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「さて、私たちも帰ろうか。沙里ちゃ――」
その時、沙里ちゃんが俺の腕を掴んだ。
何があったのかと彼女の顔を見たが、彼女は真剣な眼差しで俺を見つめていた。
下手すると怒っているんじゃないかと錯覚させられるほどの真剣な目つき。
俺は何も言えなくなっていた。
「琴未ちゃん。やっぱり昨日の怪物だよ」
「あの……触手のお化けのこと?」
「うん。昨日は仕留めそこなったけど、今日なら大丈夫だよね?」
「……え?」
「何とぼけてるの? この世界へ逃亡してきた犯罪者を修行ついでに捌く。これが魔法少女として、琴未ちゃんに課せられた使命なんだよ」
ず、随分と壮大な話だったんだな。
面食らっている俺に沙里ちゃんも訝しんでいるが、彼女は俺の腕を引っ張って歩きはじめる。
目的地は決まっている。あの公園だ。
目的地まで歩いている時、沙里ちゃんは俺に話しかけた。
「昨日はごめんね琴未ちゃん」
「え?」
「私もいれば、琴未ちゃんが苦戦することもなかったんだよね」
「そ……そうなの?」
「結界を張る役目がいないせいで本気が出せなかったんだよね? 大丈夫、今日は私がいるから思う存分戦えるよ」
ああ。いつもは結界があるのか。
そこで怪物と戦って倒すことで、周りの被害を抑え、通行人の記憶にも残らないようにしてるのか。
でも、昨日の琴未はそんなことおかまいなしだったような気がするのは俺だけだろうか。
とにかく、俺は沙里ちゃんに半ば強制的に公園へと連れられてしまったのだった。
公園にはまだ人がまばらにいた。
夕日も落ちてないし、学校帰りの子どもたちが遊ぶにもうってつけの場所だから人がいなくなるのは夜になるだろう。
「人がいるけど、どうするの沙里ちゃん?」
「大丈夫。任せて」
そう言って、沙里ちゃんはおかしな呪文を唱え始めた。
彼女の呪文はまるで頭に直接訴えかけるようにガンガンと響いていく。
妙な気持ち悪さを感じながら、俺は頭を抑えて沙里ちゃんの呪文が終わるのを待った。
呪文のおかげか、まばらだった人々は無意識の内に公園から出ていく。
あの人たちは自分が操られているとは分からずに公園から逃げているのだろうか。
人々がいなくなったことを感じとったのか、沙里ちゃんは口を閉じてこちらに微笑みかけた。
「これで準備万端だよ、琴未ちゃん」
「あ、ああ……」
本当に人っ子一人この公園からいなくなってしまった。
先ほどまでささやかながら賑わっていた公園だが、今は閑散としている。
夕方の公園とは思えないほど人気が無く、少し怖いという感情が出てくる。
しかし、そんな感傷に浸っている暇はなく、噂の怪物は姿を現した。
怪物は昨日間近で見た時と同じ、両手両足が触手のようにうねりを上げ、胴体に顔がついているという奇怪な姿だった。
沙里ちゃんは怪物を睨みつけた後、俺の背中を押す。
今の俺はボクシングの試合前にセコンドからエールを送られている選手のような感覚だった。
戸惑いながらも、俺は沙里ちゃんの力に抵抗する。
「な、何なの沙里ちゃん!?」
「ほら、魔法少女の出番だよ」
「え!?」
「え、じゃないよ。早く変身して」
肝心なことを聞きそびれていたのかもしれない。
俺は琴未に魔法少女に変身する術を全く教わっていなかったのだ。
つまり、今の俺は単なる女子小学生と何ら変わりないということだ。
俺がモタモタしている間に、化物は狂喜の雄叫びを上げる。
どうやら、今まで黙っていたのは自分に襲いかかってくる相手が誰か分からなかったみたいだ。
そして、それが昨日逃した獲物だと気付き、化物は喜んだらしい。
さすがに様子がおかしいと思ったのか、沙里ちゃんは深刻そうな表情で俺を見つめた。
彼女の期待に応えられないことに罪悪感と敗北感を味わいながらも、俺は苦笑することしかできない。
ごめん、沙里ちゃん……。
「琴未ちゃん、どうして変身しないの?」
「あ……アハハ。ちょっとど忘れしちゃって……」
琴未らしく、ふざけた感じで沙里に言い訳を話す。
すると、沙里ちゃんは俺に対して失望したかのような憂いの表情を浮かべてため息をついたのだった。
「琴未ちゃん……最近戦ってなかったせいだよ」
「アハハ……面目ない」
「もしかして、昨日遅かったのもどこかでサボったから?」
「いやーちょっと記憶にございませんねー……」
「……はぁ。先が思いやられるよ」
よし、今のは琴未らしいと思うぞ。
彼女には悪いが、琴未はサボってたせいで戦い方を忘れたバカということにしておこう。
これもお前が入れ替えたせいだからな。自業自得だ。