箸休め 語源百景 中国篇
『亡霊葬稿シュネヴィ』内で解説した通り、「玉石混合」や「玉にきず」の「玉」は玉を指しています。よく「壁」と間違われる「完璧」の「璧」も、玉で作られた器のことです。欠点がないものの代名詞に使われていることは、いかに中国の人々が玉を特別視していたかを物語っています。
前漢時代の地方王国・楚の王は、玉で作られた棺に納められていました。しかも楚王の亡骸は、4000枚以上の玉で覆われていました。
プレート状に加工された玉は、約1.5㌔もの金糸で繋ぎ合わされていたと言います。当時、中国の人々は、玉には死者を不死の世界に導く力があると信じていたそうです。
前漢は中国の古代王朝の一つで、楚王が埋葬された当時は景帝が治めていました。景帝は前漢の六代目皇帝で、「三国志」で有名な劉備玄徳が先祖と吹聴していたことでも知られています。
玉の棺に入った王は、他の地方王国と共に反乱を起こした人物です。結果として前漢に敗れた彼は、景帝に自害を命じられたと言います。
玉が珍重されるのは、何も古代に限った話ではありません。現代でも中国の人々は、良質の玉を黄金のように取り扱っています。
特に中国が経済発展を遂げた昨今、玉の値段は高騰の一途を辿っています。良質の塊がなかなか発見されなくなったこともあり、過去に作られた玉製品には数百万円の値段が付けられています。
「玉石混合」や「完璧」のみならず、私たちが普段使っている言葉には中国を起源にするものが沢山あります。そこで今回の箸休めでは、意外と知られていない中国産の言葉を紹介していきたいと思います。
「矛盾」や「蛇足」が中国の故事に由来するのは有名ですが、「助長」もそうであることはあまり知られていないのではないでしょうか。多くの場合、悪いことを促進すると言う意味で使われるこの言葉は、中国の書物「孟子」の一篇「公孫丑」に由来します。
昔々、田の稲が伸びないことを心配し、苗を引っ張った男がいたと言います。男自身は稲の成「長」を「助」けたつもりでしたが、無理に力を加えられた苗は全て枯れてしまったそうです。
同じく「孟子」の一篇「梁恵王」に由来する言葉に、「五十歩百歩」があります。大差がないことを意味するこの言葉は、梁と呼ばれる国の恵王と、孟子の問答の中から生まれたそうです。
自身が善政を行っていると自負する恵王は、国民の数が隣国と大差ないことを疑問に思っていました。なぜ国民が増えないのか問い掛ける彼に、孟子はこう訊いたそうです。
戦場で50歩逃げた兵士が、100歩逃げた兵士を笑ったらどうですか?
孟子の例え話を聞いた恵王は、「50歩だろうが100歩だろうが逃げたことに変わりはない」と答えました。
彼の言葉を聞いた孟子は、遠回しに100歩逃げた兵士が恵王であることを告げました。つまり恵王自身はマシなつもりでも、傍から見たら他者と代わり映えしない。彼が優れていると疑わない政治も、実際には隣国と大差がなかったのです。
しなくていい心配を意味する「杞憂」も、春秋戦国時代の書物「列子」に由来する言葉です。何でも「杞」と言う国の民に、天が落ちて来ないか「憂」いている人がいたことから誕生したと言います。
作者が大嫌いな「推敲」は、「唐詩紀事」と言う書物に由来します。
唐の時代、賈島と言う詩人が、「僧は推す月下の門」と言う句を思い付きました。ところが彼は時間が経つ内に、「推す」を「敲く」に変えたほうがいいのではないかと考えるようになりました。以来、詩句や文章の完成度を高める作業を、「推敲」と呼ぶようになったと言います。
ちなみに最終的に採用されたのは、「敲く」のほうです。悩める詩人にアドバイスした韓愈は、後に賈島の師になりました。
出来が悪いことを意味する「杜撰」は、「野客叢書」と言う書物から誕生しました。
曰く「杜」黙と言う詩人の作品には、詩の決まりに合わないものが多かったと言います。いつしか人々は彼の名前に詩や文を作ると言う意味の「撰」を付け、出来が悪いものの代名詞にしたそうです。後世まで「烏撰」などと言う言葉を残さないように、作者も気を付けたいところです。
このように誰かを反面教師にすることを「他山の石」と形容しますが、これも「詩経」と言う書物に登場する言葉です。
「他の山」から出た粗悪な「石」でも、高価な玉を磨くことは出来ます。転じて他人のつまらない行為を、貴重な糧にすることを指すようになったそうです。
詩経は中国最古の詩集で、紀元前10世紀頃から編纂されたと考えられています。王朝で言えば周の時代で、当時には既に玉が貴重なものと言う認識があったことになります。事実、『亡霊葬稿シュネヴィ』作中でも触れましたが、長江文明の遺跡からはホータンの玉を使用した遺物が見付かっています。
今回紹介した言葉のように広く知れ渡ることを意味する「膾炙」も、「林朴詩集序」と言う書物から発生した言い回しです。「膾」とは魚や肉を細かく切ることで、一方の「炙」は焙った肉を指します。
現代でも言えることですが、焙った肉や魚の切り身は多くの人々に愛されています。もれなく「世間に広まり」、「多くの口に親しまれる」味覚は、やがて沢山の人が知る話題に使われるようになりました。
何と中学で使っていた資料集を参考にしてしまった今回の箸休め、いかがだったでしょうか。最近は「ミニマリスト」や「断捨離」などと言った単語ばかりが持て囃されていますが、案外、捨てられない病も役に立つものです(笑)
参考資料:常用国語便覧
(株)浜島書店刊
地球ドラマチック「玉の衣をまとった王~古代中国の栄枯盛衰~」
2016年2月6日放送 放送局:NHKEテレ




