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塔の魔女

 そうして、とりとめもないおしゃべりをしながら塔を上っていったふたりだったが、てっぺんに近づくにつれ、次第に口数は少なくなった。反対に、カラカラ、コロコロという音はだんだん大きくなった。

「ついたわ」

 姫は上方の質素な扉を指さした。

「ここを開けると、例の小部屋よ」

「そうですか。では、どうぞお先に」

「わたしの盾になる話はどこにいったのよ」

「レディファーストです」

「紳士を気取るならドアを開けて」

 若者はフッと肩をすくめた。

「冗談ですよ。ふざけるのはこれが最後になるかもしれないので」

 片手に剣をかまえ、ドアに手をかける。

「敵を無為に刺激したくはないので、そっと入ります。安全が確認できるまでは、入って来ないでください」

「わかったわ。気をつけて」

 若者は小さく微笑み、扉を開けて小部屋に入った。

 カラカラ、コロコロという音は途切れることなくつづいていた。

 ゆっくり部屋を見回すと、陽の差し込む窓のそばで、くるくると糸をつむいでいる若い女がいた。すぐに攻撃してくる気配はない。若者は意を決して女に近づいた。

「いらっしゃい。待っていたわよ」

 女は顔を上げ、若者に微笑みかけた。まれにみる美女であった。よぼよぼのおばあさん魔女がいると思っていた若者は意表を突かれ、つい気が緩んだ。

「こんにちは、ミス。もしかして、どこかでお会いしませんでしたか?こんな美人、一度会ったら忘れるはずはないんだが」

「面白いことを言ってくれるのね。だとしたら、とてもロマンチックな話だわ」

「間違いなく、とても運命的な出会いですね」

「ちょっと待ったー!!」

 扉のかげに隠れていた姫が、疾風のごとく飛び出してきた。

「あんた正気なの!?この女、悪い魔女かもしれないのよ!」

「でも、美人ですよ」

「美人かどうかは関係ないわ!それに、魔法で姿を変えているだけかもしれないじゃない」

「ううん、それもそうだ」

 若者は美女にむかって問いかけた。

「失礼ですが、あなたは悪い魔女ですか?」

「ちがうと思うわ」

「魔法で見た目を若く見せていたりは?」

「いいえ。これが本当の姿よ」

「なるほど。そうでしたか」

 若者は姫に向き直る。

「本物の美人だそうですよ」

「初めて会った人の言葉をどうして鵜呑みにするの」

「初めて会った気がしないんです」

「何を取り入ろうとしているのよ」

「いや、そうじゃなくて本当に」

 若者は思い出そうとして首をひねった。

「えーと確か……あっ、わかった!村人ですよ。この城に来る途中、道を教えてくれたんです」

 女は微笑んだままうなずいた。

「その通り。人食い鬼や幽霊のうわさも教えてあげたはずよ」

「そうでした、いやあ、すっきりしましたよ。その節はお世話になりました」

「どういたしまして。無事にたどりついたみたいでよかったわ」

「おかげさまで。しかし、どうしてあなたがここにいるのですか?」

「もういいわ。わたし、帰る」

 姫はへそを曲げ、部屋を出ようとした。

「あっ、ちょっと待って」

 女は慌てて呼び止めた。

「ごめんなさい。あんまりかわいらしい反応をするから、ついからかってしまったわ。でも、あなたが起きるのをずっと待っていたのよ。ね、こちらに来て座って。お話しましょう」

 姫のくちびるはまだとがったままだったが、しぶしぶすすめられた椅子に腰かけた。若者もそれにならう。

女はうなずくと、戸棚からティーセットを取りだし、ポットに茶葉を入れて傾けた。すると、お湯を入れていないにもかかわらず、紅茶が湯気を立ててカップに注ぎ込んだ。

「ローズティーよ。熱いから気をつけて。さて、何から話したらいいかしらねえ」

「あなた、魔女なの?」

 姫はぶっきらぼうにたずねた。

「ええ、そうよ。でも先に断っておくと、あなたに呪いをかけた悪い魔女ではないわ」

「じゃあ、善良な魔女?」

「そうよ、といいたいところだけど」

 魔女は糸巻き棒をくるくると回した。

「あなたが100年の眠りにつくきっかけをつくってしまったから、善良とはいえないわね」

「じゃあやっぱり、あの時のおばあさんが……」

「ええ、わたしよ」

「どうして若返っているの?」

「とっておきの美容法があるの。あとでこっそり教えてあげる」

「遠慮するわ。なんか実用的じゃなさそうだし」

「あらそう。でも、10年待っても理想の王子様が現れなかったら、きっと役立つと思うけどな」

「なんでその話を知ってるの!?」

「ここの階段、音がよく響くのよ」

 魔女はにっこりと姫に微笑みかけた。姫も若者も、居心地悪そうに座りなおす。

「100年前、わたしは王妃様に頼まれてここで糸を紡いでいたの」

「えっ、お母様に?」

姫はティーカップに口をつけ、「アチッ」といって舌を出した。

「そう。あなたが生まれたときに、わたしも洗礼式に招待されて、そこで贈り物をした。それから仲良くなったの」

「贈り物って?」

「悪い魔女があなたに死の呪いをかけたあと、100年間の眠りになるように魔法をかきかえたの」

「命の恩人ではないですか」

 若者が頓狂な声を上げる。

 しかし、姫はむくれたままである。

「どうせなら呪いをきれいさっぱり打ち消してほしかったけれど」

「その通りね。だけど、悪い魔女の力は強大だったから、わたしの力ではあれが精いっぱいだった。ごめんなさいね」

「……もういいわ。すんだことだし。でも、どうしてそこまで親切にしてくれたのに、よりによってこの城で糸つむぎをしていたのよ」

「王様が、国中の糸車を焼き払ってしまったでしょう?王妃様はドレスを作って着飾るのが何よりも好きな方だったから、それがすごく不満だったみたい。ある日、物置に古い糸車がひとつだけ残っているのを見つけて、わたしにここでこっそりと糸をつむぐようにおっしゃったの。断れなかったわ。王妃様の、なにより大切なお友達のたっての願いだったから」

「お母様ったら、わたしを外出禁止にしておきながらそんなことをしていたのね」

「あまり悪く思わないで。王妃様は、塔の扉にはしっかりと鍵をかけて、侍女たちがあなたをつねに見守るようにという配慮をなさったのよ」

「なるほどね。おかげであの人たちを撒くためにあちこち走り回って苦労したわ」

「それに、おかげでたくましく成長なさいましいた」

 若者が口をはさむと、姫はじろりとにらんだ。

「ところで、わたしがここにたどりついたとき、扉に鍵なんかかかっていなかったわよ」

「それが、ちゃんと注意していたはずなのに、その日にかぎって誰かが鍵をこっそり持ち出して錠を開けてしまったらしいの。あとからわかったことだけど。おそらく、悪い魔女が一枚かんでいたんだと思うわ」

「だけど、小部屋に入ったとき、あなたはわたしを追い出そうとしなかったわ。だから成り行き上、あなたが悪い魔女なんじゃないかという話が出て……」

「よーく思い出して。あなた、あの時は給仕の少年に扮装していたのよ」

 姫は「アッ」と小さく息をのんだ。

「そういえば、たまに変装して使用人たちの目をくらますこともあったかな」

「わたしもひとりでずっと糸繰りし通しで疲れていたから、ちょうど手伝ってくれる人がほしいなと思っていたところだった。それで、つい気が緩んであなたを糸車の前に立たせてしまったの。だけど、まさか壊されるとは思わなかった」

「だって、糸がからまっちゃって!」

 魔女は懐かしむように苦笑した。

「ええ、ええ。わたしの教え方が悪かったのよ。たったひとつしかない大切な王室の品が壊れてしまって、王妃様になんてお詫びしようとかとすごく焦ったわ。あとでよく考えたら、魔法で直せばすぐたったんだけど。でも、それよりもっと大変なことが起きていることに気づいた。バラバラに壊れた糸車を拾おうとして木片に指を刺したあなたが、急にばったり倒れてしまったのね。もしやと思って帽子をとって顔をよく見たら、あろうことかお姫様だった。本当に、心臓が止まるかと思ったわ」

 姫はきまり悪そうにうつむいた。

「呪いの発動を手助けすることになってしまって、わたしは罪悪感でいっぱいになった。だけど、起きてしまったことはどうにもならない。わたしにできたのは、王妃様と姫様の立場がまずくならないように状況をつくりかえることだった」

「王妃様が糸繰りをさせていることは、王様には秘密でしたものね」

 若者の言葉に魔女はうなずく。

「わたしはまず、糸車を魔法で元通りに修理した。お姫様が壊したなんて、あまり知られたくないだろうと思ったの。そして、姫様にちゃんとしたドレスを着せて、この小部屋に横たわらせてから、城の使用人たちにベッドに運ばせた。出かけていた王様と王妃様が城に戻ってくると、わたしはどんな罰も受ける覚悟で、事実をちょっと捻じ曲げて、すべてはわたしひとりがやったことだと打ち明けた。王様はたいへん落胆なさったけれど、姫様が死んだのではなくちゃんと息をして、眠っているだけなのを確認してひとつ安心した。そして、王妃様の口添えもあって、遅かれ早かれ姫様はこうなる運命だったと思うことにして、わたしを罪に問うことはしなかった」

「あなたは、姫様の命を救った恩人でもありますからね」

「王妃様もそういって王様を説得なさったわ。だけど、わたしは気が重たいままだった。それから、姫様を目覚めさせようとあれやこれや手を尽くす王様と王妃様、それに使用人たちを見て、この城じゅうの人を100年間眠りの魔法にかけることを決意したの。みんなが姫様を大切に思っているのが伝わってきたから。大掛かりな魔法だったけれど、仲間にも手伝ってもらって、城じゅうの人も動物も花も家具でさえも眠らせて、よそ者が侵入してこないようにいばらで周りを囲った。まあ、事件のあらましはこんな感じよ」

 魔女はティーカップのお茶をひと口飲んだ。

「ほかに、何か聞きたいことは?」

 若者が手を挙げた。

「あなたが悪い魔女ではなさそうだということはわかりました。しかし、なぜ今もこの塔にいるんですか?」

「いろいろと負い目があったからね。お城が荒らされていないかしょっちゅう様子を見に来ているの。城の外で村人のふりをして変なうわさを立てることもあったわ」

「人食い鬼や幽霊が出たり、魔女のサバトが開かれているといったうわさですね」

「あら、最後のやつは村人たちが勝手に言い出したのよ。まあ、ごくたまに仲間たちを呼んで宴会をすることもあったけれど」

「なんですって!?」

 姫は目を丸くした。

「たまによ、たまに。みんな城のことを心配して集まってきているようなものだから、そこらへんはちょっと多めに見て欲しいわ」

「あら、そう。だったらいいけど」

 姫はふと、魔女が手にしている糸巻き棒に目を止めた。

「それ、何のためにやっているわけ?」

「暇つぶし。100年もじっと待っているだけじゃ、退屈すぎるもの。それに、王妃様が喜ぶかと思って。ほかにも、機織りや刺繍や服の仕立てもやっているわよ」

「あなた、もしかしてお母様のお抱えの仕立屋だったりする?」

「よく憶えていたわね。あなたが小部屋に現れるまで、ほとんど面識はなかったと思うけど」

「魔女に、美女に、老婆に、村人に、仕立屋……いったいいくつの顔をお持ちなんですか」

 若者が興味津津でたずねる。

「必要なときに、必要なだけ」

 糸繰女は微笑して出来上がった麻糸の束を取り外した。

「あなたたちに着てほしい服があるの。仕上げにサイズを調整するから、試着してみてくれない?」

 仕立屋は大きな衣装ダンスから衣装箱を2つ取りだし、1つを若者に渡した。

「男子はひとりでも着られるでしょう。悪いけど、部屋の外でお願い」

「私はこう見えて大したお金を持ち合わせていないのですが」

「見たままじゃない。いいの、お代はいらないわ。わたしからのプレゼント」

「はあ、そうですか」

 若者はいわれるがまま、部屋を出て扉を閉めた。

 ふたりきりになると、魔女はにっこりと満面の笑みを浮かべた。

「ついにこの時が来たわ」

 姫は本能的に身の危険を感じた。

「ど、どういうこと?まさか、わたしひとりなら楽に始末できるっていうんじゃあ……」

 姫は服の下に隠し持っていた透明の小ビンを握りしめた。

 魔女は大笑いした。

「まだ疑っていたのね。大丈夫、さっき話したことに嘘はないわ。あとそのビンの中身は聖水じゃなくて香水だけど、わたしにふりかけるのは勘弁してね」

「ど、どういうことよ」

「さっきの彼に道を教えてあげたときに、お守りだといってわたしが渡したの。ま、これ以上ないほど有効に活用したみたいでよかったわ」

 そして、気合いを入れて腕まくりをした。

「さあ、後ろを向いて。あんまり抵抗するとうっかり磔の呪文を唱えちゃうかもしれないから、そのつもりでね」

「わ、わかった。自分で脱ぐから待って」

 姫は慌ててドレスを脱ぎ捨てる。

「下着もこっちに交換してね」

「なにこれ?」

「あなたが眠っているあいだにできた新しいタイプの下着よ。コルセットというの。さあ、腕を広げて」

 魔女はコルセットのひもをぎゅうっと締め上げた。

「イタタタ!そんなにきつくしたら死んじゃうわ!」

「こうすると体形がきれいに整うんですって。しばらく我慢して」

「まるで拷問だわ。誰がこんなもの発明したのよ」

「いつの時代でも、女性たちは美しくあることに余念がないのね。ほら、少し緩めたわよ」

「まだ苦しい」

 魔女は無視して、自らが仕立てたドレスを姫に被せた。純白の生地はところどころ手の込んだレース編みになっており、金銀の花模様の刺繍が施されていた。姫は息苦しさも忘れて、美しいドレスに見とれた。

「こんな素敵な服、着たことがないわ」

「それはそうでしょう。このわたしの自信作だもの」

 魔女は姫の腕を上げ下げし、腰の位置などを確認した。

「……ねえ、参考までに聞きたいんだけど」

「あら、何かしら?」

「さっき言ってた、とっておきの美容法というやつよ」

「なあんだ、やっぱり気になっていたんだ」

 魔女はドレスの背中のひもを結んだ。

「それはね、恋をすることよ」

「なんだつまらない」

「つまらなくはないでしょ。恋しい人を想いながらおしゃれをするのは、精神的にとても若々しいことじゃない?」

「そんな精神論じゃなくて、もっとおどろおどろしいことを想像していたわ。たとえば、若返りの薬を飲んだとか、誰かから精気を吸い取ったとか」

「やあねえ、そんなことしてないわよ。ただ、わたしほど見違えるには、恋だけでは不十分ね。さあ、次はこの靴を履いて」

 姫は宝石の縫い取られた銀色のハイヒールにつま先を入れた。

「やっぱり。悪魔と取り引きをするのね」

「違うったら。とても簡単なことよ」

「本当?」

「ええ。特別な道具は必要ないわ」

 姫は期待を込めて魔女を見た。

「川で洗濯をするのよ」

「洗濯?」

 姫は耳を疑った。

「そう。水のきれいな川で、ジャブジャブ洗って、叩いて伸ばしてぎゅーっと絞るの。仕上げは天日干し」

「そんなことで若返るっていうの?」

「もちろんよ。嘘だと思うなら試してごらんなさい」

「洗うものは何でもいいのかしら?ハンカチとか、小さいものの方が楽でいいわ」

「あら、何を言ってるの?もちろんあなた自身を洗うのよ」

「わたしをですって!?」

「ええ。命の洗濯っていうやつよ。でもひとりでは無理ね。力のある人に思いっきりやってもらわないと。とくに、絞り上げるところは重要だわ。体にたまっていた老廃物や毒素を一滴残らず外に出すために。それから、あたたかな陽の光を2,3日浴びれば、ふっくらしてくるわ」

「ありえない。ふつうの人ではとても耐えられないわ」

「やってみないとわからないじゃない。実は最初にこの方法を考え出したのはわたしなの。城の周りをうろついている人食い鬼を追い払おうとしたら、油断して捕まっちゃってね。川でもみ洗いされているうちに思いつたの。きれい好きな人食い鬼で幸運だったわ。もちろん、そのあと敬意を表しておいしくいただいたわよ」

「あきれた。人食い鬼も災難だったわね」

「でも、おかげでいい商売ができたわ。次々に命の洗濯を希望する魔女が現れてね。洗濯してあげたお礼に、高級な糸や織物や宝石をもらったわ。世間ではしわくちゃのおばあさんのほうが権威があるなんていわれているけど、今じゃこの一帯の魔女の肌年齢は20代前半まで下がったんだから」

 そして、魔女は姫の肩をポンと叩いた。

「うん、さすがわたし。すべて思い描いたとおりぴったりよ!」

 魔女は満足げにうなずくと、今度は杖を取り出して姫の髪の毛にふりかざした。すると、髪の毛はひとりでにするすると編みあがっていく。あっというまに、姫の長い髪は毛糸玉のようにきれいにまとまった。

「あとはアクセサリーね」

 魔女が机の上にかぶせてあった布を取ると、銀のネックレスと、真珠の耳飾りと、宝石のついたティアラが現れた。

「すごい!魔法ってこんなこともできるんだ」

「これはもともと用意しておいたの。魔女たちが支払った対価の中から、えりすぐりのものをね」

 魔女は豪華で気品あふれる装飾品を姫につけさせた。

「ちょっと派手すぎない?」

「よく似合ってるわよ」

 魔女はにっこりと笑った。

 そのとき、バルコニーに通じる扉をコンコンと叩く音がした。

「あら、誰かしら」

 魔女が扉を開くと、大勢の女性たちが詰めかけていた。ほとんどが三角帽子を身に着け、黒いマントを羽織り、ほうきを持っていた。全員は乗り切らないので、ほうきに乗ったまま宙に浮いているものもいる。

 姫はびっくりして言葉が出なかった。ポカンとその光景を見つめた

「こんにちはー!ねえねえ、お菓子持って来たよ。パーティしよう!」

 先頭に立っていたオレンジ色の髪の少女が、元気よくそう言った。

「ごめん、今取り込み中だからあとにして」

「ああそう。じゃ、あたしたち先に下でおっ始めてるから」

「だめ、絶対だめ。これからが大事なところなんだから」

「ええーっ。この城貸し切り状態だからいつでも好きに騒いでいいって言ってたじゃん」

「ああもう、余計なこと言わないでよ」

 魔女は気まずそうにうしろの姫をふり返った。

「うわあ、だれ、その子?すっごいかわいい!お姫様みたい」

 オレンジ髪の少女は、ぴょんぴょんと飛び跳ねるように中に入ってきた。

「みたいじゃなくて、お姫様よ」

「どこからさらってきたの?きっとすごく高く売れるだろうなあ」

「人聞きの悪いこと言わないで。彼女はこのお城のお姫様よ」

「まっさかあ。あたしの知ってる姫様は、もっと幼くて少年みたいな子だったよ。それに、目じりのほくろがキュートで……」

 オレンジ髪の少女はそこで、はたと姫を見つめた。

「目じりにほくろがある!!ってことは、本物!?」

「さっきからそう言ってるじゃない。眠りに就いてから100年が経って、呪いが解けたのよ」

「本当なんだ!よかったね姫様、おめでとう!」

 すると、大勢の魔女たちがどやどやと駆け寄ってきて姫をもみくちゃにし、「おめでとう」と声をかけたり、「いいわねえ」とドレスや宝飾品をなでたりした。

「ちょっとあなたたち、いい加減にしないと磔の呪文を唱えるわよ」

「やれるものならやってみなよ。1対11じゃ、勝ち目はないだろうけど」

「た、たすけて」

 姫はやっとのことで叫んだが、体はまるで思うように動かない。

 そのとき、「バン」と勢いよく階段側の扉が開いた。

「貴様ら、何をしている!姫様から手を離せ!!」

 勇敢にも剣を構えて飛び込んできた男に、魔女たちはあっけにとられた。姫は隙をついて群れから這い出た。

「よかった、助けにきてくれたのね王子……」

 男のごつい手が、姫を助けおこす。

「姫様、お怪我はありませんか?」

「ええ。大丈夫よ」

「よかった。もしも姫様に何かあったら、王様に顔向けができません」

「ご苦労様。下がっていいわ」

「ですが、あいつらを捕えねばなりません」

「いいの。ほんのちょっと礼節を欠いただけだから」

「しかし、磔にするとか聞こえたんですが……」

「いいって言ってるでしょ!みんなわたしのお友達なの。これ以上何か言ったら、あなたを降格させるわよ」

「申し訳ございません。こんなにたくさんのご友人がいたとは知りませんでした」

 近衛隊長はこうべを垂れた。

「癪に障る言い方だわ」

「しかし、あなたは本当に姫様なのでしょうか?わたくしの知る姫様は、もっと子どもっぽくて少年のような方で……」

 姫ににらまれ、近衛隊長はすごすごと引き下がった。

「そこにいるんでしょう?出てきなさいよ」

 姫は扉の陰に向かって言った。

「嫌です。なんだかお怒りのようなので」

「当たり前でしょ。さっきはわたしの盾になってくれるっていってたのに、どうして自分から来てくれなかったのよ」

「着替え終わって下でうろうろしていたら、目を覚ました彼に会ったんです。危うく捕縛されそうになったので、事情を説明してここに連れてきました。そうしたら姫様の叫び声がして、彼が真っ先に駆け込んでいったんです。実際、私よりも頼りになったでしょう」

「だけど、あなたへの信頼は失われたわよ」

「安全第一です。私ではなく、姫様の」

「顔が見えないと、よけいに説得力に欠けるわ」

「いいんですか?もしも姫様がつかみかかってきたら、私はひょいとわきによけますよ。姫様は階下まで真っ逆さまです」

「その作戦は相手の不意をつかなければ意味がないんじゃない?」

「おや、よく気がつきましたね」

「また馬鹿にして」

 姫はつかつかと扉に近寄った。

「仕方ない。降伏です」

 若者は扉の陰からそっと姿を現した。

 姫は息を止めた。そこには、姫が夢の中で何度もいっしょにダンスを踊った理想の王子がいた。

「こんなの、詐欺だわ」

「どこでそんな言葉を覚えたんですか」

「だって、さっきまで羽振りのいい乞食みたいなかっこうだったのに」

「そんなふうに思っていたんですか」

 王子は照れくさそうに片腕で緋色のマントを広げた。それは裏地にもつる草の刺繍がほどこしてある立派なものだった。清潔感ただよう白いシャツの上に来たベストにも、そろいの刺繍がしてあり、金の飾りボタンがついていた。すぼまったズボンはすらりとした足をより引き立たせ、革のブーツに吸い込まれている。

「こんな豪勢な服は着たことがないから、落ち着きません」

「でも、ずっとよくなったと思うわ」

「それはどうも。姫様も、とてもきれいです」

 王子は姫の頭でななめになっていたティアラをなおした。

「では、どうぞ」

 王子は両腕を広げた。

「ど、どうぞって?」

 姫は心臓の鼓動が大きくなるのを感じた。

「もう逃げも隠れもしません。姫様のこぶしを全力で受け止めますから」

 姫の心臓から押し出された血は瞬く間に頭に上った。

「地の底まで落ちればいいわ!」

 姫が力の限りど突くと、若者は「わーっ」と悲鳴を上げながら勢いよく階段を転がり落ちていった。

 パンパンと手を払って振り返ると、部屋にいた全員が姫を見ていた。

「な、なによ?わたしが悪いっていうの?」

「彼の発言にも問題はあったけど」

 魔女は肩をすくめた。

「下手したら死ぬわ」

 近衛隊長は腕を組んで感心した。

「あの男、宣言どおり全力で受け止めていきましたな。なかなか、骨のあるやつです」

 オレンジ髪の少女はやれやれと首を振った。

「あそこまでいったら、胸に飛び込んで抱き着いちゃえば丸く収まったのに。やっぱり姫様は子どもだねえ」

「どうせわたしはわがままな小娘よ!116歳のね!」

 姫はいじけて窓のカーテンにくるまった。それきり、何も言わない。

「もう、あなたたちのせいでせっかくのおぜん立てが水の泡よ。100年かかって準備してきたのに」

 魔女はため息をついた。

「ほら、解散。このままじゃ姫様がいつまでも出てこられないでしょう」

 こうして、姫をのぞく一同は名残惜しくも部屋を出ることになった。



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