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そんな呑気な会話を繰り広げている間に、化物の堪忍袋の緒が切れてしまったようだ。
化物は雄叫びを上げて腕の触手を振り下ろしてきた。
途端に昨日の破壊力を思い出す。
あんなのに当たったら俺たち死んでしまうぞ!
だが、そんな俺の焦りなど知らずに、沙里ちゃんは妙な呪文を唱えた。
沙里ちゃんの詠唱が終了した時、俺と沙里ちゃんを取り囲むように透明な壁が現れた。
触手はその壁に当たると、強い反発力で反射する。
化物は後ろに引きずられた触手によって仰向けに倒れてしまったのだった。
「す、凄い……」
沙里ちゃんは咳を一つし、眉をきゅっと引き締めた。
これから説明が始まるのだろう。
俺も当然のごとく、真剣な表情を作った。
「いい? 琴未ちゃん。もうこれっきりにしてね」
「うん」
「じゃあ、まず変身の呪文があるんだけど、私に続いて復唱して」
そう言うと、沙里ちゃんは呪文を言い始めた。
俺もそれを彼女の言うとおりに復唱する。
ちょっと恥ずかしさを覚えた呪文だったが、この姿だとお似合いな可愛らしい呪文だった。
それを唱えた瞬間、俺の体が光に包まれる。
「お……おおお!」
俺の体が光のベールに包まれる。
球体の中に取り込まれてしまっているようで、光のせいで外が見えない。
光は物理的な壁になっているようで、俺が叩いてもビクともしなかった。
「ほえー凄いなあ……って何だ!?」
突然、俺は涼しさを覚えた。
気になって体を見た時、俺は驚きの声を上げてしまった。
「は……裸になってる!?」
そう、俺は一瞬のうちに裸になってしまっていたのだ。
俺に露出狂のたぐいはない。
ましてや、マジシャンでもない。
いきなりに、俺が意識しないうちに裸にさせられていたのだ。
小さな腕で俺は恥ずかしい場所を隠してしまう。
だが、その間に頭上からとんでもない物が降りてくる。
それは、琴未のサイズに合った衣装だった。
どこから召喚されたのか、物理法則を無視した衣装はゆっくりと俺に下がってくる。
見上げて衣装を確かめると、それは昨日、琴未が化物と戦っていた時に着ていた服と同じだった。
白を基調とした色合いだが、腕の周りや腰回りなど、原色系が使われておりカラフルに色付けされている。
とてもファンシーな大きく広がったフリフリのスカートは、通常ならコスプレイヤーぐらいしか着ないだろう。
胸の辺りにリボンが装飾されているのも、可愛さをアピールしているポイントの一つだった。
無意識に、俺は降りてきた衣装を避けてしまった。
衣装は当然のごとく下へと落ちて地面でくしゃくしゃになるはず……だと思っていた。
しかし、地面に付く瞬間に衣装は舞い上がって再び俺の頭上へと移動する。
「な……なんだよ」
再びゆっくりと下降してくる衣装を、俺はまたしても避ける。
衣装はまた地面とすれすれの距離で、空に上がっていった。
いいだろう。俺は何度でも避けてやるぞ。
何故かムキになった俺は降りてくる衣装を本気で避け始める。
それはファンシーな衣装に身を包まれるのが恥ずかったのかもしれない。
四、五回ほど衣装と格闘していた。
六回目も、俺は当然衣装を避ける。
すると、いつも通りに衣装が地面スレスレで止まる……はずだった。
しかし、衣装は俺の目線でピッタリと止まった。
「……え?」
衣装は生きているかのように袖を振り回して怒りを表現しているようだ。
い、衣装が生きているのか!? あり得ない!
しかし、昨日からあり得ないことの連続で何となくこの状況を受け入れている自分がいる。
衣装は突然スピードを早めて俺に迫ってくる。
そして、袖がひとりでに動き出して俺の顔を叩いたのだ。
衣服で叩かれるのは意外と痛い。
俺は今日、このことを知った。
「ぶっ!」
その隙に、衣装が俺の頭上から被さっていく。
俺の体は衣装に飲み込まれ、そして頭からすっぽりと抜け出してしまった。
裸だった俺はファンシーな衣装に身を包み、同じくファンシーなスティックを手に持っていた。
先っぽに天使の羽と輪っかの装飾品が付属しているスティックは、これも昨日の琴未が持っていたものと同じだ。
名前は確か、エンジェルロッドとか言ってたっけ。
全ての準備が整ったと言えばいいのだろうか。
俺を包んでいた光の球体は弾けて飛び散った。
光のシャワーみたいに降り注ぐ光の欠片によって、俺の登場は幻想的になっていた。
変身が無事に完了したということだが、沙里ちゃんは依然として不安げな表情を浮かべている。
「琴未ちゃん……今日はやけに時間がかかったね」
「え!? ああ……この服から逃げてたからかな」
「え! 何で逃げたのよ!」
「ちょっと……着るのが恥ずかしかったから」
目を点にして驚いている沙里ちゃんに向かって、俺は伏せ目がちに呟く。
沙里ちゃんもそれは理解できるのか、微妙な唸り声を上げて腕を組んでしまっている。
とにかく戦えるようになったんだ。これからは沙里ちゃんを守らないと。