第二話 使い方は、それぞれ
最初に実走する方は、やっぱりヤナさんにした。
族長だからね。耕耘機だって扱えるのだから、問題ないだろう。
「それでは、指さし確認を始めてください」
「はい。ブレーキよし! タイヤよし! パーキングロックよし!」
グローブをつけてヘルメットをかぶり、肘膝にプロテクターを装着した格好のヤナさんが、乗車前点検をしていく。
教えられた通り、きちんと確認できているな。じゃあ次の段階に進みましょう。
「次に乗車してブレーキを握ってください」
「はい。じょうしゃします。ブレーキよし」
「パーキングロック解除」
「かいじょしました」
ひょいっと三輪自転車にまたがり、パーキングロック解除の手順を実行するヤナさん。問題なし。
それじゃ、漕ぎ出してもらいましょう!
「はい前進してください」
「ぜんしんします!」
「おとうさーん! がんばるです~!」
キーコキーコとペダルを漕いで、ゆっくり自転車は動き出した。
うん、ごくごく普通だ。
「うごいたぞ!」
「やった」
「かっこいい」
「やったです~!」
耕運機のときと同じく、自分たちの仲間が初めて乗り物を動かしたことに大喜びの皆さんだ。
キャッキャとヤナさんを見守っている。
ハナちゃんも大喜びでぴょんぴょんしている。大盛り上がりだ。
それじゃ、ぐるっと回ってもらって、元の位置に戻ってもらおう。
「ヤナさーん! ぐるっと回って戻ってきてください」
「わかりましたー!」
耕運機の時より全然危険は無いので、危なげなくぐるっと回って帰ってくるヤナさんだ。
そして、元居た位置に戻ってきて、キキっと停止して実演終了。
よくできました!
「ね? 簡単でしょ?」
「ええ。これはらくちんですね」
「おとうさん、やったです~!」
「ハナ、ありがと」
ハナちゃんにキャッキャされたので、ヤナさんでれでれのえびす顔である。
今回は余裕たっぷり、リラックスして実演をこなせているので、いい感じだな。
まあ、三輪の自転車にも乗れないのはさすがにアレだ。
そこまで残念な運動神経をしている人は流石にいないと思う。
いないと良いな。
……まあ、それじゃ他の人にもやってもらおう。
「それじゃ他の方も同じようにやってみましょう」
「「「はーい」」」
後ろを振り返って声をかけると、もう既に行列が出来ていた。
◇
「これすげえな」
「らくちんなのにしかもはやいとか、すてき」
「おれのじまんのしなでも、こんなのないのだ……」
大人達が順番に自転車に乗っているけど、今の所特に問題は出なかった。
とりあえず手順を覚えてくれたヤナさんに、講習を引き継いでもらって、大人達はお任せ状態だ。
手が空いた俺は、次の講習に移ろう。
と、次の準備を始めようとしたところで、ズボンのすそがクイクイと引かれた。
目をやると、ハナちゃんが上目使いでこっちを見ている。その後ろには子供たちも。
一体どうしたのかな?
「皆、どうしたのかな?」
「タイシタイシ、これはハナたちはダメです?」
「だめなの~?」
「のりたい~」
子供たちも自転車試乗会に参加したいようで、こちらを見上げながらもじもじしている。
――子供エルフ達のもじもじ攻撃、俺に直撃!
……皆可愛いなあ。
耕運機のときは大人のみ限定だったから、今回もそうなんだろうと思っているようだ。
だけど大人たちの楽しそうな雰囲気を見て、どうしても我慢できなくなったみたいだな。
しかし、ちゃんと子供達用の奴も用意してあるんだなこれが。
「そんな子供たちに朗報だよ! そこにある一回り小さい自転車は、誰用だと思う?」
「……もしかして、こどもようです!?」
「そうそう、子供用の自転車だよ」
自転車は耕耘機よりは安全で、子供でも扱える。当然準備はしてきてある。
そこにある一回り小さい自転車は、子供達用の自転車なのだ。
こっちじゃ幼稚園児だって補助輪無しで自転車に乗ってる子もいる。
ハナちゃん達エルフの子供がダメって理由は、特にない。
「ハナたち、じてんしゃのってもいいです!?」
「きちんと規則を守れるならね」
「やったです~!」
「キャー!」
……あっという間に俺の体をハナちゃんはじめ子供たちがよじ登ってきて、全身子供フル装備状態になってしまった。
うん、嬉しいのはわかるけど、そのたびに俺に登ってこなくても、いいんだよ。
「……いつもこんな感じなんですか?」
「まあ、大体こうなるね」
子供ツリーとなった俺をみて、ユキちゃんが目を丸くしていた。
まあ、いつも通りだね。今日も平和だ。
「それじゃ皆、順番にやろうね」
「はーい!」
「やるです~!」
「たのしみ~」
子供たちはぴょいぴょいと俺から降りて、きちんと並んだ。
良い子達だね。
「あ、あの……大志さん……私も子供達の講習に参加しても良いですか?」
そんな様子を見ていたユキちゃんが、もじもじと講師の立候補をしてきた。
ハナちゃんとの初対面の時もそうだけど、可愛いもの大好きみたいだし、一緒に子供達と遊びたいのかな?
まあ、特に断る意味もない。一緒にやろうか。
「それじゃユキちゃん、子供達の教習をお願いしてもいいかな?」
「はい! がんばっちゃいます! みんな可愛いので、やる気がでますね」
「隙あらばなでくりしちゃっていいからね」
「それはもちろん!」
「あやや!」
もう既に、ハナちゃんをなでくりするユキちゃんであった。
◇
「タイシタイシ~、うまくのれたです~」
子供達も、特段問題なく皆自転車に乗れていた。
ハナちゃんも自分の番がきたのか、自転車に乗りながら手を振っている。
まあ、三輪自転車だから普通は問題でないよね。
「エルフの子供達、かわいー!」
「きゃ~」
……そしてユキちゃんは、子供エルフを隙を見てはなでくりしていた。
子供達、みんな髪の毛ボッサボサになっている……。
……まあ、子供達も喜んでいるみたいだから、良いよね?
「いやはや、これはべんりですね」
「これを使えば、他の集落への移動もかなり早くなると思うんですよね」
「みちによっては、はんにちかからずにいけちゃいますな」
「もりからもりも、たしかにみっかくらいでいけますよこれ」
子供たちが髪の毛ボッサボサになっている中、元族長さんと平原の人達は割と真剣な顔だ。
彼らも教習に参加したけど、感触は上々で、早速運用について色々考えているようだ。
実際に自分たちで使うから、真剣になるのも無理はない。
俺も真面目な話に参加しよう。
「これがあれば、まず集落間の連携が出来るようになると思うんですよね」
「たしかに。きがるにいったりきたりできるなら、ひとつのしゅうらくでぜんぶかかえこむことはへりますね」
「そうだんごとも、しやすいとおもいます」
とりあえず三輪自転車は問題なさそうだから、まずはこれを運用してもらって、様子を見たいところだ。
元族長さんや平原の人達に提供して、あっちの森やら他の森やらの反応を見たい。
そして、導入したいと思ってくれたなら上々だ。
「この自転車で、リアカーも引っ張れるんですよ」
「それはいいですね。フクロオオカミをかりることができないことも、おおいので」
そういえば、元族長さんもフクロオオカミを借りるのに時間がかかったとか言ってたな。
数が少ないのだろうか?
「フクロオオカミって、数が少ないのですか?」
「けっこうたくさんいますけど、にぐるまをひいてくれるくらい、なかがよくならないといけないもので……」
「仲良しさんになると、色々手伝ってくれるわけですか」
「そうなんです。こどものころからそだてれば、かぞくになるのであたりまえにてつだってくれますけど」
なるほどね。フクロオオカミだって生き物で、意思も心もあるわけだ。
仲良しさんになったのなら、お手伝いもしてくれるというものか。
「それで、フクロオオカミはへいげんでくらしているものですから、あんまりなかよしになるきかいがないんですね」
「それは大変ですね」
「ええ。くさをもってへいげんをさまようんですよ。フクロオオカミをさがして」
「からぶったときのきつさ、はんぱじゃないよな」
平原にすむフクロオオカミを求めて、草を持って彷徨う、か。
そりゃ、空ぶったらキツイよね。
仲良しになりたいけど、あんまり出会う機会がないんだ。
そりゃ、エルフ世界の輸送がなかなか発展しないのも当然だな。
「この自転車とリアカーがあれば、フクロオオカミを探すときも、草を積んで平原を走れますよ」
「おお! そうですね。それはいい!」
「フクロオオカミと、仲良くなれる機会が増えたらいいですね」
「そうですね。あっちにかえったら、それもためしてみたいとおもいます」
フクロオオカミは何と言っても体力と馬力? 狼力? がある。
自転車とリアカーだけでは実現できない輸送能力を持っている。
森から森への大量輸送は、何と言ってもフクロオオカミがカギだ。
彼らの多くと仲良くなれて、さらに手伝ってもらえるなら心強い。
こちらの移動速度が速くなれば、フクロオオカミを探すために平原を彷徨うのも多少は楽になるだろう。
そういう方面でも、この自転車が役立つと良いな。
「タイシ~。じてんしゃ、じょうずにのれたです~」
そうしてフクロオオカミについて色々聞いていると、ハナちゃんがキャッキャしながら、こちらにぽてぽてとやってきた。
自転車が上手く乗れたようで、ご機嫌である。
「ハナちゃん、自転車はどうだった?」
「すっごいらくちんです~。あとおもしろかったです~」
ハンドルを握る仕草をして、自転車に乗るのが楽しかったと話している。
俺も子供のころ自転車に初めて乗れたときは、とっても楽しかったな。
今のハナちゃんやエルフ達は、そんな気分なんだろうか。
他のエルフ達も交代で自転車に乗って、ハナちゃんと同様はしゃいでいる。
大体一巡したみたいで、皆も自転車に慣れたようだ。
三輪自転車はもうこれくらいで良いな。
交通ルールとか他に覚えてもらうこともあるけど、今日はこれくらいで良い。
――それじゃ、最後におまけでキックボードでも試してもらおう。
これは交通革命を起こそうとして用意したものじゃないから、もうお好きなままにという感じだ。
これをきっかけに、乗り物に少しでも親しんでもらえたら、それでいい。
「さて、お次はキックボードを試してみましょう。これです」
「じてんしゃとにてるようで、ぜんぜんちがいますね」
「ペダルがないです?」
「どうやってつかうのかな?」
キックボードのあまりの簡素な作りに、どうやって動かすのかと首を傾げる皆さんだ。
まあ、自転車より簡単だね。やって見せよう。
「こうして、片足をここに載せて、もう片方の足で地面を蹴って動かすんです」
「めっちゃかんたん!」
「べんりそうというより、おもしろそう!」
「きょうみ、そそられる」
実演で軽くキックボードを滑らせて見せると、納得と同時に面白い使い方に興味が沸いたようだ。
どう便利に使うかはわからないけど、とにかく面白そうという感じだね。
実際、おもちゃだからねこれ。肩肘張らずに、思うがまま使い倒せばよい類のもので。
「これはお気軽に、細かい事や難しい事を考えずに、遊びでもなんでも好きなように使ってもらったら良いなと思って持ってきたのですよ」
「とくに、じつようもくてきではないのですか?」
「そうですね。肩肘張らずに、お好きなようという感じです。遊びだけに使っても良いくらいですね」
彼らにとって自転車は交通を一遍させる画期的な道具のはずだ。
手に入れるのも運用するのも、それなりに大事にはなる。
でもこれなら、自転車と比較すれば気軽に使えるのではないだろうか。安いし。
一応、バギーなんたらとかいうデコボコ道でも乗れる種類のを用意してはみた。
前後ブレーキも装備されているから、無茶しなければ集落内程度なら使えると思う。
「タイシタイシ、ハナがためしていいです?」
「もちろんだよ。でも防具はしっかりつけてね」
「あい!」
ハナちゃんが遊びたそうにしているので、まずはハナちゃんに乗ってもらうことにした。
んしょんしょと防具を付けているのをしばらく見守る。
「タイシ、そうびしたです~」
「うん、ちゃんと装備できてるね。じゃあ始めようか」
「はじめるです~」
キャッキャしているハナちゃんに、ブレーキ等の基本的な使用方法を教えて、さて実走だ。
「使い方は分かった?」
「ばっちりです~」
「大丈夫そうだね。じゃあ、軽く漕ぎ出してみよう。ゆっくり地面を蹴ってみて」
「あい。……こうです?」
ハナちゃんが左足でぽてっと地面を蹴ると、キックボードはちょろっと進む。
またまたぽててっと地面を蹴ると、やっぱりちょろろっと進んだ。
ハナちゃん慎重派だね。安全第一な出だしだ。
「これでいいです?」
「うん、問題ないよ。じゃあ次はもうちょっと大きく漕いでみよう」
「あい! こうです?」
若干強めに蹴ったからか、今度は惰性ですすーっと動き出した。
デコボコ道だけど、割といい感じに動いている。
「あや! いいかんじです~」
「そうそう、止まりそうになったらまた漕ぐんだよ」
「あい~!」
そうしてだんだんとスイスイキックボードを乗りこなし始めるハナちゃんだ。
デコボコ道もなんのその、小走り程度の速度でくるりと一回りし、戻ってきた。
「たのしいです~!」
「おもしろそう」
「おれものってみたい」
「おれもおれも」
ハナちゃんが上手に乗れたので、様子を見守っていた他の方々も試したくなったようだ。
行列ができてしまった。
まあ、速度を出しすぎなければ問題ないと思うから、順番に試してもらおう。
「それじゃ、順番にどうぞ。防具はちゃんとつけてください」
「わかりました」
とりあえず防具は付けて貰って、また順番に試乗会だ。
これは特につきっきりで監督する必要もなく、皆自主的にやってくれている。
お任せしてしまおう。
さて、俺は俺で、ハナちゃんに感想を詳しく聞いておこう。
「ハナちゃん、どうだった?」
「でこぼこをのりこえるのが、おもしろかったです~」
確かに悪路を走破するのは、何とも言えない楽しさがある。
この村だって数年前は麓から続く道はなく、俺と親父はオフロードバイクで行き来していた。
その時は、面倒だなあと思う反面、悪路を走破するのが妙に楽しかった思い出がある。
「遊びの道具としては、いい感じかな?」
「いいかんじです~! こどもにだいにんきになるとおもうです~!」
……ハナちゃんも子供なんだけど、割としっかりした意見が貰えてしまった。
意外ときちんと考えて、試乗してたんだね。
偉いねこの子は。
「ハナちゃんえらいね~。なでなでしちゃうよ」
「えへへ」
しかし、子供に人気が出るか。
自転車やリアカーは、主に大人がお仕事で使う事になるだろうな。
でも、このキックボードなら子供が遊びで使えるかもしれない。
そうなったら、より一層乗り物に親しんでもらえるだろう。
実際どうなるかはわからないけど、平原の人や元族長さんが帰る時には、キックボードは気持ち多めに持って帰ってもらおうかな? そんなに高い物でもないし、キックボードくらいはこっちの奢りにしても問題ないだろう。
後で、親父と相談しておくか。
「ハナちゃんの意見は結構参考になるね。また何かあったらお願いね」
「あい~!」
役立てて嬉しいのか、ハナちゃんはご機嫌になった。
これからもお手伝い、よろしくね。
◇
さて、大人も子供も乗り物を乗り倒して、今日の試乗会は終了だ。
自転車やキックボードとはこういうものなんだ、と感触を掴んでもらえれば、今はそれでいい。
あとは、ユキちゃんのマウンテンバイクはけっこうお高くて良い物だけに、練習でころびたおすのはもったいない。
不要になったママチャリなどを近所から調達してきて、それで練習しようとは思っている。
ママチャリ用の補助輪が売っていたので、講習用車両調達と補助輪が届いたら始めようか。
「皆さん、自転車の感触は分かりました?」
「ええ。のぼりざかはちょっとたいへんですけど、へいちだったらとんでもないほどらくになりますね」
「となりのもりにいくくらいなら、ほんとにみっかもあればなんとかなりそうです」
「おつかいも、これがあればらくだったです~」
平原の人や元族長さんは、苦労して長距離を移動してきただけあって、実感がこもっている。
徒歩とフクロオオカミ、それとちょっと頼りない荷車で何とかしていた彼らにとっては、自転車は相当な可能性をもたらすのは間違いない。
ハナちゃんはキックボードを指さして、お使いに使えたら楽だった、とのこと。
立場によって色々な用途を想定してるな。
「これを、わたしたちがいずれつかうことになるのですね」
「そうです。色んなところに、もっと早く行けますよ。まあ、ゆっくり移動するのも旅の醍醐味ですけどね」
平原のお父さんは、自転車を真剣なまなざしで見ながら、うんうんと頷いている。
彼らの旅に革命をもたらす道具だけに、いろいろ考えることもあるだろうな。
「これがあれば……もしかしたら、とおすぎていままでいけなかったところにも、あしをのばせるかもしれません」
遠すぎて行けなかった所? まだ平原の人達でも未踏の地がある?
……まあ、そりゃそうか。持ち運べる食糧には限りがあるから、おのずと限界も出てくるよね。
移動速度が向上した場合、それを時間短縮に使うか、それとも移動距離を伸ばすことに使うか、だな。
「そうですね。遠くまで行ける事にもなりますので、新たな出会いがあるかもしれません」
「ええ。ねがわくば、よいであいがあることをきたいしたいです」
「みたこともないばしょにいけるかも~」
「たのしみね」
「おもしろいひとたち、きっといるです~」
平原の人たちの開拓精神に火が着いたようだ。
三人は自転車をじっと見つめて、まだ見ぬ地を想像しているように見える。
俺も、彼らがフクロオオカミと自転車を使って、未踏の地を進む姿を想像してみよう。
……うん、なんだかのんびりしているイメージしか湧かない。
でも、それでいいんじゃないかな。
「まあ、のんびり旅をしてください。急ぐことは無いですよ」
「そうですね。このじてんしゃをつかって、のんびりやりたいですね」
「のんびりです~」
エルフ達の交通について、速度をあげる事を考えていたけど、また違った使い方も出てきた。
距離を伸ばすのも、可能になるんだな。
……この自転車という道具が、彼らの世界に新たな可能性をもたらしてくれれば、良いな。