5
いつもとは違う方向から朝の日差しが降り注いでいる。
目覚まし時計の音もいつもと違ったベルの音が鳴り響いている。
柔らかな枕とベッドの気持ち良さに酔いしれながら、騒音にたまらず俺は目を開けた。
まだ重たいまぶたをこすりながら、ベッドから起き上がった俺はまず自分の体を見下ろした。
しかし現実は非情だ。
俺の体はまだ琴未のままになっている。
桃色を基調とした線のチェック模様のパジャマを着ている俺は、改めて姿見で自分の姿を映す。
ロングヘアーの髪は寝返りのせいでボサボサになっており、あちこちにはねてしまっている。
パジャマも寝相が悪かったのか、かなり着崩しているように見えてしまう。
正面を止めていたはずだったボタンはすでにいくつか外れており、そのせいで肩からずり落ちている。
「……ん」
何となく恥ずかしさを覚えた俺はパジャマを引っ張って着直す。
しかし、この体のせいか朝が凄く重たい。
先ほどから何度もあくびをしてしまい、ベッドが俺を誘惑している。
今頃俺の体になっている琴未は気持ちのいい朝を迎えていることだろう。
「琴未ちゃーん、朝だよー」
いつもの日常なのだろう。
沙里ちゃんがドアを開けて琴未の部屋へと入ってきた。
彼女もまた長い髪をしているのだが、もう手入れを済ませていた。
一つ一つが糸のように繊細でそよ風に吹かれるだけで動きだすであろう彼女の髪の毛。
琴未の髪の毛は沙里ちゃんのように細くなく、どちらかというと少し固いように思う。
だからこんなに寝癖がついてしまっているのだろう。
髪だけでなく、服装もすでに昨日とは違うワンピースを着こなしているだけあって準備は万端だろう。
そんな彼女は俺の姿を見て珍しいとでも言いたげな視線を送った。
「どうしたんだ沙里ちゃん?」
「琴未ちゃんがちゃんと起きてるなんて珍しいねえ」
「お……わ、私だってやるときはやるんだよ」
「そのやる気は怪物退治に発揮してもらいたいって思うな。とにかく、朝ごはんできてるから早く食べよう?」
冗談を言いながら、沙里ちゃんは朝ごはんの準備を済ませたとの連絡をしてくれた。
小学生だよな、この子。
沙里ちゃんのポテンシャルの高さに感心しつつ、俺は彼女に笑顔で頷いた。
起こしに来ただけだったようで、沙里ちゃんは俺の返事を受け取るとドアを閉めて部屋から出て行く。
さて、俺も早く着替えないと。
俺はパジャマを脱ぎ、下着姿へとなる。
しかし、そこで問題が発生した。
俺の目の前にある脱衣カゴの中には、大量の私服が入れられている。
これらを使うわけにはいかないだろう。
下着姿で若干寒いが、俺は今日着る私服を探すべくタンスの中を探ってみる。
「……ない」
本当は昨日来ていたデニムのスカートとかズボンがあれば良かった。
だが、タンスの中に入っている服はどれも昨日まで男だった俺には難易度の高い衣装ばかりだった。
スカートを手にするが、丈が短すぎる。
次にデニムのスカートよりは丈が長いロングスカートを手に持つ。
だが、俺は本物のスカートを履くほど女の子に慣れてないため却下。
というか、琴未がスカートを好まないからタンスの中がスカートだらけになっているわけで。
琴未が着てそうな衣服は全て脱衣カゴにボッシュートされているのだろう。
となると残っているのは、昨日着ていたデニムのスカートとジャケットになってしまう。
眉間にしわを寄せながら、俺はそれらを見つめた。
「……昨日着てた服だけど、女の子的に大丈夫なのだろうか」
大体服は毎日取り替えるものだろう。
おしゃれに気を使う女の子なら、尚更だ。
「……まあいいか」
こうなったのも琴未のせいだ。
彼女にこの後どんな評価が下ろうともしょうがない。
恨むなら入れ替えた自分を恨めよ、琴未。
俺はベッドの横にある昨日着ていたスカートとTシャツ、それにジャケットを無造作に掴み、着替えた。
昨日着ていた服だったから、着替えることは至って簡単だった。
昨日とほぼ同じ格好になった自分を姿見に映し、身だしなみを整える。
ちゃんと着こなしているか不安だが、あまり沙里ちゃんを待たせるわけにもいかないだろう。
俺は勉強机にあるリュックを取って片方の肩に背負い部屋のドアを開けたのだった。
階段を下りる度に、俺の嗅覚が家庭に支配されていく。
卵焼きと味噌汁が入り混じった、実に日本的なフレーバーに俺のお腹も空腹を訴える。
リュックを玄関先に置いて、俺はリビングへと向かう。
そこには銀色に光り輝いている白米と、卵焼き、味噌汁がテーブルに並べてあった。
すでに沙里ちゃんは椅子に座っていたので、俺はその向かい側へ椅子に腰掛ける。
「い……いただきます」
今、小学生の手作り朝ごはんをいただくことになる。
俺は敬意を払って、恥ずかしながら手を合わせた。
久しぶりにこの言葉を喋ったせいか、ちょっとだけ懐かしさを覚える。
沙里ちゃんはニコニコの顔を崩さなかったが、あることに気がついて頭を傾げていた。
「ねえ、それ……昨日の服?」
「え!? あ……アハハ。今日の朝見たら着るものがなくって」
「もー、ちゃんと洗濯しに来ないからだよー」
「ご、ごめん」
「帰ってきたらちゃんと洗濯物、持ってきてね?」
「はーい……」
何故俺が注意されなければならないのか……。
あのガサツ女子小学生琴未に後で怒ってやろう。
朝食を味わう時間はあまりない。
朝は学校がある。
いつもこの二人は遅刻していないのだろうか。
沙里ちゃんが毎朝起こしに来ること、目覚めた時の体のダルさから、琴未が朝に弱いのは明白だ。
……もしかして、琴未って朝食取らずに学校に行ってるわけじゃないよな?
そんな考えが頭に思い浮かびながら、俺はすばやく朝食をお腹へかきこんでいく。
俺からしたら大したことない量でも、この小学生の体だと十分過ぎる量だったみたいだ。
満腹感に満たされながら、俺は終わりに手を合した。
「ごちそうさまでした」
その後は早かった。
食器を片付け、沙里ちゃんが皿洗いする。
それが終われば俺たちは玄関前で靴を履き始めていた。
不意に、沙里ちゃんが俺の頭を指差した。
「琴未ちゃん、今日はポニーテールにしないの?」
「え? ……あ」
すっかり忘れてしまっていた。
普段髪なんか結ばないからそのままにしていたのを沙里ちゃんに指摘されてしまった。
というか、俺はポニーテールの結び方を知らない。
どうすればいいんだ……。
髪をいじって慌てている俺に、沙里ちゃんが近づく。
そして、ポケットに持っていたゴムひもを使って、俺の髪をまとめ始めてくれた。
「琴未ちゃんはおっちょこちょいなんだから」
「えへへ……ごめんね」
「いいよ、別に。……はい、できた」
沙里ちゃんはものの数秒でポニーテールを作り上げた。
こんなに早く出来るものなのだろうか。
後で調べておかないと。
いつまでも沙里ちゃんに任せっきりだったら怪しむかもしれないし。
高校生の俺では考えられないようなサイズのシューズを履き、俺は沙里ちゃんと共に外への扉を開け放った。