第六話 こんな美味しい物を食べられるなんて
ハナちゃんが披露した謎の技術はさておき、お湯が煮立ったので準備が整った。
「お湯が煮立ちましたので、ここでこれを入れます」
ラーメンの封を開け、麺とスープの袋を取り出す。
「そのしろくてくねくねしているものは、たべものなのですか?」
ヤナさんが聞いてきた。整形された即席麺だから珍しいのも無理はないかな。
日本でだって、明確に即席麺と呼ばれるものが発明されたのは戦後だし。
物珍しげに麺を見るヤナさんだけど、説明しておこう。
「これは麺と言います。植物の実を粉にして水とかで練ったものを、細長く切りそろえた食べ物なんですよ」
「ほほう」
「それを乾燥させて長持ちするように作ってあります。これは保存食なんですね」
「「「へえ~」」」
周りで聞いていたエルフ達が、感心したように声を上げた。
そして麺を珍しそうに見つめている。説明を続けよう。
「食べる時はお湯で煮て軟らかくすると、美味しく食べられるようになるんです」
「おおお~」
「これがおいしくなるのか」
「たのしみです~」
美味しく食べられると聞いて、エルフ達の期待が高まったようだ。
まあ実際にやってみればわかるだろう。そろそろ麺を投入しよう。
「それじゃあ、麺をお湯に入れます」
ラーメン二袋十食分を、一気に鍋に投入っと。
「こうですね」
「えい」
お手伝いの皆さんも同じ手順で麺を投入した。
うん、まずは順調だ。
……というかインスタントラーメンで失敗するなんてことは、ほぼないよね。
煮すぎて伸びちゃうくらいか。
まあ、煮過ぎないように気を付けよう。
そうしてしばらくラーメンが煮えるのを待つこと数分。
ぐつぐつと煮立つラーメン。固唾をのんで見守るエルフ達。
無言の時が流れる。
時間は図らずに、目見当で麺のゆで具合を判断する。
「そろそろいい具合です。皆さん、麺がこれくらいの軟らかさになったら、このスープを入れて出来上がりです」
お手伝いの皆さんに麺を一本ずつ渡して、ゆで具合を覚えてもらおう。
「これくらいですね。おぼえました」
「にるとこうなるのね」
「おいしそう」
茹で具合は覚えて貰えたようなので、次に進もう。
「じゃ、次に味付けにこれを入れます。こうして封を切ります」
粉末スープを手に取り、封を切って見せる。
ラミネートフィルムの食品包装材なんて見たことないだろうから、上手く封切り出来るかな?
「これね」
「こうするのね」
「こながでてきたわね」
特に問題なくお手伝いの皆さんも封を開けていた。
……手間取ると思いきや、すんなりだ。
すぐに手順を覚えてくれて、楽で良いな。
「この粉を、こうして溶かします」
粉末スープを鍋に投入してかき混ぜたとたん、ラーメンのいい香りがふわっと広がる。
それを見ていたお手伝いの皆さんも続けて粉を溶かしこみ、同じく香りが広がる。
「わわ……」
「これはすごいわ~」
「きたい、たかまる……」
エルフ達の視線は鍋に釘付けになるけど、まだ終わりじゃないんだな。
これから卵を投入するのですよ皆さん。
一応彼らが生卵や半熟卵を嫌がると悲しいので、今回は溶き卵にしよう。
「これで一端は出来上がりですが、今日は特別です。ここでさらに卵を入れます」
卵を五個割って鍋に投入し、箸で溶く。
たちまちスープに広がっていく溶き卵さん。
「「「わああああああ」」」
卵がふわっと広がる様子を見て、エルフの皆さんは大興奮だ。
大歓声が起こった。
「かたてでわるとか、まじか……」
「ときたまごとか、すてき」
「あれ? おれ、ないているのか……?」
「まつりじゃあああ」
祭じゃないよ、炊き出しだよ。
……ラーメン一つ作るのにこの騒ぎだから、実食したらどうなるかが楽しみでもあり怖くもあるなあ。
でも、もう後戻りはできないわけで。
まあ、細かいことは考えずに、お手伝いの奥様方にも卵を溶いてもらおう。
「お手伝いの皆さんも、卵を入れてみてください」
俺の指示のもと、奥様方はこわごわと卵を手に取った。
「しっぱいはゆるされません」
「きんちょうして、うでがふるえるわ~」
「こんなにたまごをあつかえるなんて、ゆめみたい」
おぼつかない手つきで、卵を割りいれていく奥様方。
さすがに片手割はできないようで、両手で慎重に卵を割っていた。
……それとそこの奥様、腕が震えるのは、負傷しているからだと思いますよ。
しばらくして、全員が卵を溶いて火が通ったのを確認した。これでラーメンの完成だ。
早速皆に配ってあげよう。
「これで完成ですので、皆さんに配りたいと思います」
「「「わあああああ」」」
歓声が上がる。鍋を見るエルフ達の目が若干血走っているが、人数分あるから大丈夫だよ。
「それじゃ、並んでください。盛りつけますので」
ここでようやく、出しっぱなしの食器の出番が来た。長かったね。
エルフ達がそれぞれの鍋の前に並び始めたので、盛り付けを始めよう。
俺は菜箸だから麺の盛り付けも問題ないが、お玉を使っているお手伝いの皆さんは若干手こずっているようだ。
いずれ箸の使い方も覚えてもらおうかな。難しいものでもないし。
こうして多少のもたつきもあったが、暫くして全員にラーメンが行きわたった。
待ちきれないエルフ達を前にして、まずは俺が食べ方を実演しとこう。
まあ、実演すると言っても啜るだけだけど。
「こうやって食べます」
彼らは箸を持っておらずフォークを持っていたので、こちらもそれに合わせてフォークを使うことにした。
フォークで麺を持ち上げ、フーフーして少し冷ましてから麺を啜る。
――懐かしいしょうゆ味と、卵の風味が口の中に広がった。
うん、久々に食べたけど、やっぱり美味しいな。
エルフ達の様子を確認すると、もうすっごくうずうずしていた。
……早く食べたくてしょうがないみたいだ。
じらすのも可哀そうだし、早速食べてもらおう。
「では皆さん、どうぞお食べください」
「「「わーい!」」」
俺がそう声をかけると、歓声とともに皆一斉にラーメンを啜り始める。皆無我夢中だ。
「これはすごい……これはすごい……」
「しょっぱくてたまごがたくさんはいってて、すてき」
「ずぞぞぞぞぞぞぞずぞぞぞぞぞ」
「まつりじゃああああ」
皆笑顔でラーメンを食べてくれている。良かった。
……エルフ達がインスタントラーメンを啜る光景に若干違和感を感じなくも無いけど、喜んでくれているのだから良いだろう。良いよね?
味も気に入ってもらえたようで、一口食べてはワイワイと大騒ぎになっている。
ハナちゃんもヤナさんカナさん、それとご老人達と一緒に満面の笑みでラーメンを啜っていた。
「おいしーです~。ひいおばあちゃんおいしいね~」
「ふがふが」
ひいお婆ちゃんか、家族なのかな?
ひいおばあちゃんと呼ばれていたエルフは、かなりのご高齢に見える。
でも、そんなひいおばあちゃんも、元気よくラーメンを啜っていた。
そんなハナちゃん一家を見ていた俺に気づいたのか、ヤナさんが手を挙げて俺の方にやってきた。
「タイシさん。このラーメンってたべもの、すごくおいしいです!」
「皆さんのお口に合ったようで良かったです。沢山持ってきましたので、しばらく持ちますよ」
「ありがとうございます! ほんとうに! ほんとうにたすかりました……」
おおう、ヤナさんが泣き出してしまった。
「大丈夫ですか?」
「ええ、だいじょうぶです。もう、これはだめかもしれないっておもったときもあったのですが、まさかこんなおいしいものをたべられるなんて……」
安心した結果か……そうだよね。
ちょっと話を聞いただけだが、三日も殆ど食べていなかったという話だし。
今までの様子を見るに、このエルフ達のリーダー的な役割をしていたみたいだから、かなりの重責だっただろう。
それがやっと食事にありつけて、おまけにまだしばらくは食べていけるとわかったわけだ。
安心して泣いちゃうのも当然だと思う。俺だってそんな立場なら、泣いちゃうよ。
がんばったヤナさんを、励ましてあげよう。
「もう大丈夫ですよ。ここまで来たなら何とかなります」
「ほんとうですか? ありがとうございます……ありがとうございます……」
周りを見ると、何名かのエルフも泣き出している。
……これは相当切羽詰まっていたんだろうな……力になれて良かった。
笑ったり泣いたりラーメンを啜ったり、祭りだと叫んでいるエルフ達だけど、元気は出たかな。
……しかし、彼らの飢え具合を見るに、これは一筋縄ではいかない予感がするな。
もう少しして皆が落ち着いたら、これからどうするか相談しよう。