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③調教タイム♡

「無理すんなよ、カラダが火照ほてって仕方ないんだろう?」

 タニアはシロの全身を舐めるように見回し、低く呟く。

 シャワーをぶっかけられた際に濡れたバスタオルが、なまめかしくシロの胴体に貼り付いている。ほくほくと立ち上る湯気を見る限り、あんまんをし上げるほどの高温が肌をかしているはずだ。


「小生意気な尻しやがって……!」

 薄く透けた尻を垣間見たタニアは、辛抱(たま)らずシロのバスタオルをめくる。シロはハッと息を呑み、バスタオルの裾を押さえるが、意味はない。たちまちふっくらした太ももが覗き、タニアの口から甲高かんだかい口笛が飛び出す。B級映画のチンピラみたく。


「いやっ、触らないで……」

「そんな甘い声出したんじゃ、おねだりしてるようにしか聞こえないぜ?」

 消え入りそうな声で拒絶するシロが、タニアの全身にむず痒い電流を走らせる。脳髄が甘美に痺れ、鼻息が天井知らずに荒くなっていく。

「こっちがお留守だぜ!」

 本能の赴くままに宣告し、タニアは素早くバスタオルの胸元に手を滑らせた。

 シロが裾を引っ張る力を利用し、撮影時にしか浴場での着用が許されない邪魔者を一気に引きずり下ろす。合意もなく生まれたままの姿にされたシロは、両手で胸を、組んだ足で下半身を隠した。見る見るシロの顔が真っ赤に染まり、無駄な抵抗と自覚しているかのように悲痛な叫び声が轟く。


「らめぇ! 見ないでぇ!」

 必死に裸体を隠そうとするシロを援護しているのか、BPOへの配慮か、何だか今日に限って湯気がいい仕事してやがる。


 甘噛みを誘うかのように、形の整った鎖骨――。


 くびれているとまでは言えないが、もどかしくカーブした腰――。


 絶妙なチラリズムでR指定な感情をあおるだけあおっておいて、ALOVE(あらぶ)る的な箇所はちっとも見せない。さては円盤での解禁待ちか?


「お楽しみはこれからだぜ……」

 タニアはシロを羽交はがい締めにし、元の椅子に送還していく。道中、シロは拒絶の言葉一つ発さずに、自由気ままな湯気をあおいでいた。覚悟を決めたにしてはハイライトのない眼差しに、タニアの鼓動は高鳴っていく一方だ。

「いい心掛けだ」

 従順な態度を賞賛し、タニアはシロを椅子に座らせる。力の抜けた尻が座面に落ちると、ギロチンが首を切断したように鈍い音が響き渡った。


 さあて、どうしつけけてやろうか……。


 淫猥いんわいにほくそ笑み、タニアはシロの背後に腰を下ろす。


「安心しな、すぐによくしてやるよ……」

 シロの耳元に囁き、タニアは備え付けのシャンプーを手の平に出した。

 軽く両手を擦り合わせると、たちまち指の間から純白の泡がこぼれ落ちる。同時に爽やかな花の香りが広がり、MAXまで病んでいた心を多少健全な方向に戻した。

 両手を包み隠すほどの量になったのを見計らい、泡をシロの頭に乗せる。米をぐようにスナップをかせ、ごわごわした髪を掻き回していく。毛を固めている土埃のせいか、刺激臭さえ漂わせる汗のせいか、アフロ状態だった泡は見る間にしぼんでいった。メレンゲのように白かった色も、すっかり濁った黄土色おうどいろになっている。


「……お前、どんくらい風呂入ってないの?」

 シャワーの湯加減を調節する傍ら、タニアは恐る恐る訊いてみる。シロはまぶたの泡が目に入らないように注意しながら、斜め上に視線を向けた。

 一本、二本、三本――。

 シロの指が勢いよく倒れ、あっと言う間に両手がカンストする。あろうことか足の指まで使い始めた奴に対して、タニアの衛生観念は卒倒寸前だ。髪と言うボットン便所に突っ込んでしまった指を、今すぐ消毒液に浸けてしまいたい。


「はんと……」

「言うんじゃねぇ!」

 シロの回答をシャウトで掻き消し、タニアは奴の口にシャワーをねじ込んだ。そんな答えを聞いたら、手を切断せずにはいられなくなるではないか。

 喉に雪崩なだれ込む水流に呼吸を封じられたか、うがいを強制されたシロは滅茶苦茶に手足を振り回す。鏡に映った光景に適切な題名を付けるなら、「魔女裁判」だ。

 シロの顔が青白くなるにつれて、口角からこぼれるだけだった水流が鼻の穴からも溢れ出す。そろそろ命のロウソクが鎮火されそうだ。ここいらで手打ちにしてやるとしよう。


 寛大なタニアは無神経な発言を許し、シロの髪にシャワーを戻した。

 腰を入れてシロの頭を揉み洗いすると、たちまち排水用の溝が汚水に満たされていく。ケミカルな油膜が漂う水面は、化学工場的な臭いを漂わせている。下水が逆流したかのように濁った排水口には、虫食いだらけの枯葉が浮いていた。

 額に血管が浮くほど力を込めても、接着剤のようにこびり付いた土埃が取れない。この素手で漆喰しっくいを剥がしているような感覚――少しでも気を抜こうものなら、即生爪を持って行かれるだろう。ざらざらと指の腹を研磨するような手触りは、あばら屋の砂壁すなかべに他ならない。


「やっぱ、一度くらいじゃダメか……」

 たまらずボヤくと、タニアは黒ずんだ手ではなく、肘で額の汗を拭う。

 風邪で一日二日入浴しなかっただけでも、結構髪はべとつく。ましてやシロは足の指まで動員しても数え切れないほどの日数、お風呂と疎遠だったのだ。一回や二回洗った程度で綺麗になるはずがない。これは思っていたより重労働になりそうだ。


「よぉし……!」

 自分自身にかつを入れ直し、タニアは深く息を吸う。

 シャンプーを出す→泡立てる→洗い落とす――と、「ベターキッド」の修行っぽく三連動作を繰り返す。上げっぱなしの腕がダルく重くなると共に、床の水溜まりに大粒の汗がしたたる。ランニング中のように息が乱れると、うなじに呼気を吹き掛けられたシロが、くすぐったそうに背筋を震わせた。


 うどんを練るようにこね回した甲斐があったのか、一欠片ひとかけら、また一欠片ひとかけらと、シロの髪から鱗状の砂埃が剥がれ落ちる。頃合いを見計らってシロの後ろ髪をめくってみると、楽しげに水滴を転がしながら無数の毛に分かれていく。つい先ほどまでべっとりと固まり、一つの塊として持ち上がっていたものが。


 お湯の中でいじった途端、きめ細やかにほぐれる?

 まさかこいつの髪はカイコの繭で出来ているのか?


 一瞬で否定出来るはずの疑問に駆られ、髪を揉むと、コシのある弾力がタニアの指を押し返す。しなやかですべらかな手触りはまさに絹糸で、指紋を削るざらざらとした感覚は微塵も残っていない。


 一体、全体像はどうなっているのか?


 タニアは一度手を止め、一心不乱に眺めていた手元から、正面の鏡に目を移す。ずぶ濡れのシロが視界に入った瞬間、山吹色やまぶきいろの光が鮮烈に瞳を貫いた。

 反射的にまぶたを下ろしてしまったタニアは、自分の行動に驚かざるを得ない。サーチライトや太陽を肉眼で見たならともかく、薄汚れた電灯しかない銭湯で目を閉じる? どういう理屈だ?

 今度は顔の前に手をかざし、もう一度、鏡に目をってみる。

 

 ……何と言うことだろうか。


 泥そのものだったシロの頭が、目をくらませんばかりに光輝いている。桜色がかった金髪は可憐と言う言葉を体現したかのようで、同時に近寄りがたいほどの気品を漂わせていた。

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