第十話 めずらしいものいっぱい
「みたこともないもりですな!」
「ふしぎ~!」
「このじてんで、もうめずらしいわ!」
「ばうばう!」
洞窟を抜けた先は、無事もとの村だった。
初めて見る地球の森に、平原の人たちは興奮気味だ。
「村はここからちょっと歩いた先にあります。案内しますよ」
「あんないするです~」
あっちこっちきょろきょろしている平原の人たちだけど、まずは洞窟の様子を見よう。
……うん、普通に「門」は開いてるね。
「ハナちゃん、洞窟開きっぱなしだよ」
「あや! ほんとです!」
この前は洞窟の「門」が開く法則を、あれだけ苦労して見つけたわけだけど。
今はもう、普通に開いている。
……試しにちょっと洞窟から離れてみようか。
「ハナちゃん、ちょっとここまで来てご覧?」
「あい。いくです」
ハナちゃんと一緒に洞窟から離れてみたけど、やっぱり開いたまま。
じゃあつぎは、平原の人たちにこっちまで来て貰おう。
「皆さん、ちょっとこちらまで来て頂けます?」
「なんでしょうか」
「なにかあるの~?」
「そのへんですか?」
平原の方々が、トコトコとこちらまで歩いてきた。
そして、洞窟からある一定の距離まで離れたところで――門は閉じた。
「ほら皆さん、洞窟が閉まりましたよ」
「うわ! ほんとだ!」
「わわわ! かえれなくなっちゃったの?」
「どうしましょ!?」
「ばう?」
洞窟の「門」が閉じているのを見て、大慌てのお三方だ。
フクロオオカミは「どしたの?」的に首を傾げているけど……。
まあ、この洞窟の仕組みを説明しておこう。
「皆さん安心して下さい。この洞窟はですね……」
◇
「ふしぎすぎますな!」
「なぞのどうくつ~」
「めずらしすぎて、くらくらしちゃう」
「ばうばう?」
洞窟の仕組みを説明したら、皆さん安心したようだ。
洞窟に近づいたり遠ざかったりして、洞窟が変化する様子を楽しんでいる。
いつの間にか「門」が開いたり閉じたりするのは、目の当たりにすれば確かに不思議で一杯だ。
俺はこの現象になれちゃっているけど、初めて見たら感動ものだろうな。
まあ、これで平原の方々はいつでも帰れる事がわかった。
と言うことは、彼らにとってはいつ向こうに戻っても大丈夫ということか。
いずれまた旅を始めるのだろうけど、それまでこの村でゆっくりしていって貰おう。
とりあえずは、村に案内して皆に紹介しようじゃないか。
「それでは皆さん、村に向かいましょうか」
「おねがいします」
「みんな、げんきかな~」
「ハナちゃんがこれだけげんきだもの、だいじょうぶよ」
村の皆の様子はどうか気になったようだけど、ハナちゃんが元気いっぱいなのを見て大丈夫だと思ってくれたようだ。
なんだかんだ言っても、しっかり状況を観察してらっしゃる。
こういう冷静さがあるところは、旅をしていると身につくのかな?
まあいいか、それは親交を深めていけば、それなりにわかってくるだろう。
それじゃ、村に向かいますかね。
「じゃ、行きましょう」
「ハナがむらまであんないするです~」
ハナちゃんが村までの案内役を買って出てくれた。
ご機嫌でぽてぽて歩いて先導するハナちゃんの後を、皆でついて行くことに。
そして、程なくして村が見えてくる。
「むらがみえてきたです~!」
「あれがそうですか!」
「いよいよ~!」
「なにがあるのかしら!」
村が見えてきたところで、平原の人たちのテンションが上がってきた。
そして、なぜかハナちゃんのテンションも上がっている。
皆してエルフ耳がぴっこぴこしていて、とっても分かり易い。
テンションあげあげエルフさん達だ。
「ギニャニャ~!」
「ニャニャ~ン」
村に近づくと、二匹の黒い動物が駆け寄ってきた。フクロイヌだ。
いち早く俺たちの帰還に気づいて、お出迎えをしてくれたのかな?
そのフクロイヌ達は、おかえり、おかえりと言っているのか、しっぽをふりふりしながら、トテテテと俺たちの周りをくるくる走り回っている。
「おお! フクロイヌもこっちにきてたのか!」
「ギニャ~」
「ほかのどうぶつも、けっこうきてるです~」
「そうなんだ~!」
平原の人たちも、フクロイヌを見て嬉しそうだ。
フクロイヌをなでたりくすぐったりして、かまったりもしている。
「ばうば~う」
「ギニャ~」
そしてフクロオオカミも、フクロイヌに挨拶をしているようだ。
仲良くばうばうギニャギニャと、なにやら会話しているようにも見える。
この有袋類たち、謎すぎる。
……まあ、異世界の動物だから不思議なのも当然か。
フクロイヌが運んできた他の動物たちも、どこか不思議な生き物ばかりだから、今更だな。
面白いものが見れて良かった、程度に考えておこう。
今はそれより、早く村に向かおう。
皆に紹介しなくちゃね。
◇
「みんなー! かえってきたですよ~!」
ようやく村に到着すると、ハナちゃんはキャッキャしながら帰還を宣言した。
その声を聞いたのか、ぞろぞろと皆が集まってきた。
「ハナ! おかえり! どうくつのむこうはどうだった?」
「ハナたちがいたもりにでたです~! かれたまんまだったですよ」
「そうなんだ。かわってなかったってことだね?」
「あい~!」
ヤナさんとハナちゃんが再会を喜んでいるけど、平原の人たちも紹介しないとな。
「ヤナさん、この方々があっちの森で困っていたので、一緒に来て貰いました」
「おひさしぶりです」
「きちゃったわ~」
「いろいろはなしはうかがいました」
「ばうばう~」
平原の方々が、ヤナさんや他のエルフ達にペコリと挨拶している。
フクロオオカミもペコリとお辞儀しているのが、かわいらしい。
「え? へいげんのぶぞくがどうしてここに?」
「こまってたの?」
「そういや、そろそろしおをもってきてくれるじきだったか」
いきなりの新顔の登場に、エルフの皆さんもビックリ顔だ。
でも、驚きながらも嬉しそうな顔をしている。
たまにしか来ないとは言え、割と親しい仲みたいだな。
「……大志、そちらの方々だけどさ。もしかして……追加、てことになるのか?」
そして、親父が心底驚いた表情で聞いてきた。
今いる人たちの中で、親父が最も驚いている。
……うん、無理も無い。
かつての村の法則を経験して、過去の歴史も知っている人ほどこれは驚くと思う。
だって、これで追加のお客さんが来たのでは? という仮説が実証されたんだから。
フクロイヌ達が来たときは確証が無かったけど、これで確定した。
疑う余地も無い。お客さんが、追加で来るようになったんだ。
そう、この平原の方々の来訪は、始まりだ。
あの洞窟とこの村の――新たな歴史の始まりなんだ。
「親父……この村では、今までに無いことが起き始めてると俺は思うんだ」
「……そうみたいだな。正直驚きすぎて、どうしたら良いか良くわからん」
親父はちょっと混乱しているみたいだ。
無理も無い。千年以上続いてきた法則とは、違う現象が起きている。
対処法なんてなにも無いし、これからなにが起きるかも予測がつかない。
でも、俺はもう心の整理は付いてる。
前に思いついたあの考えを、親父にも共有して貰おう。
「親父さ、あんま深く考える必要は無いと思うよ」
「そうか?」
親父は、皆とキャッキャしている平原の人たちをチラリと見た。
もう既に、村のエルフ達に溶け込んで違和感が無い。
雰囲気一緒だもんね。そりゃ違和感ないよね。
「問題なさそうでしょ?」
「……そうだな。なんも変わらんな」
「だね」
親父も安心したかのような顔になった。
うん、心配することは何にも無い。
愉快なエルフが増えて、村がもっと賑やかになった。
何も問題は無い。
「追加でお客さんが来たから、もっと楽しくなるよね」
「……そうかもな。それでいいか」
「うん。それでいいんだと思うよ」
親父は、皆に交じってキャッキャしている平原の人たちをにこやかに見ていた。
「なあ大志、なんかダークエルフっぽいのが増えてるけど、気のせいじゃないよな?」
親父と一緒に、平原の人たちを見て和んでいたら、高橋さんがのしのしとやってきた。
いつの間にか人が増えているのを見て、驚いた様子だ。
軽く説明しておこうか。
「いやまあ、あっちの世界のハナちゃん達の村に行ったら、あの人らが遭難しかけてたんだ」
「そんで連れて帰ってきたと」
「そゆこと。詳しい話はまた後でするけどさ」
「わかった。まあ……なんか他のエルフ達と変わらんな」
「根っこは一緒みたいだね」
高橋さんも、平原の人たちをしばらく観察していて、同じ印象を持ったようだ。
この村に入れている時点で、まあそういう人達なんだろうと言うことはわかるからね。
彼らもまた、だれかを幸せに出来る人たちだ。
そういうことなんだ。
「……? あわわわわわ……」
「わわわ……」
「ば、ばう~……」
あれ? 平原の人たちとフクロオオカミがぷるぷるし始めたぞ?
どうしたんだろう?
「皆さん、どうされました?」
「タイシさん、そこのかた……しっぽがありません?」
「ありますね。岩のひとつやふたつは、簡単に砕けますよこれ」
実際に、庭を造るときに削岩してたからね。
俺もげんこつで削岩したけど。割と簡単に割れるよねあれ。
「うろこもありますかな?」
「そうですね。鉄より固い鱗なんですよこれ」
下手したら、タングステン並に固いんじゃないかな?
「マルカジリとかします?」
「最近はやってないみたいです」
「……」
……なんだろ、このやりとり前にもしたような……?
◇
とりあえず高橋さんの人畜無害さをアピールして、なんとかなった。
ハナちゃんや他のエルフ達とも仲良くしているのもあって、平原の方々もぷるぷるは治まった。
その後、なぜ平原の方々がこちらに来たのかも説明して、お互い現状認識は出来たようだ。
「しおをもってきてくれたんですね」
「そりゃ、もうしわけないことしたなあ」
「こっちにきたからには、もうだいじょうぶよ~」
平原の人たちが苦労したのを知って、皆さんちょっと申し訳なさげだ。
まあ、彼らが悪いわけじゃ無い。ちょっとタイミングが悪かっただけだ。
それに、こうして救助も出来たことだし、結果良しだ。
気にすることは無い。フォローしておこう。
「まあ、多分神様のおかげでこうして上手くいったわけです。結果良しですよ」
「そうなんですかね」
「神様くらいですよ、こんな事が可能なのは。良い神様ですね」
(それほどでも~)
「ありがとです~」
(いえいえ~)
ひさびさになんか聞こえたけど、やっぱり気にしない。
「それで、こちらにきたはいいものの、わたしらはどうしたらいいですか?」
平原のお父さんが、これからのことを聞いてくる。
……そうだな、いつでも帰れる事はわかっている。
でも、せっかくだからしばらくゆっくりしていって貰おう。
「いつでもあっちに帰ることは出来ますが、せっかくだからこっちでしばらくのんびりしていって下さい」
「よろしいので?」
「もちろん。楽しんでいって下さい。めずらしいもの沢山ですから、堪能して頂けたらと思います」
「めずらしいもの、たくさんですか!」
平原の人たちは、めずらしいもの沢山、という辺りでもう目がキラキラしていた。
生粋の旅好きにとって、見たことも無い物やめずらしいものはとっても魅力だろうから、ワクワクするのも当然だよね。
「ありがたいことです。めずらしいもの、たくさんみられそうですね!」
「たのしみ~!」
「わくわくしてきました」
「ばうばう!」
うずうずし出すくらい、楽しみなんだな。
じゃあ早速、軽くだけど村を案内してみよう。
どこにどんな物があるかを知って貰って、あとは自由に見回って貰えば良いかな。
「それじゃ、軽く村を案内します」
「ハナもあんないするです~」
というわけで、ハナちゃんも加わって地球の村ガイドを始めよう。
まずは、家から案内しようか。
しばらく逗留して貰うことだし、どこで過ごせば良いのかを知るのは重要だ。
「まずは、皆さんに過ごして貰う住居を紹介します。空き家があるので、そちらをお貸ししますよ」
「おうち? かしていただけるのですか?」
「もしかして、あっちにある、あのすごそうなやつ!?」
「そんなまさか」
そんなまさかとは言いつつも、期待に満ちた目をする皆さんだ。
そわそわしている。
「そのまさかです。あちらにある家ですよ」
「「「わーい!」」」
案内する前から大喜びのお三方だ。
じゃあ、早速家を見て貰おう。
その後、家を案内したり温泉を見て貰ったり、駄菓子屋を見て貰ったりした。
案内するたびに平原の人たちはキャッキャしていた。
一緒に案内してくれたハナちゃんが、エルフ視点からこう言うのが良い、ここを気をつけてね等補足説明してくれたので、ガイドとしてとても助かった。
まだまだちいさいのに、しっかり働き者だ。
「ハナちゃん、案内の手伝いありがとね。お礼になでちゃうよ」
「うふ~」
ハナちゃんは今日はとってもご機嫌だ。
村に一時的とはいえ仲間が増えるし、ちょっとした冒険を終えて達成感もある。
それに、皆が居る村に無事帰って来れて、お仕事のお手伝いもきちんと出来た。
とっても充実した一日だったろう。
がんばったハナちゃんには、特別にご褒美をあげよう。
予定より一日早く帰ってきたから、お菓子が余ったんだ。
それをあげよう。
「頑張ったハナちゃんに、ご褒美をあげちゃおう。ほら、お菓子だよ」
「あや! あっちでたべたやつです!?」
「そうだよ。結構沢山あるから、皆で食べるなり何なりして良いよ」
「あい! みんなにくばるです~!」
うん、皆にお菓子を配るんだな。偉い偉い。
ただ、ハナちゃんは取り分を多めにしてもらおう。
「ハナちゃんの分は、多めに残しておくんだよ。ご褒美だからね」
「いいです?」
「うん。良いんだよ。お手伝いしてくれたからね」
「タイシありがとです~!」
うん、早速食べている。
「おいしいです~」
……まあ、嬉しそうだから良いか。
親が子供をついつい甘やかしてしまう気持ち、なんとなくわかるな。
こんな笑顔を見せられたら、甘やかしちゃうだろこれ。
「おや、ハナはおかしをもらったのかい?」
「あい! おてつだいのごほうびです~!」
「よかったわね。だいじにたべなさい」
「あい~!」
ハナちゃんがおかしをもぐもぐ食べている所に、ヤナさんとカナさんがやってきた。
二人ともハナちゃんを見てにこにこしているので、問題は無いみたいだな。
「一日予定を繰り上げて帰ってきたので、お菓子等が余ったんですよ」
「なるほど」
「みんなにもくばるです~」
「きょうのゆうしょくのあと、みんなにくばろうね」
「あい」
ヤナさんとカナさんが、二人でハナちゃんをなでなでしている。
ちょっとの間だけど離ればなれになっていたから、再開の喜びもあるのかな?
今日は普段よりハナちゃんをかまっている気がする。
ハナちゃんも、両親にかまってもらえて嬉しそうだ。
親子って良いな。
「それでタイシさん、あっちはどんなようすでした?」
ひとしきりハナちゃんをなでなでした後、ヤナさんが聞いてきた。
この辺りは、見たまんまを伝えようか。
「灰色になってましたね。ハナちゃんが言っていたように、皆さんがこっちに来る前と変わりは無い感じがします」
「なるほど」
「それと、標本を採ってきましたので、それを詳しく調べるつもりではいます」
「ひょうほんですか」
標本が入ったジュラルミンケースを指さすと、ヤナさんは興味深そうにのぞき込んだ。
これには、あっちの世界の大気、水、土壌、そして――枯れた植物等を採取してきた。
調べても何もわからないかもしれないけど、調べなければそれすら分からない。
何はともかく、分析をしないといけない。
「これを調べて何かが分かるかは何とも言えませんが、やるだけやってみようかと」
「……わたしたちも、なにかちからになれたらいいのですけど……」
「タイシ、なんでもきいてほしいです~」
ヤナさんやハナちゃんなりに、この調査の力になりたいみたいだな。
まあ、実際問題彼らの力なしには調査は進まないだろう。
物質の組成が分かったところで、それだけではダメだ。
どういう環境で、どんな特徴があって、なんでそうなっているか。
これらの情報は、現地で暮らしていたエルフ達からの情報なしには分からない。
そして、それらの情報がなければ、真相にはたどり着けない。
「もちろん、皆さんの力を借りますよ。あっちの森のこと、色々聞かせて頂く事もあるかと思います」
「ええ。わたしたちもがんばります」
「がんばるです~」
そんな話をしていたら、エルフ達が周りに集まってきた。
「タイシさん、なにかしらべものするの?」
「あっちのもりのこと、しらべるんだって」
「おれらもちからになりたいな」
他のエルフ達も、あの森がなんでああなったかは気になるところだろう。
調査のために協力をしてくれるようだ。
ここは遠慮せずに、皆に力になって貰おう。
「あの森の調査ですが、皆さんのお力、お借りしたいと思います」
「もちろん。わたしらもなかまにいれてください」
「がんばるぞ~」
「おれにできることがあるなら、なんでもいってほしい」
皆さんもやる気十分だ。
これだけ沢山の協力者がいるんだ。なんとかなるだろう。
なるといいな。
「面白そうな事やってんな。俺も仲間に入れてくれよ」
「もちろん俺もな」
親父と高橋さんがやってきて、げんこつを差し出してくる。
これはあれか、気合いを入れろって事か。
二人の差し出したげんこつに、俺もげんこつを合わせる。
「なんだろ」
「おれもやろ」
「わたしも」
それを見たエルフ達も、げんこつを同じように合わせてきた。
平原の人たちも混ざっている。
今村にいる人全員で、げんこつを合わせる。
……俺のげんこつちょっと光ってるけど……これ、また予想外の参加者がいないかな。
まあ、気にしないことにしよう。
それじゃ、いっちょ気合いを入れましょうか!
「それでは皆で協力して、森の事を調べましょう! よろしく!」
「よろしくです~!」
「がんばります!」
「ちからになるぜ!」
「「「おー!」」」
全員で気合いを入れて、これからの調査の弾みとした。
あの森の謎や、これからのこと。
皆で力を合わせよう。
皆で力を合わせれば、きっと――分かるはずだ。