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「はい! 今日はこれで終わり! 各自しっかりと勉強しておくよーに!」


 俺の一言で、目の前で机に向かっていた女子小学生の一人は大きなため息をつく。

 そして、彼女は目を閉じて大きく背伸びをしたのだった。

 まるで子猫のような猫撫で声を発しながら、その少女は、今度は腑抜けた声を発した。


「ふへぇ……やーっと終わったあ……」


 そそくさと勉強道具を片付け始める女の子。

 彼女は勉強中に見せていた重たい目なんか忘れたみたいに、ウキウキとした表情を見せている。


「……君は俺とのお勉強がつまらないのかな!?」


「うん。あんまり面白くない」


「お前な……勉強というものはそういうものなんだぞ」


「えー、教え方が下手くそなだけなんじゃないのー?」


「うぐっ……お前な……!!」


「でもね、勉強は勉強でも、私、あの勉強なら興味あるなー」


「ほ、ほう? それは何だ?」


 彼女は俺に対してジト目で見つめ始める。

 その動きで、彼女のトレードマークである小さなポニーテールが揺れた。

 まだあどけなさが残っている女の子が睨みつけても怖くない。

 というか、少しだけ可愛いと思ってしまう自分がいる。

 しかし、そんな可憐な表情を見せている少女の口からとんでもない言葉が発せられるのだ。


「イ・ケ・ナ・イお勉強♪ もちろん、かけると一緒にね!」


琴未ことみ! 大人をからかうもんじゃないぞ」


「えー、だって年そんなに変わんないじゃーん」


「高校生と小学生くらい年の差があるわっ! 俺とお前だと七・八歳くらいは離れてるはずなんだぞ!!」


「これがオトナの世界だったら三十路と二十歳の恋みたいなもんじゃない。安心して! そんなに変わらないよ! 年の差年の差!」


「大人と子どもは違うんだよ!!」


「へー。……これを見ても、かな?」


 琴未ことみは俺の欲望を試しているかのように、椅子に座っている自分のデニムスカートをすこーしだけめくり上げた。

 そんなことをしても俺には無意味だ。無意味だが、目線はどうしても琴未ことみのスカートの中を覗こうとする。

 それでなくても、彼女の健康的なふとももが八割型見えてしまっているのに。

 つまり、デニムスカートは短く、下半身を守る役割をまったく果たしていないのである。

 しかし、めくり方のせいで、中はまだ暗闇に満ちていたのだった。

 これもいつものお遊びだ。

 彼女はいつも先生の俺をからかって遊んでいる。


 最初出会った時、彼女は俺にガムをくれた。

 ボトルガムじゃない、長方形型のガムが何枚か入っているやつだ。

 俺は無意識にそのうちの一枚を取ろうと手を伸ばした。

 すると、俺の親指の爪が悲鳴を上げた。

 そう、俺はガムパッチンに引っかかったのだ。

 それ以来、引っかかりやすい人間だと思われたのかこういう遊びを平気でするようになったというわけだ。


「止めなさい。まったく……」


「残念でしたー、このスカートはズボンになってるんですー」


 クククッと小馬鹿にしている表情を見て、やはりこの子は色々と疲れると思った。

 態度もそうだが、仮に教えに来ている自分を呼び捨てするとは……。

 本来なら怒ってやりたいところだが、最近は少し叱っただけでも親からのクレームが凄いということであまり怒らないようにするのがセオリーとなってしまっている。

 勉強するようにと怒っただけで、次の日から職がなくなっていたという怖い噂を友人の友人から聞いたこともある。

 くうう……、俺にもう少し威厳があればなあ……!


 そんな俺の様子を見かねたのか、もう一人の女の子が彼女を制止し始めた。

 暴れ馬と言っても過言でない琴未ことみとは対象的な、おっとりとした表情の女の子。

 彼女を象徴している長い髪は、絹の糸のようにサラサラと彼女の動きに反応していた。


琴未ことみちゃん。かける先生に失礼だよ」


 諌める少女には逆らえないのか、琴未ことみは口を尖らせながら彼女に不満を漏らす。


「ぶうー、沙里さりちゃんってかけるにちょっと優しくない?」


「せ、先生なんだから当たり前だよ……」


沙里さりちゃんも一緒にやってみようよ!」


「な、何を……?」


「スカートめくり」


「それは私たちがやられる方じゃないのかな……?」


「おっ? やって欲しいのかな沙里さりちゃんは」


「嫌に決まってるよー……」


 何を言っているのかと、沙里さりは呆れながら琴未ことみとの会話を続けている。

 勉強が終わっても、数十分はこうしたやり取りがあるのはいつものことだった。

 性格が正反対の二人が、どうして一緒に勉強を受けているのか。

 俺には知らない世界が二人の中にあるのだろう。

 小学生なんてそんなものなのかもしれない。

 まあ、こっちは二人の成績が上がればいいだけだしな。

 幸い、二人の素質は十分あるようで、俺が家庭教師についてから成績は上がっている。


かけるかける!」


「何だ琴未ことみ?」


 二人の関係が何であろうと気にする必要はないってわけd――ぶっ!

 一人夢想しているうちに、琴未ことみは大胆なことをしてしまっていた。

 なんと、沙里さりのスカートをめくり上げていたのだ。

 琴未ことみのデニムスカートはほとんど意味を成さない代物だったが、沙里さりちゃんのは別だ。

 彼女は所々にフリルが装飾されているワンピースだった。

 だから、スカートの部分が膝下まで来ている。

 もちろん、見たくて見たんじゃない。

 見えてしまったのだ。彼女の純白の……。


「きゃああああ!」


 顔を赤らめさせて、沙里さりちゃんはすぐにスカートを抑えた。

 それから、涙目で俺を見つめ始めた。


かける先生……見ました?」


「えっ!? いやぜんっっぜん見てない! 神に誓うよ!!」


 いたたまれなくなって、俺は沙里さりちゃんから目を逸らしてしまう。

 琴未ことみとは対象的なこの子は、いつも琴未ことみの被害者となっていた。

 先程も考えたが、そもそも何で彼女と琴未ことみが仲良しこよしなのかが理解できない。

 どう見ても仲良くなるタイプ同士じゃないだろう。

 沙里さりちゃんは琴未ことみに怒ることがあっても、毎度ため息をついて無理やり自分を納得しているようにも見える。

 そんなに嫌なら付き合い止めればいいのになあ。


沙里さりちゃん。かけるは見てたよ。しましま模様のパンツをね」


「え? 何言ってんだよ彼女のは――っ!」


 俺はそこで口をつぐむ。

 恐ろしい少女だ、琴未ことみというのは。

 まるで探偵みたいに、敢えて間違っている情報を提示することで相手のミスを誘う。

 こういうことがあるから、彼女はまったく侮れない女の子なのだ。


 ニヤニヤとした表情を崩さない琴未ことみ

 俺が見ていたという事実を知っている。


「やっぱり、見てたんですね先生……! 酷いです。幻滅します!」


「見たんじゃない! 琴未ことみが見せつけたんだよ!」


「安心して沙里さりちゃん! ここの法律って女の子の方がゆーぐーされてるって聞いたことがある! だから早く訴えよう!」


「変なことには詳しいんだなお前は……」


 く、またしても琴未ことみに弱みを握られてしまったのか。

 自分の不甲斐なさをあざ笑うかのように、琴未は俺に頭を差し出しながらはしゃいでいる。


「えへへっ、偉いでしょ。ほめてほめてー」


「誰がほめるかっ! ちゃんと沙里さりちゃんに謝りなさい!」


「ちぇー……。ごめんね沙里さりちゃん。やり過ぎちゃった……」


 憎まれ口を叩きながらも、琴未ことみはちゃんと沙里さりちゃんに謝った。

 どんなに悪ふざけをしていても、俺が叱ったら彼女はそれに従ってくれる。

 最近にしてはまだいい子なんじゃないかと思う。

 ……そもそも、その悪ふざけがなくなればいいと思うが。


 沙里さりちゃんは最初から許しているようで首を横に振って遠慮していた。

 彼女も優しすぎるとは思う。

 だけど、その優しさが琴未ことみの支えになっているんじゃないかと、たまに思う。


 二人の微笑ましいやり取りを眺めながら、俺は勉強道具を持ってきていたカバンにしまい込んだ。

 いつまでもここで時間を潰しているほど、俺はヒマじゃないのだ。


「ちゃんと復習はしておけよ」


「はーい。沙里さりちゃんと今日のことについて復讐しておきまーす」


「何言ってるのか大体理解できる自分が悲しいよ……」


 こんなに俺に対してバカにした態度をしている琴未ことみ

 だが、一応先生として見てくれているのか、琴未ことみ沙里さりちゃんと一緒に玄関前まで見送りに来てくれている。


「じゃ、またな」


かけるー、さようならー」


 Tシャツの上からデニムのジャケットを羽織っている琴未ことみは、有り余った元気で俺に手を振る。

 本当に俺のことを見下しているのなら、お見送りもないはずだ。

 多分、ガムパッチン含めた行為はあの子なりのスキンシップなのだろう。

 そう思うと、彼女も可愛く見えてくるじゃないか。

 ……そう思ってないとやってられないというのもあるが。

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