「わかってくれて、おれはうれしい。・・・と、いうわけで、おれのことはオッズ、またはオッズくんと親しみを込めて呼んでくれ。と、いうか呼べ」

「・・・・じゃあ、オッズ・・・で」

「おう。それでいい。だいたい、ラディス、おれの弟と同い年だろ?そんなのに、敬語なんざ使われると、背中がムズムズすんだよな」

「・・・・弟って、新入生なん?」

「んにゃ、実家で鍛冶手伝いをしてら。あ、おれン家、鍛冶屋なんだけどな」

「へぇ・・・それなのに、わざわざ、セラフィメンズに入ったのか・・・何年前にここに来たんだ?けっこう詳しそうだけど・・・」

「二年、あ・・・三年だったか・・・そんくらい?まぁ、すぐにお前もくわしくなると思うぞ。なにせ、このおれが一緒だからな!大船に乗った気でドーンと、大きくかまえててくれてかまわんよ、ラディスくん!」


 得意げに言い放つ相手に、


「・・・・・・・泥舟でないことを祈る」


 ボソリと相手には聞こえない程度に嫌味と皮肉を呟きつつ、心の底からそう思った。


「まぁ、なんだ。なんちゅーか、お互い死なねぇようにガンバろーぜ」


 ニカリ、と、オッズは満面の笑みを浮かべた。愉快そうな口調なせいか、言っていることが洒落にならないはずなのに、随分と軽く思えて仕方なかった。


「そういうわけで、友情の深め合いと、セラフィメンズで生き残ることを願ってランチといこうぜ!おれってば、ほら、小腹がすいてんだ。なんせ寝起きだからな」


 そんなオッズの言葉に、頷きかけた、その時――


『―――説明会の準備が出来ました。これより、このセラフィメンズ学園の仕組みとセフィロートの卵についての講演を第一中講義室で行いますので、皆様のご参加お待ちしております―――繰り返します―――』


 多分、さっきの受付のお姉さん・・・たしかルビールさんと呼ばれた人の声が、廊下に設置してあったスピーカーを通して部屋に響いた。


「あー・・・食事も捨てがたいけど、とりあえず講義室ってヤツに行かないと」


 そう、言って立ち上がろうとした矢先、


「・・・そっかー。でもなぁ、せっかく仲間になったんだし、ここでバイバイも味気ねぇな・・・おおっ!そうか、おれがラディスに付き合ってやればいいんじゃねぇか!先輩として!」


 どんっ、と、筋肉で固められた胸を叩き、オッズはふんぞり返る。さっき、人の間に序列あることが好きじゃないと言ったばかりなのに、先輩風を吹かせているということはいかがなことか?

 まぁ、別にオレは一向に構わないのだが・・・とりあえず疑問は心の内に収めておく。


「どーせ、場所わかんねぇだろ?連れてってやるぜ!ほら、立て!行くぞ!」


 人の手を引っ張りながら、そう促がす。オレも逆らうことはせずに、ベッドから立ち上がった。そう言えば、さっきっからオッズが床に散らばったものを、せっせと片付けていたおかげか、足元には踏み行った時には無かった歩きやすい空間が誕生していた。


「・・・・片付きゃ、片付くもんだなー」


 ボソリと呟いたオレの言葉はオッズに届いたようで、腰に手を当てながら、偉そうに鼻を鳴らす。


「まぁな!腐るものとかはこの部屋においてねぇし、つめこみゃ入るもんよ!」


 ワハハと笑いながら、人の背中をバシバシとイイ音を立てながら叩く。痛い。


「そ、そーだな・・・――あっ!」

「うぉ?」

「なぁ、オッズはここに長いんだよな?なら、わざわざ説明聞きに行かなくても、飯食いながらオレに教えてくれれば、それでいいんじゃ・・・?」

「えぇー?!ラディス、オレに何を期待してるんだよ?んなのムリに決まってんじゃん」

「・・・・・き、決まってるのか?」

「おうさ。あんなムズい説明なんて聞いたってわかるわけないじゃん。あ、でも、わかんなくても大丈夫大丈夫!なんとかなるって、ほら、おれを見てればわかるっしょ!」


 不安も迷いもないキラキラと輝く赤い目を見せ付けるように突きつけると、自信満々に言い放つオッズ。一方のオレは、病気でもないのに何故だか急に頭が痛くなってきた。

 何故だろう、あのクソ親父の前でよく現れていた症状に似ている気がする。

 つまりは、


「・・・・・・究極に、不安なんだが・・・」


 の、一言に尽きるということだ。

 そして、このちょっとの間に分かったことをまとめると、このオッズと言う人、見た目以上に・・・――いや、それ以上は言うまい。初対面の人に対してバカとか思ったらいけないよな、例えそれが事実っぽくても。うん。


「なんか言ったか?」

「い、いや・・・別に」

「まっいいか。と、に、か、く、さっさと講義室までいこーぜ!」

「あ、うん。えっと、案内よろしくッス」

「気にすんなって!おれってば人付き合いを大切にするナイスガイだからよ。それに言ったろ?大船に乗った気でドーンと構えてろって!わはははは」


 引きずられるようにして部屋を後にするオレの心境はもはや散歩を嫌がる犬のよう。

 他の寮生達の奇異の目を向けられながら、オレは静かにこう思った。


 ―――・・・願わくば、この乗り込んだ船に大穴が開いていませんように、と。


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