⑤ やっぱり教官は無茶を言う。
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自己紹介を一通り終えたオレたちは、とりあえず遅めの昼食を摂ることにした。空いていた窓側の四人掛けテーブルに腰を下ろし、それぞれ食事を始める。
オレはというと、『今日のオススメ!セラフィメンズ定食』なるものを、口一杯に頬張った。ナイフを入れた肉からは肉汁がジワワと染み出し、白い皿に広がる。むしゃぶりつくように、齧りつき口の中でその味を愉しむ。臭味消しのハーブと、濃厚な味わいのソースが肉の旨味をさらに引き出し・・・――ああ、まさにオレは至福のなんたるかを知った。
・・・・奇しくも、学食で。
「ラ、ラディス。何も、泣きながらメシ食わんでも・・・」
「今までの悲惨な食生活を思い出すと・・・。あぁ!ここに来てよかった!」
「・・・・・その代償は命か。ふふ」
サラダを突きながら、目の前の美少女は暗い笑みを浮かべた。
いや、出会ってすぐに和気藹々は無理だろうなぁ、とは思っていたけど・・・和気藹々どころか、完全お通夜ムードである。他のテーブルはあんなに笑顔と会話で盛り上がっていると言うのに・・・。
特に、オレとオッズの背後からは、笑い声が絶えない。まったく、羨ましい限りだ。
「あんまり、しょっぱなからイジメんなよ。モグ、別に、んぐ・・・みんな死んじまうわけじゃねぇーんだからさー・・・もぐもぐ、それに、おれはここに三年くらいいるけど、問題ないぜ?・・・・ゴックン」
二皿目を完食したオッズが三皿目に突入しつつ、そう言った。しかし、
「・・・そういうことは、三期生分の点数がちゃんと溜まってから言うべきね」
フンっと、鼻で笑うニネ。ちょっと、この子、性格歪んでない?というか、怖くない?ああ、でもセラフィメンズに乗り込んできちゃうような貴族のお嬢さんってこう言う性格じゃないと、簡単に死んじゃうのかな?・・・まぁ、どーでもいいけど。
「点数なんてなくたって学年は上がれるんだよ!」
「そうね。けど、卒業はできないわね」
「・・・・・・あ。そっか。それはやべぇな。まぁ、ゆーしゅーなおれサマの手に掛かれば、あっという間に点数なんかな、かせげるってもんよ!それに、ほら、やっとこチームメイトも来たことだしよ!」
オッズが一気に捲くし立てる。せめて口に入った物を飲み込んでから言って欲しかったが・・・横に座るオレには被害がないので、許容しよう。
ただ、オッズの大声のせいで一瞬、食堂が静まり返る。
背後の席の笑い声も、止まっていた。そして、
「―――・・・点数稼ぎ、ね」
含みのあるどこかで聞いたハスキーな声が耳朶を打った。
ニネの視線が、オレとオッズの背後に注がれている。どうやら、今の呟きが彼女にも聞こえたらしい。オッズは叫んで満足したのか、三皿目に突入していたが。
で、一瞬の静けさも、すぐに戻ってきた喧騒に飲み込まれていった。
「ねー、例の件どうするー?」
その中、よりハッキリと背後からハスキーな声が聞こえる。むしろ、オレ達の耳に入るように、わざと声を大きくしているとしか思えない口ぶりだ。
「例の?ああ、アレですか・・・生憎と私の教え子達にはまだ荷が重過ぎますよ。さすがに、ギルドで手におえないものを任せるほど私は無謀じゃないので・・・――バルベリドの所にまかせられないでしょうか?ほら、ザドキエルのチームなら」
二人組みらしい。しかも、男と女の組み合わせ。うん、どっかで聞いた声だ。しかも、どっかで聞いた名前も。
「いや、あのチームにはザライの遺跡を課題として与えたって言ってたから、無理じゃない?バルっちのことだから「今さら変更は困る」とか何とか言ってさ~」
「ザライ、ですか・・・確か、俗悪竜が出たんでしたっけ?」
「そうそう。いくら学園への依頼がタダだからってさ~。・・・まったく、俗悪竜相手にタダ働きなんてカワイソーだって。ギルドに依頼すれば一ヶ月は楽に暮らせる額だわよ?」
確かに。――カリカリと漬け物を齧りながら、心の中で頷いた。
俗悪竜・・・つまり、毒と瘴気を撒き散らす最悪竜。ドラゴン族の中じゃ、ランクは低いが・・・その性質は残忍にして残酷。普段は沼地かなんかに生息してるんだが、たまぁに、なにかの拍子に人の味を覚えた俗悪竜がワラワラっと出てきたりする。
一匹見たら三匹は出る。死ぬ気でかかれば倒せない事も無いが、なるべくお目にかかりたくない相手である。・・・カワイソーどころの話じゃないと思うんだが・・・・・。
「課題ですからね・・・。ここに入った者なら・・・分かっているでしょう」
「まぁ、ね。――って、違う違う。問題はザドキエルんとこのチームじゃなくて、屍喰鬼の巣をどーするか、だったじゃない。実際に何人だっけ?行方不明者?」
「正確な数は把握されていませんよ。しかし、相当な数のギルド関係者が呑まれているらしいですね・・・。それなりのチームでなければさすがに無謀かと」
「それなり、か・・・そーねぇ、他に任せられそうなチームは・・・――」
そう言って、その声は言葉を切る。そして、気配が動いた。
「折角だからオッズんとこでやんない?」
ぬっと日に良く焼けた腕が、背後から伸びる。そしてそのまま、隣りに座るオッズの首に回された。オレンジ色の瞳と一瞬視線がかち合い、悪戯を思いついた悪ガキのような表情を浮かべて、マロート教官は唇を楽しそうに歪ませた。
「・・・・――ブハッ!」
固まっていたオッズが思い出したように、盛大に噴出す。
恐らく、食べることに集中していて、マロート教官が後ろにいることすら気付かなかったんだろう。ゴフゴフっ、と耳まで真っ赤に染めながら咽ている。
「なるほど・・・メルカーバ君のチームですか。確かに適任かもしれませんが・・・しかし、三人チームとは心許無いですね。・・・他のチームと合同は?」
「人数を増やせばなんとかなるモンじゃないっしょ。それに、ほら・・・学園から行方不明者が増えると、アタシ等が出ないといけなくなるじゃん」
「・・・・・そうですね。それは得策ではないですね」
マロート教官に抱きしめられたままの、オッズは固まったように動けないが、まぁ・・・なんというか、教官二名はそんないたいけな生徒を視野にも入れず話を進めていたが、
「我々の一存で生徒の課題を決めてしまうのは・・・問題ですね。生徒の意思を尊重しましょう。・・・・出来るだけ」
マロート教官を傍目で眺めがなら、向かいの席に座ったままのハルト教官が肩を竦めた。
「そーねぇ。――・・・栄えあるセラフィメンズの生徒よ、どうかなー?」
そう言って、再びこちらに目を戻す。
「そ、その前に・・・マロート教官、首・・・離してくれよ」
「何よ、このアタシに抱きしめられるなんて至福でしょうが」
「マロート。馬鹿な真似してないで、話を進めて下さい」
豊満な胸を強調するように体を反らしたマロート教官に、呆れ口調のハルト教官が深い溜め息をこぼした。
「はいは~い。で、どーすんのよ?もちろん、アタシの頼みを断るわけないわよね?」
妖艶とも無邪気とも呼べそうな笑みを浮かべ、解放したオッズの頬をぷにっと突く。が、
「えー?グールの巣だろ、ウジャウジャいるところなんてヤだぜ、おれ」
「あっさり断るわねぇ。む~・・・けっこー高い点数を加算してあげるわよ、ほらオッズってば万年最下位は脱出したくない?」
「うっ、それは・・・」
あっさりと断ったわりには、マロート教官の切り返しによって言葉に詰まるオッズ。そうか、万年最下位だったのか。・・・納得していいのか、オレ?!でも最下位のくせに三年間もここに生き残ってるっていうのは凄いのかも・・・うーん。などと、オレが考えていると、
「・・・屍喰鬼退治が課題の内容と解釈してよろしいのですか」
食後のお茶を啜り『我関せず』と、いった雰囲気を醸し出していたニネが口を開いた。
「出来ればまぁ、そうね。無理そうだったら中の様子を報告だけでも十分だわよ」
「・・・そうですか。それならば、ワタクシ達だけでも十分ですわ。セラフィメンズに入学した時からそれ相応の覚悟は皆さんしていると思いますし、調査報告だけならばなんとかなりましょう。それに初課題とはいえ、頼もしい殿方が御二人もいらっしゃいますから、大事無いでしょう・・・」
作ったような笑みを浮かべて、ニネがそう言った。・・・しかし、前髪に隠れた目は少しも笑っていないんだけれど。
「だ、そうだけど?頼もしい殿方は、どうするの~?」
明らかな教官の挑発。乗るのはバカのすること、だ。
「うぅ・・・っ!チームメイトがやる気だってのに、断れますかってんだ!」
・・・・・・・・・・・・・・・バカのする・・・・・ゴホン。
「ふふふ、オッズならそう言うと思ったわ。じゃあ、この件・・・あんた達のチームに任せるわね?今さらイヤだ、なんてナシよ?」
「あの、オレはまだ何も言ってないん――」
「――・・・ポトゥルカ城、昔はそう呼ばれていたようです。しかし現在は廃城。故に、不死者等の住処となっているようです」
口の端を吊り上げて笑うマロート教官に噛み付こうとしたオレの言葉は、ハゲ・・・もとい、ハルト教官が口を挟む事によって、あえなく打ち消されてしまった。
「・・・くれぐれも無理をなさらないように。少しでも、負担を感じたらすぐにでも引き返しなさい。死んでしまっては取り返しがつきませんからね」
「・・・・いや、だから、あの、オレの意見は・・・?」
「場所はここから北西ね。地図にも載っているから大丈夫だと思うけど。あそこまでは、歩いて半日、馬車なら二時間ってところかしら? 飛竜の免許はもってないわよね? なら学園の馬車を貸したげるわ」
「ゲートは使えねぇの?」
「使ってもいいけど・・・帰りは歩きよ?」
「あー・・・そっか。まぁ、しかたないんじゃねぇ?みんなもそれでいいよな」
同意を求めておきながら、オッズの視線はニネにだけ注がれ、オレは無視。これは故意か!?もう、絶対に故意ですよね!?
「オーケーオーケー、じゃあ食べてるとこ悪いんだけど、転送円の使用許可書発行してあげるから、ちょっと教官室まで来てくれる?」
マロート教官の言葉が終わるよりも先に、オッズはテーブルの上の料理を無理矢理口に押し込んで平らげた。
「もふ、いへふ。・・・ゴックン。おっしゃ!二人はここで待ってろな!いってきますー」
「ちょっ――・・・!?」
「・・・それでは、私は転送円の準備をしておきましょう。十五分もあれば用意できると思いますが・・・。ふむ、まぁ・・・そちらの準備が整い次第でいいでしょう。ただし、あまり遅いと迎えに行きますから、そのつもりで」
抗議の声を上げようと立ちあがりかけたオレを手で制したのはハルト教官だった。丁寧な口調のわりに内容は完全な命令形だ・・・おそろしい。
「いや、あの・・・だから、オレは」
「ああ、そうそう、遅刻は減点対象ですので気を付けて下さいね」
人の(主にオレの)話は聞く気はないと、それだけ言うとハルト教官はさっさと食堂を立ち去ってしまう。続いて声をかける暇もなく、オッズとマロート教官もヒトの波の中に消える。
完全にタイミングを奪われたオレは立ち上がろうとした姿勢のまま、その場で石像のように固まっていた。
――・・・・言わせてください、ハルト教官。
行動が早いのは美点かもしれないですよ、でもそれはオレから見たら、欠点ですよ。っうか、せめてオレの話を聞いてから行ってくれよ、頼むから。ハゲめ。
しかも、オレの目を見ないように、思いっきり背けていやがったし・・・入学早々イジメか?これは?ここまで清々しいほどに、蔑ろにされたのは、はじめて――・・・じゃぁない。
こんなもので、打ちひしがれていたら実家では生きてはいけないだろう。
走馬灯のように思い出すと、泣きたくなるので、記憶を打ち切り、オレは椅子に座り直して冷えたスープを一気に飲み干した。
「・・・・・・・ラディス」
と、前方から感情の読み取れない声がかけられる。しかし、今のオレにはどんな慰めの言葉も届かない・・・例え、目を見張るほどの美少女の言葉だとしても。
「なんだよ・・・?もう、ほっといてくれよ。どーせ、オレの意見なんて誰も聞いてないし、別に聞いてもらわなくてもいいし、留守番してればいいだけのことだし・・・・――」
「・・・・貴方が来ないと外の課題が出来ないの。お願いだから逃げないでね」
猛禽類を思い出させる金茶の目が、つぃ、と、細められた。
「それに、持ち点0で減点なんて・・・命は無駄にしたくないでしょ?」
意気消沈したチームメイトに慰めの言葉をかけるどころか、桜色の唇から出たのは、強迫とも言える脅し文句・・・・いや、事実なんだろうけど・・・。
大きく溜め息をこぼし、項垂れるように頷く。
――オレの至福の一時は、そうして呆気なく終わったのであった。
あぁ、オレってばとても可哀想。




